正論家な彼女と流されやすい僕
「デートに行くわよ」
彼女は僕の顔を見るなり、そう宣言した。
・・・現在の状況を確認しておこう。
僕らが今居る場所は僕の住んでいるアパートの部屋の玄関である。
そして現在時刻は正午を少し過ぎたところ。僕が午後からの講義に出席するための準備をしていたところ、目の前の彼女が訪ねてきたというわけだ。
そして今、僕の目の前で不機嫌オーラを撒き散らしている彼女―――肩口で揃えたサラサラの黒髪と意思の強そうな瞳が印象的な美人―――は三ヶ月ほど前から付き合っている、正真正銘僕の『彼女』である。彼女のような美人がなぜ僕のような男と付き合っているのかは大いなる謎である。
―――おかげで僕は二日に一度の割合で、彼女と付き合っている幸福を、全世界に向けて叫びたくなるのだが―――
気がつくと僕は彼女の運転する車の助手席にいた。どうやら、今日の講義は無断欠席が確定のようだ。
・・・テストが近いから、出席しておきたかったんだけどなぁ・・・
そんな僕の小さな嘆きなど気にする様子もなく彼女は
「どこに行きたい?」
と聞いてきた。
その質問を受けて僕は
「映画なんてどうかな?確か一昨日から、面白そうな新作映画がやっていたはず」
と、間髪入れずに自分のデートプランを提示した。彼女の質問に対して素早く対応出来たことに、内心満足していると
「却下ね。新作映画の公開三日目なら、まだ混んでいる可能性があるわ。それに、こんな天気の良い日に屋内にいるなんて、もったいないし」
彼女にアッサリと否定されてしまった。しかも彼女は、さっきから僕の方を一瞥もしていない。
しかし彼女の言っていることは正論であり、僕に反論する気は無い。(『勇気』が無いわけではない、断じて)
「遊園地に行きましょう」
彼女は相変わらず前を向いたまま、僕へと語りかけてきた。
「・・・賛成。ただ会話するなら、せめて僕の方を向いてくれないか?」
僕がそう言うと
「今は運転中よ」
「・・・ハイ、了解しました」
・・・彼女はやっぱり正論家である。
遊園地に着くなり彼女は、この遊園地の名物であるジェットコースターに乗りたいと言い出した。
当然、僕はオーケーしたのだが―――
「だらしないわね、私より先にダウンするなんて」
―――男としては、色々と胸に突き刺さるセリフである。ただ、言い訳をさせてもらえるならば
「いくらなんでも、ジェットコースターに五回連続で乗るのは、乗りすぎなんじゃぁ・・・」
「私は乗りたかったんだもの、しょうがないじゃない」
「せめて僕の意見も聞・・・」「何か言いたい事があるのなら、人に聞かれる前に自分で言いなさい」
―――彼女の正論がまたしても僕の心に突き刺さった。
しかし、彼女の行動に付き合おうとした僕の心遣いを、少しでも汲み取って欲しいと望むのは贅沢な願いだろうか?
その後も僕らの遊園地デートは続いた。
しかし、この後に乗ったアトラクションも全てが絶叫系であったため、僕は何度も音を上げる羽目になった。
そうこうするうちにとっくに日は暮れてしまい、閉園時間が迫ってきた。
「最後にあれに乗ってから帰りましょう」
そう言って彼女が指さしたのは―――僕の願いが通じたのだろうか―――この遊園地の目玉の一つである、巨大観覧車だった。
―――そろそろ観覧車は全体の3分の1を回ろうとしているが、これに乗ってから彼女は一言も口を利いていない。
時々口を開いて何かを言いかけては、また閉じるということを繰り返している。
僕はそんな彼女の珍しい仕草に内心驚きつつも会話を促すことはせず、彼女が自分から口を開くのを待った。
と、彼女は再び口を開き
「・・・今日はごめんなさい」
小さいが良く通る声で謝ってきた。
「何で謝るんだい?僕は君に謝られる心当たりは一つとして無いんだけど」
「・・・分かったわ、それじゃあ言い直しましょう―――ありがとう」
そう言うと彼女は、まるで水仙の花が咲くように小さく笑った。
彼女の今日初めての笑顔に心奪われながらも、僕は彼女に尋ねてみた。
「何で今日はあんなに不機嫌だったんだい?」
彼女は少々バツが悪そうにしながらも、未だに不愉快だという口調で
「今日の午前中、告白されたのよ」
彼女が告白されたという事には僕は驚かなかった。僕と付き合い始めてからも彼女は何度か告白されている。それぐらい彼女はもてるのだ。
僕が驚いたのは、告白一つで彼女がここまで不機嫌になった事に対してである。
その驚きが顔に出たのだろう、彼女はこう説明してくれた。
「相手の男がこう言ったのよ、『あんな男とは別れて、俺のオンナになれ』って」
?彼女の怒る理由が良く分からない。
「あなたの事を『あんな男』呼ばわりした事にも腹がたったし、一番気に入らなかったのは、あの男が言った『俺のオンナ』っていうフレーズね」
確かに『俺のオンナ』という言葉は彼女にはふさわしくない。
彼女は誇り高い女性だ。誰かの付属品の様に扱われることは、彼女のプライドが許さないだろう。
僕が心底、彼女の言い分に納得したのが分かったのだろう。彼女はクスリと笑って
「私が好きなのは、あなたのそういう所よ。あなたは彼氏でありながら、決して私を『所有』しようとはしないんだもの」
僕は虚をつかれて
「そんな大それた事、今まで考えたこともないよ」
と、目を丸くして答えた。
「それが正しいわ。人には人の意志があって、それがある限り、誰にも相手を完全にコントロールすることなど出来はしない。あなたがどれだけ私のことを好きでも、私の意志がある限り、あなたは私を『所有』することは出来ないのよ」
そう、僕と彼女自身に言い聞かせるように彼女は言葉を紡いだ。
―――遊園地からの帰り道、彼女に代わって今度は僕が車を走らせる。
赤信号で止まっている間に、助手席で眠っている彼女―――そんな素振りは見せなかったが、内心色々と疲労が溜まっていたのだろう―――に視線を走らせる。
彼女の言ったことは正しい。人には人の意志があり、それゆえに相手を完全に『所有』する事は出来ない。
彼女の言う事は筋が通っており、全くの正論である。
・・・でも僕はこうも思うのだ。
―――僕が、あなたに心の底から『所有』して欲しいと望むならば、あなたは僕を『所有』しているという事になりませんか
と