第5話 “ストーリー”
野球部の中に、タバコを吸っている者がいる。
野球部といって真っ先に俺の頭に思い浮かんだのは、二年一組の“高崎”という男子生徒だ。
二年生ながらチームのエースピッチャーで、将来有望ともまでいわれる逸材らしい。
実力は確かなのだが……生活態度は正直あまりよろしくない。
夏休み明けには髪を金髪に染めてきたり、耳にピアスの穴を開けたりと、いわゆるヤンチャ坊主だ。
同じ人物が上原の頭にも浮かんでいたのか、上原は相澤先生を危惧していた。
「相澤先生担任の一組には、高崎がいますね。見た目で疑うのはよくないですが……」
「えぇ、それに“黒瀬君”もいますし、うちのクラスには他にも何人か野球部がいます。上原先生のクラスにもいるでしょう?」
「えぇ、いますね。うちのクラスにも」
野球部は人数も多く、各クラスそれぞれに何名かいる。
そもそも俺達三人は、三人共が二年生の担任を任されており、一組が相澤先生、三組を俺、四組を上原が担当しているのだ。
きっと今回の話も、同じ二学年の担任ということで、俺達に白羽の矢が立ったのだろう。
「作田先生の三組にもいましたよね、野球部は」
「はい、うちにもいます。ただ、相澤先生。別に二年の誰かと決まったわけではないんですよね? 三年、一年にも生徒はいるわけですし」
「えぇ、もちろんそうなのですが、この間、高崎君ら野球部の子達が私の前を通った時、どこかタバコの臭いがした気がして……その時は気のせいかと思っていたのですが、噂を耳にしたら、そうとしか思えなくなってしまって」
タバコを吸わない俺からしたら、相澤先生の言いたいことが何となく分かった。
結構タバコの臭いって服に残るし、鼻につくんだよな。タバコが苦手な人なら、尚更敏感になる。
「その噂と合わせて、高崎ら一組の子達の可能性が高いわけですね」
「はい、担任としても見過ごせないですし、野球部の部活動停止になったら他の子が可哀想ですし、何より一番は体に悪いですし!」
相澤先生は両手に握りこぶしを作りながら、俺達に懸命に訴えかけている。
「確かに、このことが公になれば、野球部の活動に支障が出るかもしれない……それで、校長にバレないようこっそりとってわけですか」
「はい、そうなんです。あまり職員室で堂々とお二人にお願いするのも目立ちますから、そのために、こっそりと個別に声をかけました」
そういう理由だったのか。おかげで一名、見事に騙されたぜ。
事態を把握したところで、相澤先生のお願いなら断るわけないのだが……果たして、どう探りを入れればいいのだろうか。
その件に関し、どうやら上原も同様のことを思っていたようだ。
「それで先生、どう協力すればいいですかね? 俺達教師がいる前で、堂々とタバコを吸うわけがないでしょうしね」
「えぇ、そこについては考えがあるんです。今度の日曜日に野球部の練習試合があるみたいなのですが、実は私、高崎君から応援に来るよう誘われてまして」
「ん? 野球部の顧問でもない相澤先生が、一体なぜ?」
「う~ん……それが今回ばかりでなく、以前からずっと見に来ないかって誘われてたんですよ」
はは~ん。分かったぞ。高崎は相澤先生のことが好きなんだな! 自分のカッコいいところを見せたいんだ!
いるよね、先生に本気で惚れちゃうやつ。でも、その気持ち分かるよ、高崎君。
自分も中学の時に、担任が相澤先生だとしたら、もうどうかしちゃいそうだ。
「それは好都合かもしれませんね、相澤先生! 学校外となれば、生徒達の気が緩むことでしょう。汗をかいた後のタバコなんて、特においしいでしょうに!」
「あれっ? 上原先生って、タバコ吸うんでしたっけ?」
「いやいや、俺のことなんてどうでもいいんですよ! はっはっは!」
妙に怪しい笑いをみせた後、上原は俺の左肩を掴み、くるりと体ごと回転させて相澤先生に背を向けた。
そして、相澤先生に聞こえぬよう、俺に耳打ちする。
「なぁ、作田。おまえ日曜空いてるか? これはやるしかねぇよな! 愛しの相澤先生とお近づきになれる絶好のチャンスだ!」
「分かってる。俺もそのつもりだ。上原も協力頼むよ!」
ちょうどテニス部も日曜は休みだったしな。ゆっくり家で休もうかと思っていたが、相澤先生に会えるなら話は別だ。
俺と上原は肩を組んだままその場で振り返り、笑顔で答える。
「「相澤先生、ぜひ協力させてください!!」」
「いいんですか! ありがとうございます!」
相澤先生は申し訳なさそうに、何度も何度もお辞儀をしていた。
むしろ、誘ってくれた俺の方が嬉しいくらいなのに。相澤先生は本当に律儀な人だ。
こうして俺達は、今度の日曜に野球部の練習試合の応援に行くことになった。
・・・
土曜の夜。まるで遠足の前夜のように俺は興奮していた。
明日の試合開始は午後ニ時だ。学校がある日は朝早く起きているため、少しはゆっくりできそうだ。
それでも、明日は相澤先生にも会えるし、万全のコンディションを整えたい。
夜更かしなどせずに、早めの就寝をしようと考えていた。
そして、いざ俺が布団に入り、目を瞑って眠りにつこうとした頃。
数日前に起きた、”あの感覚が”……俺の体を突然襲った。
「ん? これって……」
俺は思わず布団から起き上がり、両手で頭を抱えた。
「まただ……またイメージが頭に入ってくる!!」
どんどん俺の頭の中に、イメージが入り込んでくる。
前回は、突如として“タバコ”と“野球”といった何ら関係もない二つが、俺の脳内を支配していた。
その際、そのイメージは漠然と頭に浮かんだだけに過ぎなかったが……今回は、それ以上に“強いイメージ”が入り込んできている。
「もしかして、このイメージって……」
より一層、集中するために、俺は再び目を瞑った。
すると、まるでドラマのワンシーンを見ているかのように、はっきりと映像として、頭の中で物語が描かれていく。
見えてきたものは、川沿いの土手にある野球場。
そこにいるのは相澤先生や、上原、野球部の高崎ら生徒数名。
「──明日の練習試合の映像か!!」
またもや記憶が甦った!?
タバコと野球のイメージが降りてきた際、次の日に本当にその話が俺の周りで起こった。
だとすると、さっき見ていた映像も、明日に起こるストーリーと考えて間違いないはず。
俺は……自身の書いた小説のストーリーを思い出すことさえできれば──未来を読むことが出来る!!