第22話 “疑惑”
月曜の朝、職員室にて俺が自分の席に着くなり、上原はニヤけた表情で俺に近付いてくる。
「おう、作田。どうだった? 土曜日のデートは?」
「あぁ、まぁまぁかな。俺にしては上出来だったと思う」
「へぇ~。映画観て、ご飯食べて終了って感じ?」
上原は散々相談に乗ってくれたんだ。包み隠さず話すべきだろう。
「いや、そのあと俺の家に来た」
「はぁーーっ!? なんだってーー!?」
上原は信じられないくらい大きな声を出して驚いていた。職員室内に、上原の声が響き渡る。
内容が内容なだけに、無理もないのかもしれない。
ただ、場所はわきまえて欲しかった……
「朝からうるさいですね! また君達ですか! 何でそう君達はいつもいつも……」
「「すみません!!」」
ほら、また梅野先生に怒られたよ。
それでも今のは完全に俺達が悪い。特に上原が。
俺は梅野先生に平謝りしたあと、対面に座る相澤さんの方を、ふと見た。
すると、相澤さんは軽く口を抑えながら笑っている。幾度となく見た光景だ。
普段なら落ち込むとこだが、今の場合は違う。
このいつもと同じ相澤さんの仕草が、俺には安心感を与えてくれていた。
よかった……相澤さん、やっぱり怒ってなかった!
メッセージからも何となく大丈夫ではないかと考えていたが、今度こそ間違いなさそうだ。
あれほど梅野先生に怒鳴られたにも関わらず、上原は懲りずに話の続きを聞きに来ていた。
何よりも好奇心の方が勝ってしまったのだろう。
「それでそれで! もういい大人だもんな。もちろん……あったんだよな?」
「いや、特に何も」
また上原が大声を出す……そう思い、俺は耳を塞ぐ準備をしたが、意外にも反応は静かだった。
もはや怒りを通り越して、呆れていたのかもしれない。
「はぁ……ほんとおまえってやつは……意気地ないな」
「違うんだって! 緊張で酒を飲み過ぎて、つい寝ちまったんだよ」
「変わらねえって! 言い訳にしか聞こえねぇよ!」
確かに、何も出来なかったという点では、結果は同じか。
上原は俺と相澤さんの仲が崩れていないか、心配してくれているようだった。
「そんなんで先生は大丈夫なのか? 嫌われたんじゃね?」
「本音の部分は分からないけど、さっきも俺らのこと見て笑ってたし、大丈夫だと思う」
「すげぇな……おまえら。第一、いきなり家に行くなんて、よっぽど信用されてんだな」
「信用?」
俺は上原の言っている言葉の意味が、よく分からなかった。
「ほら、焼肉屋で言ってたじゃん! 作田は誠実に見えるって。家行っても、変なことされないって考えたんだよ。きっと」
「そういうことか……それならいいけど、単に俺を男として見てなかったりして……」
「あのな、普通それ女側が言うセリフ。あんまり先生をがっかりさせんなよ!」
「あぁ……」
そうか……相澤さんも、実は俺みたいに期待してたのかな? もしそうなら、失礼なことしちゃったな。
「とにかく、家まで来るってことは、もう行けそうだな! 告白しちゃえよ!」
「いや、まだ早いよ! もっとデートを重ねてからじゃないと……」
「あのなぁ……やっぱり作田は意気地なしだ!」
何とでも言ってくれ。俺には俺の考え、ペースってものがあるんだから。
・・・
上原が言うように、俺が相澤さんに告白すればオーケーをもらえるかもしれない。
俺の家では寝てしまうという大ポカをやらかしたが、俺達は順調にここまで来ているのだと思う。
作田明と相澤美幸が結ばれるストーリーは、着実に進んでいる。
だが……はっきり言って、浮かれてばかりはいられなかった。
なぜなら、俺にはある“疑惑”が生まれていからだ。
その疑惑が出てからというもの、常にそのことを考えてしまっている。気になって気になって仕方がないのだ。
──遡ること、二日前。
それは相澤さんが俺の家に遊びに来たときのことだ。
相澤さんは本棚の後ろに隠れていた、ハーレム系の小説を見つける。気まずくなった俺は咄嗟に嘘をつく。
『ハーレム小説を何冊も持っていたのは、俺が自作小説を書いているから。そのための勉強に過ぎない』──と。
そして、話の流れから、更に俺は嘘をつくことになる。相澤さんが、その自作小説を読みたいと言ってきたからだ。
そこで、俺はこう言葉を返した。
『まだ書いている途中のため、小説を見せることはできない』──と。
苦し紛れの言い訳だった。偶然、出たに過ぎなかった。
しかし、この言葉を口にしたとき、俺の体には衝撃が走っていた。
その衝撃は、イベントが近づくと突然現れ、俺の脳内をイメージが襲う……“あの感覚”に似ていた。
体験した本人しか分からない、何とも説明しがたい感覚だ。
そこで、俺は思ったんだ。
『この小説のゴールは、エンディングはどこなのだろう?』──と。
相澤さんと付き合ったら終わり? それとも、そのあとも続いていく?
俺がいくらストーリーのラストを思い出そうとしても、まったくもって浮かんでこない。
ただ、今は分からなくても、きっと日々の生活を繰り返して、またその日にちが近づけば、イメージとして必ず現れるはず……そう考えていた。
でも、そんなもの……来るはずもなかったんだ。
なぜなら、俺の書いた小説は──“未完成”だったのだから。
小説を書き途中のまま、どうやってか
俺は、この世界に足を踏み入れてしまった。
偶然ついた嘘が、そのことを思い出させてくれたのだ。
いつか戻れるだろう、適当に過ごしていれば、そのうち帰れるはずだ……そんな考えは甘かった。楽観的だった。
最初は、絶対この世界から脱出してやろうと思っていたのに……この世界はあまりにも居心地が良すぎる……
俺が元の世界で、どんな人間だったか、何をしていたかは分からない。
それでも、ここでの新たな生活はとても魅力的で、毎日が楽しかった。人生を謳歌していた。
一体この先、どうなるんだ……俺は一生、この世界の住人として、過ごしていくのか?