異世界召喚?
「貴方様は世界を守護する勇者として召喚されました」
唐突に学校帰り、そんなことが告げられた.
「え……」
周りを見回すと、だだっ広い空間に僕はいた.正面には玉座があり、豊かな髭を生やした男が1人、その側には3名ほどの槍兵が並び、さらに部屋の両側面には一糸乱れぬ隊列を組んだ騎士がズラリ.
随分と仰々しい空間だ.
しかし僕は確かに、夕方5時という下校時刻を守って帰宅途中だったはず.一体全体どうなっているのか、首を傾げた.
いい大人が、いやむしろいい大人だからこそなのかもしれないが、今どきシルバーのローブを身に纏い、ルビーやサファイアみたいな煌びやかな宝石の装飾が施された玉座のような豪奢な椅子に腰掛け、偉そうに踏ん反り返っているだなんて、これはいったいどんな冗談だ?
ひとまず見なかったことにしても、視線を下に落とすと今度は幾何学模様が足元に浮かび上がっていた.
いわゆる魔法陣というやつか.王道の異世界系ストーリーか、はたまた妖怪伝記系ストーリーか、そんなジャンルでお馴染みのアレだ.
にしてもコレはどういう原理で描かれているんだ?プロジェクターマッピングなんてありそうもない場所だけど……まぁ現代の技術力なら小型化してどこに投影器があるのかすら分からなくできるか……というか最初の疑問に戻るけどなぜ僕がこんな場所にいるのかっていう根本的なところが謎のままなわけだが?
加えて、言いたくなかったけれど……どうして僕の前にはサバイバルナイフもとい短剣が鎮座しているんだ?
奇妙な状況下で、しかも跪くような格好でいる僕、多くの警備隊(騎士たち)、そしてナイフだなんて……処刑現場かよ…….
「フム……」
王(仮)の僕を選定するような視線で僕は我に返った.
「ここは……どこです?」
とにかくどういう状況にいるのか、いつまでも黙っていても仕方がないので、正面にいる王に尋ねた.
「ここはルーベルクという街のちょうど中心に聳える王城だ.キミにはあることを成し遂げてもらうためにここに召喚した」
「はぁ……はい?」
この風変わりなムードとどこかで見たことがあるような展開.それはないでしょう、と分かっていながら、やはりアレしかないでしょう.
【これはやはり、異世界召喚というやつでしょうか!?】
そう結論を出そうとしていたけど……ちょっと待った(自制).
おかしくないか?
普通、頼み事をする人はヘコヘコと頭を下げるのが礼儀だ.だってのに、この王は…….
確かにネット小説に掃いて捨てるほどにある異世界モノにでてくる王族、貴族たちが、どうして何不自由ない生活をしてきて、あんなに弁えた人格者ばかりなのだろうとは思ってはいたけど.
やっぱりそうなんですね!?
現実ってのは、つくづく往々にして理想を屈服させる.
王、いきなり偉そうっすね……!
「聞こえなかったか?キミには未来のために死ぬ気で死なずに24時間働けとそう言ったのだ」
え……なにそのブラック企業……入社初出勤時にして続けられる気が一切しない.
「ちなみに、具体的にはどのようなことをしろと?」
「話が早くて助かる」
別にやるとは一言も言ってないけど……マジでここよくわかんないとこだから逃げる手段は最初に考えよう.
「この世の中には『勇者』と呼ばれる肩書きを手にする人間が一国に1人だけ召喚される.そして彼らの中から真の王を見いだし、今後の世界の安寧を委ねるという掟がある」
なんて人任せな話だ.
王は話を続ける.
「掟において選ばれた王の言葉は絶対的権力を握り、それは世界によって決められている.つまり魔術的な縛りが発生するということだ」
パンッと両手を合わせ、「言うまでもないだろう」と僕に告げる.
最悪だ……直接的ではなかったとはいえ、ナイフが処刑宣告だという予想は遠からず正解だったことが無言の圧によって告げられた……至極残念ながら.
「それはつまり、『勇者』という肩書きを贈呈された僕は他国の『勇者』と国の名誉と自腹の命を賭けて、ありていに言って殺し合えと、そう言うんですね?」
王はニヤリと鋭い目を光らせ、奥歯を見せながら、その通りだと言った.
「話を続ける.だから生活基盤ができるまでの期間のみの資金は提供してやろう.だが、こちらからの依頼で強制タダ働きすることはあれど、そちらからの希望反論抗議質問の一切を受け付けない」
ひどい労働環境だ.
「最後に一つだけ助言をやろう.ちなみに『勇者』と呼ばれる連中にはそれぞれ特殊な能力が一つ発現するという.具体的にその力は術師の弱点を補える能力が発現すると言われている.無論、生き残るには磨くといいだろう」
はっきり言わせて貰えば、ムカつく、という一言に尽きたが、しかしこの王に追求してもどうしようもなく(そんなことない気も僅かながらするけど)手に負えないの一点張りを喰らいそうなので、
「……拒否権はないのでしょうが、分かりました、引き受けましょう」
渋々同意した.
すると王の手招きで僕の背後にある両開きの背丈5メートルはあるだろう扉がギシッと軋みを上げて開く.
そこから1人の修道服を着た銀髪のシスター及び使用人らしき女性が入ってくる.そこそこ重そうな包みを持って.
「どうぞ」
その包みはまっすぐ僕の手に収まった.
「それが数刻前に言った、最低限の資金というやつだ.あとは国のために励んでくれたまえ……ちなみに」
どこに行けばいいのか検討もつかないけど、どうやら閉幕の雰囲気なのでとりあえず後ろの扉へ向かおうと振り向くと、王は含み笑いを浮かべてこう言った.
「ちなみに、掟は世界の定め、規則でルールで、正義だ.報酬がないからと行動を起こさなければいいなどとは考えないことだ.さすれば文字通り、天命が下ることだろう」
「脅し……ですか?」
「そう受け取ってもらって差し支えない」
つまり、逃げれば暗殺者が僕のもとへ派遣されるということか.
いやはや、唐突に人生ハードモードがすぎるでしょ.
「あと一度だけチャンスをやろう.質問はないな?」
心の中では、ねぇよ.と言い捨ててやった.
しかしまぁ、表では一応キツイ言い回しにならないように努力しつつ、(正直、もうこの王とツラを突きつけていたくなかったので)
「じゃあ一つだけ.今は朝ですか、夜ですか?また夏ですか、冬ですか?」
その答えは、今は昼で、季節は春、天候は晴れ.
皮肉にもスタートとして絶好の日和だった.
そして僕は大広間を出た.
まずは読んでいただきありがとうございました.