仲良しこよしはいいけれども
こんなのでいいのだろうか。
ヤエコ、つまり亮太の曾祖母ちゃんは亮太に大学の合格祝いに色鉛筆を贈ってくれたすぐ後に亡くなった。
その曾祖母ちゃんが、大丈夫だと言った?
そういえば、アキラは始めにそれを亮太が指摘した時に亮太は平気だと分かるから大丈夫な様なことを言っていた。でも企業秘密だと。
亮太は、恐る恐るアキラに聞いた。
「曾祖母ちゃんが、視えてる?」
多分、涼太の背後にいるのだ。アキラが深く頷いた。
「人の良さそうな笑顔で、いる」
「まじか」
亮太が驚いていると、狗神がアキラの説明に補足してきた。
「亮太、いつもいつもはっきりといらっしゃる訳でないですよ。時折亮太を助けられる際に視える程度ですから、排泄や恥ずかしい台詞などはお気になさらずとも大丈夫ですよ」
「はあ」
そういうことを聞きたい訳ではなかったのだが、まあ恥ずかしい台詞は聞かれないに越したことはない。
狗神が続けた。
「さすがに同じ部屋に暮らすとなると八岐大蛇の影響があるかと思い亮太に勾玉を貸し出しましたが、その様な心配は不要な程強力な守護でした」
「曾祖母ちゃん、そんなに凄いのか?」
狗神が深く深く頷く。
「善意とお人好しの塊、亮太そのものです」
「おい」
「褒めてるんですよ。善良過ぎて誰も亮太を騙そうなどとしませんから」
前に蛟が言っていた、にこにこ何とかだ。
「そうかー……曾祖母ちゃんが守ってくれてたんだな」
何だか力が抜けてしまい、亮太はその場にへたりと座り込んだ。時折感じた、頭を撫でたり肩をポンと叩いたりしてた手。あれはきっと曾祖母ちゃんだったのだ。
こころがほっこりと暖かくなった。土の下に眠り消えた訳ではなかったのだ。一人で居ることを心のどこかで恐れていた亮太に、こいつらを巡り合わせてくれたのだ。
「曾祖母ちゃん、ありがとな」
宙に向かって言うと、ポン、とまた頭を撫でられた気がした。よし、やる気が出てきた。
亮太は腿を両手のひらでパン! と叩くと、コウに向き直った。
「コウ、コウの鍛え方ってどうするんだ?」
同じ名前だと言いにくくて仕方ないが、コウは理解してくれるだろう。コウが腕を組み考察を語る。
「私のコウが新たな技を出せる様になったのは、亮太との関係がいいことが原因ではないかと思うんだ。どうだ、私のコウ?」
それまで亮太の胸ポケットにいて静かにしていた蛟がひょっこりと顔を覗かせた。
「あれはねー、亮太好きーって思ったら出来たの」
そう言いながら蛟が亮太を見上げる小さな顔の可愛いこと。亮太は思わず目尻が下がってしまった。
「俺もコウが好きだぞー」
「えっ」
亮太が言うと、人間のコウからそんな声が漏れた。亮太がコウを振り返ると、頬が赤くなっている。どうやら勘違いさせてしまったらしいが、でもまあコウも勿論嫌いではない。
「蛇のコウも好きだけど、人間のコウも好きだぞ」
亮太は言い直してみた。昨晩は一緒に酒を飲み、沢山話が出来てとても楽しかった。コウがいい奴なのも分かったし、これから当分は一緒に住むのだ。男同士同じ布団に寝てるのはまあ正直あれだが、特段嫌とは思わなかった。
「そ、そ、そうか」
コウが怒った様な顔をしている。どうしたのだろうか。狗神に助けを求めるが目をふっと逸らされた。アキラを見たが、窓の外を向いて肩を震わせていた。もしや笑ってるのか?
