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セカイ×ケッショウ=  作者: 四月一日
第一章 セカイの歩き方
1/1

一話 はじまりの日





「あいよ。オヤジ特製ガル級肉のごちそう丼だ!」



 まだ客のいない広い食堂。4人掛けのテーブル。大きな器に盛られた料理が置かれる。

 照り返す肉汁が輝く厚切りのサイコロ肉がたっぷりと乗った丼。

 丼の縁には肉を囲う用にかけられたザクザクの野菜ソース。

 たまらずにスプーンで大きく一口。


「んっ!ん~~っ!!」

「はっはァ!そうか、そんなに美味いかァ。おし、どんどん喰え。」

「うんっ!美味い!ありがとオヤジっ」

 

 元気よく、もりもりと丼を消化していく少年。

 ふわふわとした黒髪は毛先に向かって白く抜け、その隙間からきゅっと目じりの吊り上がった大きな瞳をのぞかせている。

 キラキラと輝く瞳が大きく開いて、とろけるように細まる。


「いやァ俺もそこそこ長くやってるが、生まれたての流れに出会うとは…。貴重な体験をさせてもらった。ホントにそうやって生まれてんだな」


 しみじみと頷くオヤジ。この食堂のオーナーであるオヤジは結構イカつい竜型のヒトで、この街では見た目によらず面倒見がいいと評判だ。

 朝の仕入れの帰り、パキン、と硬質な破裂音を聞きつけ、覗いた道の裏手で倒れるように眠っていた少年を見つけ保護した。

 盛大な腹の音とともに目覚めた少年の瞳と、髪から除く丸い耳。キョトンとした無垢な表情に、流れのヒト、それも生まれたてだ。オヤジは気づいた。



 このセカイでは、ヒトは大きく分けて5つの型がある。

 オヤジのように、一見耳がなく頭部に角の生えた竜・龍型。獣の耳と尾をもつ獣型。横に伸びた長く尖った上向きの耳が特徴の精霊型。精霊型に似た、後ろに長く尖った下向きの耳の妖精型。そして、光る目と丸い耳の希少種、流れ。

 母親の胎から生まれる他のヒトと違い、流れはある程度育った姿で、突然、セカイに生まれると言われている。その数も少なく、おおよそのヒトは流れに会うだけでも珍しい。それが生まれたてに出会うなんて、本当に希少だ。


「生まれたての流れってのは、どこまで知識があるもんなんだ?普通に話してるし、飯も食ってるよなァ。」

「うん。自分が流れって呼ばれるヒトなのはわかるよ。むぐ、たぶん言葉も文字も大丈夫。」

「ほお。じゃ、俺が竜型なのはわかるか?」

「んん、ごくん。」

「あァ、悪い悪い。ゆっくり食いな。」

 口いっぱいに頬張る少年が頷く。

 急いで飲み込む様に申し訳なく思ったのか、ガッと引いた向かいの椅子に座り、少年を眺める。初対面のヒトがちょっと構えるイカつい顔がほんの少し優しげに見える。


「あんね、セカイにどんなヒトがいるかとか、自分が流れだとか、そんくらい。生まれたてだし、名前ないし。知らないことのほうが多いよ、たぶん。この丼?とか美味しいって思う。でも肉とか野菜とか米とかはわかるけど詳しい種類とかわかんない。」

 美味しいっていうのも、どう美味しいのか詳しくセツメー出来ない。

 そう言って少年は空になった器に、カランとスプーンを入れた。きれいに平らげられた器には米の一粒もない。

「へへ。美味しかった!初めて会ったのがオヤジでよかった!」

 ニッと笑った少年の頭をくしゃくしゃとかき混ぜて、空の器をもって立ち上がる。

「知ってるかもしれねぇが、俺たちは流れのヒトに感謝してる。昔っからいろいろ便利なもんをもたらしてくれる。だからまァ、しばらく面倒見てやるよ。手伝いはしてもらうがな。」

