表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
事実も小説も奇なり  作者: Guru
真実の世界で
31/38

第31話 “可能性”

 金縛りにあったかのように、俺の体は固まっていた。


「あ、あの……相澤さん、今なんて……」


「私も二度と口にしたくなかった……私だって、未だに信じられない……」


 相澤さんは泣き崩れ、顔を覆い隠した。

 なぜ相澤さんがこの世界に来たとき、俺を見て泣いていたのか……その理由も分かった気がする。


「俺が死んでいる? そんなバカな! 俺はこうして、ここにいるじゃないか! ちゃんと生きている! これは一体どう説明するんですか!?」


 俺は必死だった。相澤さんが答えのすべてを知っているとも限らない。それなのに、俺は真っ先に問いかけていた。

 それは単に『大丈夫』って、『心配しないで』って、優しい言葉をかけて欲しかっただけなのかもしれない。


「分からない……私にも詳しい理由は……でも、これが……現実なの……」


「──!!」


 だけど……相澤さんは可能性を否定し、俺に“現実”を突きつけた。


 嘘だ……そんなの嘘だ!!

 信じられない……いや、信じたくもない……!!

 しかし、相澤さんのあの泣きっぷりを見ていると、相澤さんが嘘を言っているとは到底思えない……


 俺は一気に全身の力が抜け、椅子にもたれ掛かった。

 どこを見るわけでもなく、ぼんやりとただ一点を見つめた。


 嘘じゃ……ないのか……? 全部本当の出来事なのか……?

  終わったのか、俺は。死んじまったんだ……俺……


 そんな、もぬけの殻となった俺の耳に、相澤さんの声が微かに届く。


「──それでも、ひとつ言えるとしたら……」


「えっ?」


 俺はよく耳を傾けた。


「これは……“奇跡”なんだと思う。そして、今もまさにその奇跡は続いてるのだと思う!」


 相澤さんの表情は明るかった。涙を流しながらも、なぜか笑顔を見せている。

 俺は絶望していたにも関わらず、相澤さんの言葉からは、“希望”を感じ取ることができるのだ。


 まだ終わってない……? 俺にも可能性はあるのか!? 


 その相澤さんが言う奇跡とやらが、一体何を指しているのか、俺には分からない。

 けれど、僅かでも望みがあるというのなら……俺はそこに賭けてみたい!


「──教えてください、相澤さん! その奇跡ってやつを!」


「えぇ、もちろん! でも、その話をするには、色々と説明する必要がある。どうして私がこの世界にいるのか……どうやってこの世界に来たのか、そのいきさつを。私自身、ここにいることが、すでに奇跡みたいなものだから」


「えっ? 相澤さんがここにいるのは奇跡? 相澤さんは、外と中の世界を自由に往き来できるわけじゃないんですか!?」


「いえ、私もこの世界に来たのは初めて。はっきり言って、戻り方も分からない。それどころか、戻れることすらできるのか怪しいくらい……」


「そ、そんな……」


 犯人を見つければ、俺は元の世界に帰れるものだとばかり思っていた。捕まえさえすれば、すべてが解決するのだと。

 

 元々犯人を捕まえたって、何も解決はしなかったのか……いや、俺はもう死んでるのだから、そもそもが何をやっても無駄なんじゃ……


 俺は再び、相澤さんの顔を眺めた。

 やはり相澤さんの顔に悲壮感はない。

 

 諦めてどうする! 俺! まだ相澤さんの話を何も聞いてないじゃないか! まだ分からないじゃないか!

 諦めるのは、話を聞き終わってからでもできる……今は信じよう、その奇跡がもたらす可能性を!!


「──話してください! 相澤さんがここに至るまでの経緯を!」


「えぇ、あなたが望むなら。私はすべてを話します!」


「はい、よろしくお願いします!」


 相澤さんは無理矢理涙を止めるために、自分の目を激しく擦った。すでに目は真っ赤に腫れている。

 相澤さんは一度呼吸を整え、語り始めた。


「あなたが亡くなってしまったあと、私は寂しさでいっぱいだった……せっかくいい人に巡り合えたと思っていたのに……素敵な彼氏が、もうすぐできるって心待ちにしてたから」


「えっ、彼氏? それって、俺のことです?」


「そ、そう! 話の流れで分かるよね? 言わせないでよ」


 相澤さんは恥ずかしそうにし、俺から目を背けた。


 現実では俺と相澤さんが、あと少しで付き合うって感じだったのか。まさに小説のストーリーと一緒だ!

 それは大いに嬉しい話だが……そこには、ある疑問が生じてしまう。


「いまいち理解できていないのですが、俺や相澤さん、その他のキャラもそうだけど……全部作者が生み出した架空の人物じゃないんですか?」


「いえ、そんなことはない。“全員”が実在する人物。あなたの仲良かった上原先生や、学校の生徒達、みんな現実に存在する」


「そうだったんですか! てっきり相澤さん自体も架空のキャラかと……外の世界から、“相澤美幸”のキャラに成りきって操作しているものばかりだと……」


「外から操作? 難しい表現だね」


「そうですね……例えるなら、ゲームのコントローラーを握るように、外から小説世界の相澤さんを操作するってイメージでしょうか」


 我ながら、的確な例えを出せたと思う。

 相澤さんも、しっくりきている様子だった。


「なるほど! それならイメージできたかも」


「その外で操る“誰か”が犯人と、俺は睨んでいましたから。正体も名前も分からない犯人を、俺は“外の世界の相澤さん”と呼んでいただけです。中と外にいる相澤さんは、まったくの別人だと考えてました」


「そういうことね。ううん、私は私だよ。安心した? 同一人物の相澤美幸だからね。もちろん私は中学校の英語教師で、あなたが国語教師。ありとあらゆる設定が、現実と同じになってるはず」


「設定までもが、全部同じなんですね! それで、俺が亡くなったあと、相澤さんはどうしたんですか?」


「私はね、あなたとの大切な思い出を、形に残そうと考えたの。そこで私は思い付いた。せっかくなら、あなたが大好きだった“小説”にしようって」


「じゃあ今までのストーリーは、俺と相澤さんとの間で、実際に起こっていたこと……? それを小説に書き起こしていたと!?」


「そう、“私小説”みたいなもの……って考えればいいかも。野球部のタバコ事件で仲良くなって、映画館でデートして……ってな具合で。少し現実とは違う部分もあるけれど、ほとんどが同じかな」


「それなら、本当にこの小説は……相澤さんが書いたものだったのか」


「だから、ずっと言ってたじゃない! 作者は私だって!」


 嘘じゃなかったんだな……てっきり、誤魔化しているものだと……


──ん? 待てよ。それだと、また、おかしな点が生まれてこないか? 


 あらゆることが明らかになり、少しずつ話の流れが見えてきている。

 しかし、俺はここで大きな謎に直面していた。


 この小説は、間違いなく相澤さんが書いたものだった。

 俺が『作った世界』ではなく、相澤さんの手によって、『作られた(・・・)世界』だったんだ。


 だとしたら、どうして俺はこの世界が、自分の書いた小説の世界だと、思い込んでしまったのだろう?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