表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
事実も小説も奇なり  作者: Guru
偽りの世界で
8/38

第8話 “仕切り直し”

 長袖シャツに、ベージュのチノパンを履いた男が、バッターボックスに立っている……

 周りから見たら不思議な光景だろう。明かに野球をするような格好ではない。

 野球場に来ることが分かっていたため、スニーカーを履いていたのがせめての救いだ。


 相手ピッチャーは源光中エースの高崎。受けるキャッチャーは黒瀬。

 内外野には野球部二年生の数名が配置につく。



「頑張ってーー!! 高崎君、作田先生ーー」


 勝負を見守る、相澤先生の黄色い声援が飛んだ。


 先に俺の名前ではなく、高崎の方が来てるのが気にくわないが……まぁいいだろう。

 こうなったら……やってやる!!


「男と男の勝負ですからね、作田先生!」


 ピッチャー高崎は振りかぶり、渾身のストレートをキャッチャーミット目掛けて──投げた。


 速っ……なんだ今の球……


 初球から思いきり振ってやろうと思っていたが、想像以上に高崎の球は速く、気がついたらミットにボールが入っていた。


「はい、ワンストライク」


 公式試合ではないため、審判を兼任するキャッチャー黒瀬がコールする。


「くそっ……」


 外で見てるのと、打席とでは全然印象が違う!! こんなに速かったのか、あいつの球は!!


「次、行きますよ! 先生!」


 意気揚々と高崎が二球目を投げる。

 多少一球目で目が慣れていたのか、今度は振ったバットがボールをかすった。


「ファール。おしいですね、先生」


 テンションの高い高崎とは違い、黒瀬はずっと冷静だった。

 キャッチャーマスクを被っているのもあってか、何を考えているか読み取ることができない。掴み所がないと言ったところか。 


「あと一球ですよ、先生」


「分かってる。次は……打つ」


 一打席の勝負のため、次で打てなければ俺の負けが決まる。

 負けたってどうってことないが……やるからには俺も勝ちたい。

 俺だって、相澤先生に──褒められたい!!


 そして、勝負の三球目が高崎の右手から放たれた。


 ん!? 投げミスか!? さっきよりもボールが遅い!!


 どうやら勝負の場面で高崎は力んだらしい。スピードが若干、一、二球目よりも遅かった。


「もらったーー」


 俺は勝利を確信した……が、やはりそこはエース高崎。こんな場面でミスるわけもない。

 捉えたと思ったボールはバットに当たる直前、急にブレーキがかかり、沈んだのだ。俗にいう──フォークボールである。


「フォ、フォークだと!?」


 バットは完全に空を切った。

 空振り三振……あっさり勝負は決まってしまった。


「はい、終わり。残念でしたね、先生」


 愛想のないセリフ。抑揚のない声のトーン。キャッチャーマスクのせいでよく見えない顔……

 表情が豊で分かりやすい高崎より、俺は黒瀬に腹が立っていた。


「黒瀬!! フォークって、お前の要求か!!」


「違いますよ。今回は高崎が挑んだ勝負ですし、決めてるのは全部高崎ですよ」


 俺は冷静沈着な黒瀬とは裏腹に、怒りの感情を今度は高崎へとぶつけた。


「おい、高崎!! フォークボールなんて中学生が投げていいのか!? ルール違反だろ!!」


「ルール違反なのは少年野球まで。中学では問題ないですよ!」


「いや、だめだ!! 変化球は体に負荷がかかり、成長期の中学生には不要。よって、ルール違反とみなし、おまえの負けだ!! 高崎!!」


「えぇーーっ! なんすかそれ、言ってることめちゃくちゃですよ! 俺の勝ちは変わらないですから!」


 聞いてないぞ、フォークを投げれるなんて!

 だいたいこんな遊びに変化球だなんて……


「あっ……」


 ふと俺が相澤先生を見ると、先生は大きな口を開けながら俺の方を見ていた。小さな両方の手で口を抑えているが、収まりきっていない。

 空いた口が塞がらないとは、まさにこのことだ。


 やっちまった!! ついムキになって、生徒達の前で口調が荒くなってしまった……


「あの……上原先生。作田先生って普段おとなしいですけど、あんな一面があるんですか……?」


「えぇ、あれが彼の本性です。見てしまいましたね、“ブラック作田”を」


「なるほど。人間誰しも、裏の顔ってありますからね……」


 相澤先生……納得してるようだけど、全然目が笑ってない!!

 勝負に負けるどころか、失ってはいけないものを失ってしまった気が……

 やっちまった……完全にやっちまった!!


 俺が落胆していると、マウンド上で高笑いをしていた高崎の笑い声が……突然止まった。


「えっ……」 


 俺が高崎の方に目をやると、高崎は大笑いした状態で体が固まっている。

 そして、次第に辺りの“色”が失われ始めた。


「もしかして……これって!!」


 事態に気づくも、次の瞬間には、一度出たはずのバッターボックスの中に俺は立っていた。

 少し離れた先には、ピッチャーマウンドに立っている高崎の姿がある。


「男と男の勝負ですからね、高崎先生!」


 この光景……前と同じだ!! 時間が巻き戻っている!!

 

 慌てて俺はバッターボックスから足を外し、タイムをかけた。


「ちょっと待った! タイム! まだ投げないでくれ!」


「なんすか先生、せっかく気合い入ってたのに……」


 文句を垂れながら、高崎は足でマウンドの砂をいじる。


 勝負が振り出しに!? はっはっは!

 これが主人公補正ってやつか!?

 よっしゃ、仕切り直しだ! 観念しろ、高崎! 次こそは打ってやるぜ!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