第14話 “チェック”
週初めの月曜日という存在は、あらゆる人達を憂鬱にさせる。
特に朝の時間帯は最悪だろう。まだ休み気分が抜けきっていない。
だが、今日の俺は一味違った。朝から絶好調だ。
「お、作田。昨日はお疲れ」
「お疲れー! 昨日はありがとな、上原」
「なんだか随分と機嫌がいいじゃねぇか」
職員室の隣の席に座る上原に、俺は椅子のキャスターを滑らせながら近づく。
「あまりでかい声で言うなよ? 昨日、相澤先生と二人きりの時に、先生の連絡先聞いといたんだ」
「マジか!? 意外とやるじゃねぇか……って、あんま意味なくね?」
上原は一度俺を褒め称えたが、すぐさま撤回する。
「同僚なんだから、連絡先は最初から知ってるだろ。連絡網あるし。俺だって昨日、先生に電話入れたくらいだしな」
そういえば、何の躊躇もなく電話してたな。上原は。
「いや、業務とプライベートは違うというか……ほとんど話したことないのに、いきなりメッセージとか送ったらキモくね?」
「あぁ……ストーカーに近いな」
よかった。やらないでおいて正解だった。
と言っても、そんな度胸は持ち合わせてないけど。
「とりあえず、先生のお許しは得たってことさ」
「じゃあ、あとはデートに誘うだけだな」
「ふっふっふ。今日の俺は、一味も二味も違うぜ!」
俺の自信満々の表情に釣られ、上原も笑みを溢した。
「おぉ、やるじゃねぇか! もう誘ったんだな!」
「──いや、それはまだだ」
「えっ!?」
「文面だけ作って、まだ送信はしてない」
「なんだそりゃ……がっかりさせんな」
「どうも不安なんだよな……だから、上原に文章をチェックして欲しいんだ。おかしなところがないかどうか」
「おいおい……生徒に授業は教えても、そんな講義をする気はねぇぞ」
「頼むよ! 俺からしたら上原は恋愛の先生だ! よっ、合コンマスター」
「おまえバカにしてるだろ。それが人に物を頼む態度か? まぁいい。とりあえず、そのメッセージの内容見せてみろ」
「あぁ、よろしく頼む」
俺はポケットから携帯を取り出し、上原に画面を見せようとするが……お馴染みのあの男が、俺らの話に割って入る。
「いつまで遊んでるんですか!! もうすぐ授業始まりますよ!!」
「──梅野先生!! す、すみません」
学年主任の梅野だ。またしても俺らの邪魔をしやがって。
今回ばかりは、時間ギリギリまで話してる俺らが悪いけども。
「上原、続きは放課後で!」
「分かった。あとでゆっくりな」
・・・
──放課後。
俺は校内の廊下に上原を呼びつける。
そして、朝出来ずに終わった、メッセージの内容チェックをしてもらうことにした。
「い、いないよな……先生、近くに」
こんな場面、絶対相澤先生に見られたくない。俺は周囲を何度も確認した。
「先生なら、さっき職員室に向かうとこ見たぞ」
「それなら平気か。よし、上原頼む」
「オーケー。この恋愛マスターに任せなさい!」
恋愛マスターじゃなくて、合コンマスター……なんて言ったら怒ってやめちゃいそうか。心の中だけで思い留めておこう。
「えっと……なんだこれ」
上原はメッセージを読み始めるが、早速躓いたようだ。
「いきなりなんだ、『おはようございます。こんにちは。こんばんは。』って一文は。何回挨拶するんだよ!」
「あぁ、それは送る時間帯に合わせて後で変えようと思って」
「分かりづれぇな……無難に『お疲れ様です』にしとけ」
「それもそうか」
呆れながらも、上原は続きを読み出す。
しかし、すぐさま指摘が入る。
「おい! またじゃねぇか! 『僕は私は』って……こんなのばっかかよ!」
「わりぃ、さっきと同様で、どっちにしようか迷ってて」
「ったく……卒業式の贈る言葉じゃねぇんだからよ」
「あぁ、あの卒業生がみんなで言うやつ? 僕達、私達は──卒業します。みたいな? 確かに似てるかも」
「第一、呼び方は“俺”にしろって言ったろ? そもそも何で社会科の俺が国語教師の文章チェックしてんだよ!」