「うんっ!まかせろ。」

 パッと顔を上げて少年は大きくうなずいた。


「とりあえず、自己紹介だな。俺はここ、西のクニの街ウルドで食堂をやってるオルガだ。見ての通り、竜型。竜型と龍型の違いはわかるか?」

「えっと、西と北に多いのが竜型で、2対のおっきな角がある。」

「そうだ。もう1つは?」

「南と東に多い龍型は角が細くて長い。何本あるかは個人差がある!」

「正解。まァ、それぞれその国に多いってだけでそこ以外にいないわけじゃあないが。で、お前は?」

 開店のために仕込みをしながらイカついオヤジ、オルガが話しかける。

 少年はその横で自身の使用した器とスプーンを洗いながら答える。 

「おれは流れの、あ、名前どうしようかな。」

 悩みながら、きれいになった器とスプーンをオヤジの示す通り、カゴに入れる。


「そうか、さっきも言ってたな。生まれたてだから名前がないのか。」

「うーん。オヤジ、名前考えてよ。」

 名案だ!とはしゃぐ少年にポカッと軽いげんこつを1つ。

「バカ言え。名前は一生モノだぞ。今急いで考えなくてもいい、じっくり悩んで決めろ。」

「はぁい…」

「それまでは坊主でいいな。ま、そう困ることもねェさ。」

「うん」

 良い子の返事を返し、手持ち無沙汰になった少年はオルガの手元を眺める。

 いくつかの野菜が細かく刻まれ、同じく細かく刻まれた肉と混ぜ合わされていく。そこへいい匂いの粉、スパイスが足され楕円の塊に成形される。


「いい匂い。おなか空いちゃうね。」

 ぽそりとつぶやいた少年に、まだ腹空いてんのか?とオルガが尋ねる。

「空いてるってわけじゃない、と思うけど、まだまだ食べれる!」

「なんだ、もっと作ってやりゃよかったな。」

「オヤジの料理が美味しいからだよ。どれだけあっても食べれる自信あるっ」

 元気よくそう言った少年にオルガも軽く笑う。

「そりゃ、冥利に尽きるな。」


「俺は元々この街の生まれで知り合いも多い。仕込み早く終わらせて軽く街を案内してやる。」

「いいの?」

「ガキが気ィ使ってんな。面倒見てやるって言っただろ、甘えとけ。」

「へへ、ありがと。」

 にこにこ笑う少年とオルガはずっと一緒だったように相性がいいようで、教え教わりながらいくつもの料理の仕込みを終わらせた。


  



 ガチャリ

 オルガが店の扉に鍵をかける。

 少年は生まれたときに来ていた簡素な貫頭衣から、オルガの服に着替えていた。とはいえ、せいぜい15歳くらいの見た目の小柄な少年と身長190センチ越えの鍛えられたオルガでは体格がまるで違う。

