第16話 “ネタバレ”
小説、漫画、映画……世の中にはありとあらゆる“作品”と呼ばれるものがある。
アマチュアではあるが、俺も小説家の端くれ。作品を作る苦労は、多少なりとも分かっているつもりだ。
作品には、作者の想いがたくさん込められている。
この世界の小説のように、作者の妄想全開で書きたいものを書くものもあれば、伝えたいテーマを持って書いてあるもの。
また、伏線と呼ばれる仕掛けを盛り込んだ作品もあるだろう。
だから俺は、そんな作者の気持ちを尊重してか、“ネタバレ”を異様に嫌う。
ストーリーの中身を知る世界で今生きている俺が言うのも、説得力はないかもしれないけど……未来が読めてしまうわけだし。
自分の作品は抜きにしても、人様の作品のネタバレに関しては厳禁だ。
しかし、俺は今、その禁忌を行おうとしている。禁断の果実に、手を伸ばす。
それほどまでに俺は追い込まれていたのだ。許してくれ……どうか許して欲しい。
いでよ! “映画レビューサイト”!!
こんなものが存在したんだな。
俺みたいに、作品を丁重に扱う者の方が少数派なのかもしれない。
映画を観るということは、こちらがお金を払っている客なんだ。
誰しもが、クソ映画に金を払いたくはないはず……金も時間も、無駄にしたくはないんだ。
俺はコーヒーをすすりながら、自宅のパソコンでサイト内を散策していた。
「どれどれ、あまり中身のレビューは見ずに……」
レビューサイトには、現在公開中の映画の一覧があった。
一応ネタバレを配慮して、『ネタバレなし』と表記されたレビューも書かれている。
「これ助かるな。結構みんな、真剣にレビューしてるんだな」
ネタバレなしのレビューをいくつか漁っていく。
まず、俺らが行く映画館で上映されているかという問題がある。その理由を考慮すると、候補は三つに絞られた。
「えっと……ひとつ目のジャンルは、ホラーか……」
正直、ホラーは苦手だった。小心者の俺が得意なわけがない。
意外にも相澤先生は好みかもしれないが、やはりホラーは人を選ぶ。やめた方がいいだろう。
「となると、本命の──恋愛モノ」
俺が一番、映画パワーの恩恵を受けたい作品だ。
「どれどれ、点数は……」
このサイトには、映画の点数が付けられていた。星の数で評価され、最高評価は星5となっている。
「おっ、凄い! 星4だ!」
全ての人にウケる作品を作るというのは難しい。ほとんどの人が面白いといっても、ハマらない人は少なからずいる。
また、逆張り民と呼ばれる「人と違う俺かっけぇ」と感じてしまう人種も存在するのだ。
そのため、星5の評価を得る作品はまずない。星4の評価がされているということは、ほぼ満点に近いはずだ。
「文句なしの第一候補だな。ん? 待てよ……」
この作品に決まりかと思いきや、ひとつ気になることがあった。
恋愛は恋愛でも、どちらかというと“感動系”。切ない物語なのである。
「お涙ちょうだい系か~……観た後、悲しくなっちゃうんだよな」
レビューの点数は高いわけだし、面白いのは間違いないのだろう。
まだ三つ目の作品が残っている。全部目を通してからにしようか。
「あとは、アクションか。そういえば、先生はアクションも観るって言ってたな。候補としてはアリか」
アクションでは、恋愛モノのようなラブラブ感は出ないかもしれない。
しかし、面白い映画を先生と共有できれば、その後のご飯も、きっと映画トークで盛り上がれるはずだ。
これも映画パワーと呼べるのか? だとすれば、俺も映画パワーの本質が分かった気がするぞ。上原!
「さてさて、レビューはどうだ……えっ……なんだこれ……」
俺はアクション映画のレビュー一覧を見るなり、思わず目を疑った。
ざっと見ただけで分かる、最低評価の星1の嵐。酷評のレビューだらけだったのだ。
総合評価は星2。中には星5を付けている人もいた。だが、これだけ悪い評価の中にあると変に目立ち、サクラを疑ってしまう。
サクラを含めても、星2って……こいつは、紛れもない──クソ映画だ。
「実質、一択だったな。切ない系でも恋愛だし、これで間違いないだろう!」
俺と相澤先生が観る映画は、切ない物語の恋愛モノ。これに決めた!!
・・・
上原の助言、レビューサイトのおかげで、優柔不断の俺でも今日中に観るもの決めることができた。
これで安心して、眠りにつくことができる……そう思った矢先、“あの感覚”が、俺の体を不意に襲う。
「まただ! また流れてくる! 脳内にイメージが!!」
俺が書いた小説のストーリーが、イメージとして入り込んできている。
前回は、“タバコ”に“野球”という、突拍子もないものだった。
それに比べれば、今回はとても分かりやすいものだったかもしれない。
そのイメージとは、“映画館“と“自宅”だ。
映画館はもうすでに答えに出ている。今週の土曜にある、相澤先生とのデートのことであろう。
しかし、自宅の方は……何だろうか。自宅には毎日いるからな。イメージなどしなくても、いつも同じ景色を俺は見ている。どのタイミングの出来事か分からない。
俺は、この突如訪れる脳内イメージについて、ある規則性があることに気づいていた。
ひとつは、イベントが起きる日に近づくと出現すること。
もうひとつは、更に日数が近くなると、より詳しくイベントの内容を思い出せるようになることだ。
──そして、数日後の金曜の夜。
デートを前日に控えた俺は、家で翌日の準備をしていた。午前中からはテニス部の練習がある。
すると、俺の想定通り、イメージがより鮮明に、脳内へと入り込んでくるのだ。
俺は目を瞑り、映像を捉えることに専念した。
「やっぱり来たか! ストーリーが……これで未来が分かる!」
まず見えてきたのが、映画館。
館内で俺と相澤先生は映画を見ている。スクリーンには高層ビルが立ち並び、複数の車が猛スピードで走っている。
「これって……もしかしてアクション映画か?」
映画の内容まで分かったところで、今度は別の映像に切り替わった。
「──ここは……!!」
数日前に漠然と現れたイメージは、“映画館”と“自宅”。
どうやらそのイメージに狂いはなかったようで、今度は自宅のカーペットの上に座る自分の姿が映し出されていた。
これだけではただの日常だが、一ヶ所、いつもとは大きく違う点があった。
それは、自分の隣に──相澤先生が座っていることだ。
「先生が俺の家に来ている!? 映画館と自宅って、繋がったストーリーだったの!?」
てっきり別々の話かと思っていた……映画を観終えたあと、俺は相澤先生を自分の家に連れてくるってことか?
あの……初デートなんですけど……? そんなのあり!?