第4話 “イメージ”
為すがままに、俺は国語教師・作田として職務を遂行していく。
まだ二日目だというのに、俺はこの体に慣れを感じていた。
昨日まではキャラを“演じていた”に近いが、早くもその違和感は消える。
まるで俺は最初から作田だったかのように。深く考えなければ、忘れてしまうほどだった。
・・・
それから数日間、俺はおとなしく生活を続けていた。やはり突拍子もないことをしなければ、時間が戻る怪奇現象も起きることはなかった。
どんどん作田に染まっている気がする……このまま自我まで消えてしまいそうで怖い。
しかし、そんな何気ない日々が続いた、ある日の夜。俺の体に異変が起きた。
それは布団に入り、いざ寝ようとしたときのことだった。
「なんだ、この感覚……」
どこからともなく、自分の頭の中にイメージが入り込んでくるのだ。
頭に浮かんできたものは、“タバコ”と“野球”。この二つが、やたらと俺の頭の中を巡り、脳を支配する。
「やっぱおかしいぞ、これ……」
元々俺自身、タバコを吸うわけでもなければ、野球にもあまり興味があるわけではない。
そんな俺が突然、この二つのことをイメージするのは不自然すぎる。
「もしや……これは俺の以前の記憶なのか!? そうだとしたら、この二つに一体何の関係が……」
小説のストーリーに関わる出来事なのかもしれない……真っ先に俺はそう考えたが、今の状態じゃ見当もつかない。
体は興奮し、眠気は冴えてきてしまったが、俺はこの二つのワードを記憶に留め、寝ることにした。
──翌日の朝。
職員室にて、いつものように一限目の準備をしていると、珍事が起こる。
なんと、あの相澤先生の方から、俺に話しかけてきたのだ。
「作田先生、ちょっといいですか」
「は、はい! 何でしょうか!?」
驚きのあまり、思わず声が裏返ってしまった。
相澤先生が俺に話しかけてくるだなんて、滅多にないことである。
その逆に俺が先生に声をかけることは、更に更に珍しい出来事だが。
「作田先生、こっちに来てもらってもいいですか」
相澤先生が職員室の隅の方で手招きしている。
それにしても、なぜ先生は部屋の端にいるのだろうか……?
相澤先生の側まで俺が歩み寄ると、先生は周りの目を気にしながら小声で話した。
「今日の放課後って、時間あります?」
「えぇ、部活がありますので、その前なら少々時間取れますけど」
「じゃあ、体育館に来てもらってもいいですか? 外のところで待ってます」
「あ、はい。分かりました」
「くれぐれも内密にお願いしますね!」
そう念を押し、相澤先生はそそくさと職員室を出ていった。
「もしかして、これって……」
告白!? 体育館の外って定番のやつじゃん!!
展開早すぎないか!? 大丈夫か、この小説のストーリーは!
相澤先生の、あの意味深な態度……間違いないはずだ! 相澤先生って見かけによらず、意外と積極的なんだな!
・・・
──待ちに待った放課後。
今日は授業が長く感じて仕方がなかった。
よくは分からないが、とりあえず念のために歯磨きはした。特に深い意味はない。あくまで念のためだ。
「よーし、誰もいないな」
うちの学校、“源光中学校”の体育館裏は非常に狭く、生徒達が普段通るような場所ではない。
清掃もされてないためか、雑草が生い茂っていた。
ここが小学校ならば、かくれんぼか何かで体育館裏に来ることもあるかもしれないが……さすがに中学生ともなれば、それもないだろう。
「あれ……おかしいな……」
しかし、十五分がたっても、相澤先生は姿を現さなかった。
これが普段の日なら、とっくに部活に顔を出している時間である。
「先生、おじけづいちゃったのかな」
さすがにおかしいと判断した俺は、狭い裏道の雑草を掻き分けて、一度職員室に戻ろうとした。
「──あっ!」
すると、体育館の入り口の前には相澤先生の姿があった。
「作田先生! どうしてそんなところから……ずっと待ってたんですよ!」
「いやぁ、僕もだいぶ前から待ってました」
「待つって……普通、待つなら入り口の方では!? どうしてあんな狭い裏道で待つんですか!」
相澤先生は俺の汚れたズボンの裾を見て、溜め息を溢した。
考えてみれば相澤先生が言う理屈が、もっともだったかもしれない。
うわっ……やっちまった! 先生が俺を悲しい目で見ている……
言えない……てっきり告白だと思い、定番の体育館裏にいただなんて!
相澤先生は眉をひそめて、俺の反対方向へと顔を向けた。
「私の説明がおかしかったのでしょうか……上原先生!」
「えっ、上原!?」
なぜか上原が相澤先生の隣で立っている。しかも、腕組みをしながら俺の方を睨みつけて、どこか偉そうだ。
「いえ、相澤先生は全く悪くないですよ! 作田がバカなだけですから!」
バカってのは余計だ! 上原!
なんだよ……告白どころか、上原も一緒で二人きりじゃないのか。期待して損したよ。
まぁ、いきなり告白だなんて、それこそつまらないストーリーだしな。逆に違ってよかったとしよう。
俺は誰に見栄を張るわけでもないのに、心の中で勝手に強がっていた。
「それで、相澤先生。作田先生も揃った訳ですし、用件っていうのは?」
上原が口火を切った。
すると、相澤先生は職員室と同様に、辺りを見渡した後、少し声のトーンを落として話した。
「あまり大きな声で言えないのですが、先生方に、ご協力をお願いしたくて」
体育館の中では、バスケ部やバレー部が部活を行っている。生徒達の掛け声やボールが体育館に弾む音が響いており、相澤先生の声はうまくかき消されていた。
隣にいる俺らにだけは聞こえる、ちょうどいいボリュームである。
「協力ですか……内容によりますね」
「確かに」
俺は上原の言葉の後に続いた。相澤先生の前では緊張でまともに話せないだろうし、上原という緩和材は正直助かる。
「どうやら近隣住民から、うちの生徒達が“タバコ”を吸っているのを見かけたという噂がたってましてね」
「──タバコ!!」
“タバコ”というワードに、俺は思わず声を張り上げた。
タバコといえば、昨日の夜に突然俺の頭の中に入り込んできたもののひとつである。
そして、その言葉を聞いた俺は、自然と次の言葉が出ていた。
「…………野球」
「えっ!?」
俺がほぞりと呟いた独り言に、相澤先生はとても驚いた様子だった。
「もしかして、作田先生も聞きました?」
「えぇ……まぁ……」
いらないことを言ったと思った俺は、慌てて話を相澤先生に合わせた。
「そうでしたか。もう先生達の間にも噂は広まっているのですね。情報によると、野球部の部員の誰かがタバコを吸っているらしいのです」
「おいおい、未成年どころかまだ中学生だぞ? 成長期に何を考えているんだ」
反応を見るに、上原は噂を知らないように思える。実際は俺も噂を耳にしたわけではないため、まだそこまで広まってはいないのかもしれない。
野球部のタバコの噂はさておき、それにしても驚いた。
昨日俺の頭の中を襲ったイメージは、このことだったのか……
もしかして俺は、自身が書いたストーリーを所々思い出しているのか?