第7話 “流れ”
間もなくして、練習試合が始まった。
やはり相澤先生効果は大きかったのか、ピッチャーの高崎は絶好調。
相手チームを抑え、一点も与えない完璧な投球を見せた。
打つ方では黒瀬が大活躍し、うちのチームが勝利を収める。
観客席から拍手が巻き上がっていた。
今日が日曜ということもあり、父兄の方々も大勢見に来ていたようだ。
元々はタバコを吸う犯人探しに来たはずだが、生徒達が頑張っている姿を見るのは、教師として至福の時間でもある。
生徒が笑顔を見せれば、まるで自分のことのように嬉しいのだ。
相澤先生は高崎にしつこく誘われ、正直嫌々来ているのかと思ったが、先生も楽しんでいる様子で、常に試合に興奮しっぱなしだった。
「凄かったですね! みんな! カッコよかったです!」
「えぇ、とてもこの中にタバコを吸っているやつがいるとも思えないが……それはそれ……か」
きっと二人は、黒瀬が犯人だなんて、微塵も考えていないだろうな。
俺だって、ストーリーを思い出していなければ、疑いもしなかったはずだ。
試合を終えた生徒達は後片付けをしていた。どうやら現地解散らしい。
今日の本番はここから……今度は俺らの試合開始といったところか。
「あれっ? 高崎君達……中々帰る準備しないですね」
相澤先生が何かに気づいた。
先生が指差す方を見てみると、高崎や黒瀬を含めた二年生と思われる数名が、まだグランドに残っているのだ。
居残り練習でも始めるつもりなのか?
俺達が不思議そうに眺めていると、高崎がこちらの方へと走ってやってくる。
そして、真っ先に相澤先生へと声をかけた。
「相澤先生! 見てくれてた!? 俺の活躍!!」
「えぇ、もちろん。カッコよかったよ!」
高崎は相澤先生のストレートな褒め言葉に頬を赤らめ、照れくさそうにしている。
「へへっ! ありがとう先生! でもさ、もっと俺の凄いとこ見せてやるよ!」
「もっと凄いところ……?」
「あぁ、同じ中学生相手に勝ったって何も凄かねぇんだ。やっぱ……大人に勝たねぇとな!」
意味深な発言をした高崎は、右手を前に突き出した。手には野球ボールが握られている。
その手の方向は──明らかに俺へと向けられていた。
「作田先生! 今から俺と一対一の真剣勝負だ!!」
「はっ!?」
何だ、この展開は……こんなのストーリーにあったか!?
「いやいや、何でそうなるの。それに、俺だけじゃなくて上原先生もいるじゃないか」
相澤先生が除外されのは分かるが、別に上原だっていいだろう。何で俺の指名なんだ。
「ほら、作田先生はテニス部の顧問だろ? それなら普段運動してると思ってさ。だから作田先生が相手に適任だ」
何だその理由は……嫌だ……やりたくない……
高崎の投げた球は、中学生のレベルを軽く越えている。
観客席から遠目で見ただけでも分かる……あんなの俺が打てるわけがない。
君は相澤先生にカッコいいところを見せたいのだろ? なら俺の気持ちも分かるはずだ。
俺は先生にカッコ悪い姿を見せなくないんだ。だから嫌だ!! 嫌だったら嫌だ……絶対嫌だ!!
俺は何としても断ろうと必死だった。例えどんな手を使ってでも逃げたい。
しかし、そんな俺の気持ちを上原は知らない。いや、知らないというより、自分じゃないからきっとどうでもよかったんだ。
「いいんじゃないか、相手してやれよ。作田」
「えっ?」
「そうですよ、作田先生! 私、この対決、ぜひ見てみたいです!」
上原までもか、相澤先生まで……先生がそんなこと言ったからって俺の気持ちは──
「いいでしょう。やりましょう!」
すぐに変わっていた。
相澤先生に言われてしまったら、もうやるしかない。
「よしきた! さすが作田先生! 早速準備してくるぜ!」
「あーっ、高崎。ちょっと待った」
ノリノリでグランドへ向かおうとする高崎を俺は止めた。
勢いに任せてその場で返事をしてしまったが、ここはまず野球部顧問の許可が必要だろう。
いくら試合後の遊びとは言え、部活とは別のところでエースが怪我をされては困る。
「一度、中田先生に確認しに行こう。俺達だけでは判断できないよ」
高崎の顔が曇った。
中田先生は生徒達の間では怖い先生で通っていて、部活にもかなり力を入れている。失礼な言い方になるが、昔ながらの熱血教師と言ったところだ。
もしかしたら、許可がおりないかもしれないな。
俺とすれば、ある意味ラッキーかも。負け戦に挑む必要がなくなるのだから。少し冷静になっといてよかった。
「ここは俺が聞きに行こう」
俺は自ら率先して、すでに帰り支度を始めていた中田先生のもとへと向かう。
「中田先生! お疲れ様です」
「あぁ、作田先生! 試合見に来てくれたみたいで! ありがとうございます」
「いえ、僕だけではなく、相澤先生に上原先生も来てます」
「そうみたいですね。生徒達も喜んでましたよ」
世間話もほどほどにし、俺は中田先生に事情を説明した。
どうせ断るに決まっている……そう思っていた。だが、予想外の返事がきた。
「いいですよ」
「……えっ」
「最近あいつ天狗になってますからね! 先生の手で思い知らせてやってください!」
ありえるのか? こんなこと……おかしい……やっぱおかしいよこれ!
そもそもこんな流れは俺のストーリーにはなかったんだ! それとも俺が忘れてるだけなのか……?
俺が考え事をしながら、ゆっくりと戻ると、その雰囲気で上原は察したようだった。
「なんだ作田、落ち込んでるのか。ってことは、中田先生には断られちまったのか?」
中田先生だけに留まらず、上原までも俺の想像とは逆の、予想外の反応をしている。
だから……何でみんなこの勝負に前向きなんだ!?
少しばかり強引にも感じるぞ……この勝負になる流れは……
「いや……教師が三人もいれば、生徒のお目付け役は十分だろってさ……やってもいいってよ」
「マジーー!? 中田監督の許可つきかよ! よっしゃ、投球練習してくる!!」
高崎も断られると思ったのだろう。目を輝かせながら、グランドへと走っていった。
言った張本人ですら諦めかけてたんだ。それでもこの流れは、どう足掻いても避けられないのかもしれない。
俺は嫌々ながらも、腹を括るしかなかった。