 かなり無理をしつつ、何とか着られているといった状態だ。

「じゃ、とりあえず服だな。」

「さすがにこれじゃ動きづらいもんな。」


 てくてくと街を歩く。初めての景色に興味津々にあたりを見回す少年に軽く注意が飛ぶ。

「朝早いからヒトも少ねェが気ィつけろ。コケるぞ。」

「わっ、とと。危なかった…」

「言わんこっちゃねェ。」

 そうこうしつつも、凸凹コンビは目的地にたどり着いた。



 服屋には色とりどりの布が所狭しとひしめいていた。

「おお、すっごいカラフル。色鮮やか、っていうんだよな。」

「そうだな。特に西のクニは商売が盛んだ。店の商品も建物もカラフルなのが多い。」

 そういって、オルガは店の奥に声をかけた。

「おおい、イコ。」


「なーにー?」

 奥から出てきたのは、カラフルな髪の女性。横に伸びた長い耳、精霊型のヒトのようだ。

「あれ、あれあれあれ。」

 イコと呼ばれた女性は少年に気づくと、すたすたと速足で寄ってきた。

「あーっ!流れの子だ!えーなんで、なんでなんでなんで?」

「圧が強いんだよ、下がれ。」


 グイッとオルガがイコの首根っこをつまみ遠ざける。

 少年は大きな目をぱちぱち瞬かせている。どうやら驚きすぎて状況が呑み込めていないようだ。


「あう。」

「坊主、こいつはこの服屋の店主。見ての通り精霊型だ。やかましいが悪い奴じゃない。」

「ごめんごめんごめん。興奮しちゃってついね。あたし、イコ。出身はここじゃないけど、ここで服屋やって長いからさ、頼りにしてね。」

 そういってイコは笑った。

「うん。おれはさっきオヤジに拾ってもらった流れだよ。まだ名無し。よろしく、イコ。」

「名無し?拾ってもらった?えっ、もしかして、生まれたてに近い感じ??」

「あァ、坊主は今朝生まれたとこを拾ったんだよ。で、服がねェから買いに来た。」


 ピコピコとイコの耳が震える。

「そんな貴重な出会いが!こうしちゃいられないね!来て来て来て!」

「わっ、オヤジ!」

「ったく、暴走女…」


 ぐいぐい手を引かれて店の奥へ。

 店の奥は少し落ち着いていて、表にあった布よりも高級そうで手触りもよさそうなものばかりだ。布もあるし、完成された衣服もある。

 少年とオルガを置いてさらに奥に行ったイコはいくつかの大きな箱をもって戻ってきた。

「おっまたせ!これね、最近入ったばかりなの。でもすっごくきれいだから特別な子に使ったげようと思ってとっといたんだ~!」


 箱から取り出されたのは美しい布だった。黒い布にきらめく糸が織りこまれている。

「おォ…!」

「すっごい綺麗だ、キラキラしてる!」

 思わず感嘆の息をもらすオルガと少年にイコも自慢げにうなずく。


「うんうん、そうでしょう!これ、流れくんに仕立ててあげたいなって。」

 代金はいらないからさ。少し落ち着いたイコが笑う。

「えっ、でも高いんじゃ…」

「絶対似合うし、あたしが仕立てたいだけだよ。流れのヒトにもオルガにも世話になってるからさ、お礼だと思って受け取ってほしいな。」

「イコがそのつもりなんだ、受け取っとけ。こいつの腕は確かだし、気になるってんなら将来何か恩返しすりゃあいい。」

「そうそうそう!オルガもいいこというじゃん。」


 少年はじいっと布を見つめていたが、パッと顔を上げて頷いた。

「ありがとう、イコ。おれ、ぜったい大切にする!」

「うん。そうしてくれるとあたしもうれしい。それじゃさっそく作っちゃうね~!」

 その服は脱いで、インナーはこれ。これが下着で、ズボン代わりにこの布巻いてね。はい、この奥で着替えてきて。

 ポイッといろんな服を渡され、着替えのため奥へ追いやられる。

 着替えて戻れば先ほどの布のほかにもいくつかの生地が広げられていた。


「じゃあ、いくよ。手は横に広げて、そう、足もちょっと広げて。動かないでね~。」

 服飾魔法・整服縫合


「っ!?」

「イコはちっと珍しい魔法スキルもちでなァ。服飾の腕は西のクニん中でもトップクラスだ。安心しろ。」

 驚く少年を他所に、瞬く間に舞い上がった布が形を変え縫合され、少年の服が完成した。

「いっちょ上がり、かな。」


「すごい…!」

 イコのとっておきの布は少年の体に沿ってシンプルながらセンスの良い服に仕上がり、ズボンはスマートにフィットし足首を魅せる。なめらかな白地の上着は袖口に竜のシルエットが刺繡され、鮮やかな帯が腰を彩る。

 端的にいって、素晴らしい完成度だった。


「流れくんは髪も黒から白の色合いだからね。服はシンプルに仕上げてみたよ。袖口の竜はオルガの要素を入れて、あとはそれだけだともったいないから、腰帯は西のクニらしくカラフルにね。」

