武器商人ルドリッヒ
「名取さん、ここです」
装備を整えるために、ロエナさんに案内された武具店は、社会の闇が紛れる路地裏から、さらに地下へ潜った先にあった.
「大丈夫なんですか?ここ」
入り口の看板はコウモリが何故だかいるし、焦げ跡なんかもついていて、よりにもよって短剣が描かれていた.
もう不吉な予感しかない.
「問題ありません.ここは私が以前お世話になった場所ですから」
けどこうして、絶賛されているし、裏の方が今の僕にとって危険は少ないようなので、もし親切な店ならこれ以上ない店なのだ.
まずは一歩、入ってやろう.
「いらっしゃい」
階段を降りて、ガラス窓のついた扉を開けると、渋かっこいい声音が店の奥から聞こえてきた.
店内は薄暗く、埃っぽい雰囲気だった.蝋燭の灯りが届く範囲には武具と呼べるものがズラッと敷き詰められていた.
「お久しぶりです.ルドリッヒさん.ロエナです」
隣でロエナは頭を下げた.僕もそれにならって、
「初めまして、名取といいます.このたび『勇者』として召喚された者です」
気恥ずかしく、なぜだか虚しくなる自己紹介をすると、ルドリッヒなる店主は手招きして、要件は何かを聞いてきた.
「あ、ええ、僕の装備とロエナさん、彼女の装備を見繕いにきました.何かオススメはありますか?」
「ちょっと待ってください.ルドリッヒさん、1人分で大丈夫ですから.名取さん、せっかく頂いた資金です.もっと自分のために慎重に使ってください.財布の紐は硬くて損ないですから」
ロエナさんは小包を握る僕の右手を抑えて、そう言った.
ま、確かに信頼しないから信用しなくていいとは言ったし、もしロエナさんが僕を裏切った場合、それでは一方的に僕が損害を出すわけだけど、これは対等な取引関係を結ぶ状況下において必要経費というやつだ.
何しろロエナさんは奴隷.
政治と世間が彼女のような人を目の敵にして働いても働いても金なんて手に入らない.そんな人をこれから僕の側近として危険な場所へ向かうっていうのだから、多少の譲歩は必要だ.
けどこんなこと言っても、しっかり使わなくてもいいと遠慮をしてくれる人だ、頑固に「お金を使うな」と粘ってくるんだろう.
それならこうしよう.
取引だ.
「じゃあ、借金ということで.期限は無期限なので、死ぬまでに返していただければ大丈夫ですから」
借金という、自分に条件がつく形ならば、いささか義務感の強い彼女も受け入れやすかろう.
「でも、お金は……」
お金は気にしなくてもいい.とは言えないな、どうフォローしよ.
「ロエナ嬢ちゃん、世の中は金で回ってるが、人と人との繋がりってやつは金だけじゃあねぇ.借りっぱなしが嫌なら、貰うときはありがたく頂き、返すときは気持ちをつけて返すんだな」
かっけー……
僕が迷っていると、ルドリッヒ先生はロエナさんに完璧なアドバイスを、僕には助け舟と持つべき心意気を教えてくれた.
なんだよこの店……いいじゃねぇか……武具店で武器見てないけど.
「そうですか……いや、そうですね.ではありがたく頂くとします」
「はい、しばらくの間、よろしくお願いします」
「いえ、こちらこそです、はい」
ちなみに店主は、「フッ、若いっていいねぇ」などと言っている.なんだかよくわかんないけど、嫌いじゃない.
「そんじゃ、そろそろ2人の武具を仕立てていこうかね」
「「はい、よろしくお願いします」」
異口同音で僕らは返事をした.
僕らは後ろから装備を運んでくるから、カウンター前で待っているように言われたので、その隙にあの店主とはどういう関係なのか聞いておくことにした.
「あの人はね、私の命の恩人なんです」
この修道服はルドリッヒさんに貰ったとのことだ.これには驚いたが、金髪で、丸眼鏡をかけて、細身というかガリガリの長身の店主はもとは有名な教会の神父様だったらしい.
詳細はかなりカットされていたが、過去、もっと自分が幼かった頃、いさかいに巻き込まれたところを助けてくれた人が彼だそうだ.
だから、彼のことは信頼しているらしい.
それに、このことは誰にも言うなって言われているらしいのだが、ルドリッヒは隠れて身寄りのない子供達を世話したりもしているらしい.
なんて人格者だ.
僕は生まれて初めて本物の人格者を見た気がした.
「できたぞ、嬢ちゃんと兄ちゃん.試しにつけてみろ」
「どうも」
「ありがとうございます」
おお、これはポンチョみたいなマント型防具か.てっきり防具だと言うくらいだから、金属製のガチガチの鎧かと思ってたが、これなら軽そうで身動きもとりやすそうだ.
そしてこの武器は剣……なのか?剣といえば剣だが、これは金属製の傘といった方が正しい気がする.
雑貨屋に売っている面白い傘みたいだ.
「この剣はどういうものなんですか?」
「その剣と防具には魔力・物理耐性をつけてある.剣に関しては盾と刃を金揃えた攻防一体の剣だ.使いこなせれば普通の剣など比べ物にならない力を発揮する」
「なるほど」
魔力耐性とか、物理耐性とか、やっぱファンタジーなんだな.
いや待て、魔術は誰にでも使えるわけじゃないってロエナさんは言っていた.ということは、この店主ルドリッヒさんは数少ない魔法使いということか?
