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事実も小説も奇なり  作者: Guru
真実の世界で
30/38

第30話 “記憶”

 机を挟み、俺と相澤さんは対面に座っている。これから尋問を開始する気分だ。


「まず相澤さんに質問があります。ここは小説の中の世界……間違いはありませんか?」


「えぇ、そうだと思う。あなたを主人公とした、私とあなたが結ばれる恋愛物語……その小説の中かと」


「やはりそうでしたか。相澤さんは、外の世界で俺の小説に手を加え、続きを書いていた……間違いないですね?」


「俺の……? 確かに私はパソコンを使って、小説を書いていました。だけども、これは“私の”作品です」


 俺は作品を途中で放棄した形になった……その作品を継承したならば、もはや相澤さんの作品という意味か……?

 盗人猛々しいな……これは埒があかなそうだ。一度、話を変えよう。


「俺が起きたことから説明しましょう。大まかな、ここまでの流れを」


「お願いします。ここに至る経緯が知りたい」


「まず、俺は気づいたらこの世界にいました。“作田”という名前に違和感を覚えながらも、国語教師として生活していきます」


「名前に違和感を……?」


「はい、どうも俺は作田ではない気がしたんです……今は、すっかりと慣れましたけども」


「そう……ですか」


 ん? 今相澤さんの目が泳いだか?

 何かを隠している? いや、あとにしよう。また話が拗れる……ひとまず話を続けようか。


「そのあとは、相澤さんといくつか“イベント”を過ごしました」


「イベント……とは?」


「そうですね、最初のメインイベントと呼べるものは、野球部のタバコを吸う犯人を探すやつでしょうか。分かりますよね?」


「もちろん。そこから私とあなたが仲良くなったのだから」


「その際、不思議な現象が起きました。イベントが近づくにつれ、ストーリーの一部が事前に見えてくるのです。俺からすれば、未来が読めた……とも言えます」


「未来が読める……なぜ、そんなことが?」


「さぁ、分かりません。恐らく、俺には元の世界の記憶が甦っていたのもしれません」


 今まで冷静に話を聞いていた相澤さんであったが、ここで態度が一変する。

 机を強く叩きながら立ち上がり、声を張り上げたのだ。


「あなたは元の世界の記憶を覚えているとでもいうの!?」


「えぇ……そういうことになるかと。あの、随分と興奮されてますが、どうかなさいましか?」


「いえ、とても興味深い話だったので……つい……取り乱してすみません」


 平然を装い、相澤さんはまたソファーに腰をかけた。

 

 なんだ……相澤さんの様子が明かにおかしい……また何かを隠しているのか……?


「話を続けます? いいですか?」


「は、はい、お願いします」


「その後もいくつかのイベントを過ごしますが、映画観のデートを最後に、俺はストーリーを読むことが出来なくなってしまいました……」


「その原因って、何だか分かりますか?」


「恐らくですが、俺が書いたストーリーを追い越してしまったからだと思うんです。俺の小説は書き途中で、未完成の状態だった……そうですよね?」


「いえ……おっしゃってる意味が分かりません」


 そうやって、肝心なとこは答えないんだな。

 まぁいいさ、俺のあとには、相澤さんに全部語ってもらう!


「そのあとは、今日の出来事になります。俺はこの家に来ました。外の世界にいる、相澤さんに真相を確かめるために……だいたいそれくらいでしょうか」


「ありがとうございます。おおよその流れは分かりました」


 さぁ、十分俺は語ったぞ。話してもらおうか。相澤さんの知っていることのすべてを。


 俺は今一度気合いを入れるつもりで、椅子に浅く座り変えた。

 いつでも動き出せるよう、気持ちも体も前のめりだ。


「では、私の番ですね。まず初めにだけど……あなたの話には、いくつか間違っている点がある」


「──な、なんだって!?」


「あなたが小説の世界で生きていたという実感があるのなら、これから私が語ることは、すべて“真実”……そう思って聞いて欲しいんです」


「ふ、ふざけないでください!! 俺の小説を改編した犯人の言うことを信じろと!? 俺は気を許したわけでは──」


 俺は熱くなり、気持ちをぶつけたが、相澤さんは話を途中で遮った。


「よく考えてみて欲しい。私は外の世界で生きる人間です。この世界で何が起きようとも、外の世界……つまり、“現実の世界”で起きていることは、揺るぎない事実なのです」


 そ、そうか!! この世界は、あくまで“フィクション”だ……俺は小説の世界の住人……

 外の世界では何が起きているのか、相澤さんが外で何をしていたのか、俺には全く分からない……

 相澤さんが犯人だというのも、俺の決めつけにしか過ぎないのか!?


 深刻な顔を見て察したのか、相澤さんは机の上から手を伸ばし、震える俺の手を握りしめた。


「その代わり、真実を話します。だから、お願い。私を信じて」

 

 こちらを見る相澤さんの目を、俺は見つめた。

 真っ直ぐな瞳で、何一つ曇りはないように思える。


 嘘は言っていない気がする……これこそ何の根拠はない……俺の直感だ。


 信じてみよう……いや、信じたい……

 不思議とそう思うことができた。


「──分かりました。相澤さんを信じます」


「ありがとう」


 相澤さんは一度俺から手を離し、俯き加減で語り始めた。


「あなたはさっき言ったよね? 元の世界の記憶が残っているって……」


「えぇ、正確には、残っているというか、時期が来たら思い出す感じなのですが……それが何か?」


「だとしたら、思い出せない? あなたは肝心なことを忘れてしまっているの」


 なんだ……? 肝心なこと……?

 いや、今考えたところで、分かるわけがない。ここに辿り着くまでに散々考えたんだ。

 そんなに重要なことだというのならば、とっくの昔に思い出せているはずだ。


「分かりません。教えてください」


 そう言った途端、今度は相澤さんの手が震え始めていた。目には、また涙が浮かんでいる。

 先程まで俺の方が震えていたというのに、立場が逆転だ。 

 俺は相澤さんを支えようと、今度は俺の方から手を握りしめた。


「大丈夫です。何があっても俺は相澤さんを信じます。だから言ってください」


「あなた……そう……だよね。私が信じろって言ったんだもんね……ごめん、ちゃんと言うね」


 相澤さんは片手だけを離し、溢れる涙を拭き取った。そして、俺に真実を──告げる。


「あなた、いえ……作田明は……元の世界で死んでしまっているの……」

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