上原は文句を言いながらも、しっかりとチェックしてくれている。
何だかんだで、優しいやつだ。
「──あとは平気じゃね? てか、当たり障りないことしか書いてないから変なとこあるわけないって」
「そうか、サンキュー」
文章チェックを終えた上原は、少しの間を置いた後、ほくそ笑む。
「それにしても……初デートは“映画”なんだな」
「映画好きって、先生言ってたからな。どう思う?」
「いいんじゃないか? 映画って、観てるときは会話しなくていいしな。初心者向きだろう」
「だよな! だよな! マジ助かったわ、上原」
俺は上原から携帯を受け取ろうと手を差し出した。
けれども、なぜか上原は俺に携帯を返そうとしない。
「ん? くれよ。俺の携帯」
「また俺がいないところで、ろくでもない文章足しそうだからな……送れ。今すぐここで」
「えーーっ……嫌だよ。一人になった時に送らしてくれ」
「どこで送ろうが一緒だろ。せっかく手伝ったんだから、それくらいいだろ!」
そう言って、上原は俺の意見など聞き入れず、送信ボタンを押そうとした。
「や、やめてくれ!」
俺は必死に手を伸ばし、上原から携帯を取り返す。
「何すんだよ! 本当はおまえ……送るのが怖いだけなんだろ!」
上原は何でもお見通しか!?
あぁ、そうだよ。断られるのが怖いだけだよ!
ここで送る勇気があるなら、とっくにデートなんて誘ってる!
「もう用件は済んだんだ。感謝してるぜ! じゃあな上原!」
俺は携帯をラクビーボールを持つかのように体で覆い隠した。
携帯を上原に渡すわけにはいかない。肌身離さず持っておく必要がある。
「──おい! 待て! 行くな作田! 止まれ!!」
誰が止まるかよ! 俺に心の準備をさせてくれ!
上原の制止を振りきり、とにかくこの場から逃げようとするが……辺りを確認する余裕のなかった俺は、何者かに体がぶつかった。
「──痛った!! 突然走り出さないでくださいよ、作田先生! 廊下は走らないって、基本ですよ!」
「一輝か!! すまない、急に走り出して」
ぶつかった相手は、俺のよく知る、テニス部部長の久保一輝だった。
女子生徒でなかったのが、せめてもの救いかもしれない。セクハラに成りかねん。
「ほら、言わんこっちゃない。だから止まれって言ったのに……」
どうやら上原は、俺に危険を知らせようとしてくれていたらしい。
でも、無理だ。人の体は急には止まれない。ロマンチックが止まらないのと同じ原理だ。
「それより一輝、怪我はないか?」
「えぇ、少し痛いですけど、怪我ってほどでは。先生こそ平気ですか?」
「あぁ、俺の方こそ……!!」
ここで俺に悪寒が走った。嫌な予感がしたのだ。
正直、俺の体なんて今はどうでもいい……それより、今大事なのは携帯の方だ……
「あーーっ!! やっぱり!!」
恐る恐る携帯の画面を見ると、そこには『送信しました』の文字が書かれていた。
「えっ、今の衝撃で先生の携帯壊れました? そんな強い衝撃だとは思わなかったのですが……」
放心状態の俺に代わり、後ろにいた上原が答える。
「いや、大丈夫だ。気にするな久保。それより、用があってここに来たんじゃないのか?」
「あぁ、はい。今日の練習メニューを顧問の作田先生に聞きに……」
「そうか。それなら久保は先に行っててくれ」
「あ、はい……作田先生、大丈夫なんです? 固まっちゃってますけど」
「あぁ、エンジントラブルみたいなもんさ。直に動く」
「ぷっ……なんすかそれ。ちなみに燃料は?」
微かに意識が残る中、久保の口元が緩むのが見えた。
くそっ……体がうまく動かねぇ……
こいつら、俺がショック状態だからって、ふざけてやがるな。
「燃料なんて、そんなかっこいいものはない──ゼンマイ式だよ」
「ははっ、猿のオモチャみたいですね」
おまえら……まとめてシンバルで挟んでやりたい気分だ。あとで覚えてろよ!!