「これは……」
ロエナさんが新調された防具の説明を聴こうとしているのを遮って、僕はルドリッヒさんに魔術についての質問をした.
「ルドリッヒさん、あなたには魔術がつかえるのですか?」
「そんな大層な魔術は使えん.それに使える魔術もたったの一つ.それを活かせる職として武具店を営んでいる」
「そういうことですか」
もしもルドリッヒさんが何でも魔術で修理したり、家事をしたり、移動をしたり、できる根っからの魔法使いならば、鉱山の深層にいくことをショートカットできるかと思ったのだ.
けど本当に魔術とは一部の人が行使できる力のようだ.
そのうち何でもできる能力者だなんてどれだけ限られた人種なんだ.
でも『勇者』なんていうくらいだから、そのうちそんな凄いけど嫌な連中が出てくるんだろうな、きっと.会ってもないのに考えただけで鬱だ.
「さて嬢ちゃんの装備についてだが……」
隣ではロエナさんの装備に関する説明が始まったので、僕は店内をぐるりと一周見て回ることにした.
武器や防具は当然として、あと一つ作られていたコーナーに目が止まった.
濃さが僅かに異なる翠緑の瓶が並んでいる.これはいわゆるゲームでいうとポーションというやつか?
「そいつは回復薬だ.濃さによって効き目が異なる.どうだい?一つくらい持っていっとくかい.大抵の傷なら瞬時に治癒する万能薬だ」
後ろから、声をかけられた.どうやらロエナさんの装備の説明は終わったらしい.
「おいくらですか?」
「モノによって異なるが、真ん中の値段のもので5ルドイだ」
「あー……」
そういえば、僕、この世界のお金の相場とか分かんないんだった.
る、ルドイ?って何だそれは?円とかドルみたいなものか?
ロエナさんに僕は目配せして助け舟を求める.
「まあ、いいんじゃないですか?ちょうどいい価格帯だと思います」
「そうですか.ではこれもお願いします」
「まいど、じゃあ全部で100ルドイでいいだろう」
またも、それが高いのか、安いのか分からないが、とりあえず小包の中のコインを何枚か出せばいいんだろう.
じゃあ、全部で50枚くらいあるから、10枚くらいいっとくか.
「……1枚で大丈夫ですよ」
なるほど、一枚ね.
「ほう、1バルクとは.さすがは『勇者』だ.そんな硬貨は久々に見たよ」
へぇ、1バルクが100ルドイか.それが50枚って割と資金は貰っていたんだな.
「そうなんですか…….ありがとうございます」
「いいえ、防具まで買っていただいて、これくらい当然です」
白の装束にロエナさんは身を包んでいた.艶やかな銀髪も相まって、その姿は妙に神々しい.
「ところで、兄ちゃんたち、装備なんて作ってこれからどうするつもりだ?」
「鉱山の深層に向かおうと思っています」
そういうと、ルドリッヒさんはカウンターに潜って、灰色の宝石のようなモノを2つ取り出して僕たちに押し付けてきた.
魔石?
「何です?押し売りなら受けませんよ」
「失礼な『勇者』だな.まぁいい、これは隠密行動をするには打って付けのアイテムだ.持ってけ」
「それは!」
「そう、元はロエナ嬢ちゃんのものだ」
何かを言いたいらしくロエナさんは口をパクパク動かしている.
「とにかく落ち着けよ、ロエナ嬢ちゃん」
「は、はい.落ち着きます.はい、落ち着く……」
もしかすると、ロエナさんってポンコツか?
「じゃ、話を戻すが、こりゃあ陰の魔術が込められた魔石だ」
「それは私の故郷に伝わる秘宝なのです.とっても貴重なもので、同じものは2つとありません.破壊されてしまったと思っていたのですが、まさかそんなに綺麗な状態で保存されているなんて……それに」
そのあと、ロエナさんは口をつぐんだが、彼女の言いたかったところは「そんな貴重なものを誰にも知られず手にしていたなら、どうして私たちに渡すのか、渡したところであなたに利益はないでしょう?」的なところだろう.
ま、それを聞くことは、ルドリッヒさんを貶めるというか、人格を問う行為だ.だからつまり気を遣ったのだろう.
あるいは無意識に自衛したのかもしれないな.疑われで逆ギレし激情する人間は少なくない.世の中ってやつは往々にして変人で溢れているからな.
というのも各々が自分が普通と定義した場合の話だけど.
「そりゃそうだ.今さら、返されても意味不明だ.けどよロエナ嬢ちゃん、嬢ちゃんに昔借りてからここまで修復できたのはつい先日のことだ.仮は返す派なんだよ、俺は」
「そ、そうでしたか、よかったです……」
嬉しそうだ.でも当然か、信用していた人が悪人だったなんて物語の中だけで結構だ.
灰色の魔石はロエナさんの白装束の腰元のベルトにピッタリ収まった.
「では確かに、受けとりました」
「では、そろそろお暇しましょう」
「そうですね、ではルドリッヒさん、またよろしくお願いします」
「おう、こっちこそな.ルドリッヒ武具店をご贔屓に頼むぜ.少々失礼な『勇者』様もな」
「安くしてくれるなら、いつでも贔屓にしますよ」
僕がそう言うと、カッ、とルドリッヒさんは額に手を当てる.
そんな姿を傍目に捉えながら、カウンターに背を向け、扉のドアノブに手をかけ、僕たちは外へ出た.