 どうかな、気に入ってくれた?鏡にくぎ付けの少年に、自慢げに解説するイコ。

 たまらず、ぐるっと振り返って勢いよく抱き着いた。

「最高だ!めちゃくちゃ嬉しい!!」

 オヤジもいる!とはしゃぐ少年に抱きしめられたままのイコもオルガも思わず笑みがこぼれる。

「いいじゃねェか、大切にしろ。」

「うんっ。ほんとにありがとう、イコ。」

「どういたしまして~。ちなみにあたしの服飾魔法はただ服を作るってだけじゃないんだよ。その服、汚れもはじくし耐久性もすっごく高いから戦闘用にも使えるの。」

「戦闘用?」

「そうそうそう!これから流くんがどうしたいかはわかんないけど、もし組合に登録して討伐とか調査に行くとしても全然問題なし!むしろそこらの装備よりずっといいよ。」

「まだ組合の話してねェよ、イコ。」

「あ、そっか。そうだよね。まあその辺の話は後でまたオルガに聞くといいよ。」

「わかった!イコってすごいんだな。」

「えへへ、まあね。」

 和気あいあいと話し込んでいたが、そろそろ出なくては街の案内の時間が無くなってしまう。

 イコへ再度感謝の言葉をかけ、数セットのインナーや下着を購入し2人は店を後にした。





「ふへぇ、疲れた…」

 あの後、軽く街を1周した2人は、市場の店主たちやら通りすがりやらにガンガン話しかけられ、たくさんのものを押し付けられもみくちゃにされた。

 まあ主にもみくちゃにされたのも話しかけられたのもオルガではなかったが。

「まだ開店まで少しある。ジュース飲んで菓子摘まんどけ。」

 山盛りに押し付けられた中にはすぐに食べられる軽食や菓子、ジュースもあった。

 それもこれも、勧められるままに味見した少年の美味しそうな顔と素直な感想、そして感謝の言葉が原因だ。

 善意に善意が返ったというのか、はじめは笑顔で受け取っていたが、だんだん数が増え、抱えきれなくなったころには笑顔も少しひきつってしまっていたかもしれない。


 もぐもぐと頬張る少年は瞬く間に山を消化して見せた。

 やはり、大食いなのかもしれないな。とオルガは横目に頷いていた。

「店が開いたら最初みてェに皿洗いだ。ゆっくりでいいぞ」

「うん。頑張る。」

「おし、じゃ開店準備だ。」













 カタン。

 食堂の看板がcloseにかわる。外はゆっくりと日が落ちて、薄暗くなりつつある。

 午後6時。閉店にはいつもよりずっと早い時間だが、どうやら今日はもう営業終了らしい。


「坊主、お疲れさん。」

「わわ、オヤジもお疲れさん!」

 店を閉めたオヤジにくしゃくしゃと髪をかき混ぜられる。これで今日2度目だ。オヤジはおれの頭をかき混ぜるのがクセになったらしい。

 

 セカイに生まれてオヤジに拾われて、オヤジの食堂の手伝いとして皿洗いを任せられるようになって早三日。

 初日に外でいろんな人にかまい倒されたから、なんだか店にいるほうが安心する。

(ま、みんないいヒトたちだけどね。)

 くしゃくしゃの頭を軽く手で整えて、箒をもつ。閉店後の片付けも勝手がわかってきた。

 丸い耳もそうだが、何より目立つ目を隠すように髪で覆った姿は、見ようによっては不気味なのかもしれない。なんて、床掃除をしながらふと思う。

 初日にもみくちゃにされてから、わかりやすい特徴を隠したのだ。パッと見て分からなければそれでいいか、ぐらいの簡単なものだがないよりはいいだろう。


「なんで今日こんなにはやく閉めたの?いつもあと2時間くらいあるのに。」

 テーブルを拭くオヤジに問う。

「言ってなかったか。今日は屋台のほうで歌姫がライブするんだよ。だから屋台に行くやつも多いし、今日はこのくらいでいいんだ。」

 お前も行ってくるか?ほら、と差し出された財布。

 思わず受け取った財布はずっしりと重い。

「これって…」

「お前がこの三日、しっかり働いてくれた分だ。もう計算はばっちりだな?」

「うん!ありがとうオヤジ!」

(このためにわざわざ早く閉めてくれたのかな、へへ)

 なんだかとても嬉しい。

 おれにいろんなことを教えてくれるオヤジは、本当に見た目によらず面倒見がよくて優しい。きっと働いた分以上に入れられているであろう重みに、じんわりと胸が暖かくなる。


「まァ、もう夜だ。ゆっくり楽しんできたらいいがあんま遅くなるなよ。」

「おうっ。いってきます!」



 エプロンを外し、たたんでカゴへ。

 イコがくれた上着を羽織って腰帯を巻き、財布は落とさないようにポケットに。

 少年は夜の屋台通りへと足取り軽く歩を進めた。





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