ただいい奴だと思って言ったのに、何なんだこの反応は。亮太は首を傾げた。まあいい、話を進めたかった。
「ということは、コウは褒めて育つタイプってことか?」
「そ、そういうことだな。まずは目の前に敵となる者がいなくとも蛟龍になれる様に特訓しようか。そこから、嵐の様な雨ではなく禊に向く様な柔らかい雨を呼べる様になるといいかな」
「僕、頑張るのー」
「では、家事は私とアキラ様の方で引き受けましょう。亮太とコウ様は日中は蛟との特訓に専念して下さい」
狗神の言葉に全員が頷いた。
「11月中に全ての首が退治出来ることを目標に頑張りましょう」
「分かった」
亮太が頷くと、狗神が亮太の目の前に歩み寄りきちっと座って亮太を見上げた。
「亮太、ありがとうございます」
亮太は、狗神の頭をポンポン、と笑顔で撫でた。
「当然のことだろ?」
◇
蛟が亮太に呼応して蛟龍になる練習は、外はもう蛟には寒すぎるので、コウが八咫鏡で風呂場を温めながら行なうというかなり窮屈な特訓となった。
男二人が狭い洗い場で腕をくっつけて並んで座り続ける特訓に亮太はさすがに首を傾げたくなったが、だがそうすると蛟のやる気が出るらしい。
「コウ様と亮太、仲良しが嬉しいのー」
「分かった分かった、よし、じゃあもう一回やってみよう。な?」
「んー難しいのー」
蛟が集中すると確かに少し光って変化しそうになるのだが、集中が途切れてしまうのかすぐに光が引っ込んでしまうのだ。
「切羽詰まった感が足りないんじゃねえか?」
亮太が隣で鏡を持って構えているコウに尋ねた。風呂場は鏡から出る光の所為でかなり暖かい。コウの鼻の頭が少し汗をかいていた。
「切羽詰まった感というよりも、私のコウが喜ぶ様なことの方がいいんじゃないか?」
「僕、亮太にお願いされて頼りにされて嬉しかったのー」
「ほら」
「成程なあ」
何か妙案はないものか。亮太は考えるがなかなか思い浮かばない。もうここまでの段階で、口で褒めたりするのは散々やっていた。
しかし暑い。
「ちょっと休憩するか」
「そうだな」
亮太がよっこらせと立ち上がるが、コウの動きがおかしい。何かを我慢している様な。
「コウ?」
すると、コウが苦笑いして亮太を見上げた。
「足が痺れた」
「はは、狭いからなあ。ほら、手を貸せ」
「うん」
亮太が差し出した手をコウが掴み、壁に手をつきながら痛そうにゆっくりと立ち上がった。
すると。
「うふふー! コウ様と亮太、仲良しこよしなのー!」
蛟が手を取り合った二人を見てそう言うと、水の不可思議な揺らぎの光を放ち始め、数瞬の後、変化した。
「え?」
亮太とコウは手を繋いだまま、煌めく蛟をただ呆然と見つめる。
「わーい! 出来たよー!」
「え? コウ、何で出来た?」
「え? え?」
亮太とコウがはしゃいでいる蛟に聞くと、蛇の姿よりも表情が豊かになるらしい龍の目をニッコリと細め、蛟が教えてくれた。
「お手て繋ぐの仲良しの証拠なのー」
「お手て?」
亮太はコウと繋いだままの手を見た。これがトリガーになったのか?
亮太はそうっと手を離してみる。すると、蛟ががっかりした顔をし、シュルシュルと元の白蛇の姿に戻ってしまった。
成程、草薙剣が出ていない時は変化するきっかけが消失すると元に戻ってしまうらしい。
亮太は試しに蛟に見える様にコウと手を繋いでみると、また水の煌めきが増してきて、あっさりと蛟龍に変化した。
「え? たったこれだけで?」
「亮太、これは亮太が私のコウと良好な関係を築けたからこそだろう」
亮太とコウは顔を見合わせた。特訓二日目にして出来てしまった。
「やったな、亮太」
コウが微笑んだ。興奮が亮太を襲った。
「凄いぞコウ!」
亮太は蛟の頑張りにじんとしてしまい、更にアキラ救出への第一歩が踏めたことに感無量になり。
「やったぞコウ!」
と言うと思わずコウに抱きつきコウを揺すった。
「ひゃっ」
「出来た出来た! 凄いぞ二人とも!」
「亮太、コウ様大好き? 大好き?」
蛟がキラキラと目を輝かせると、三人の周囲にみるみる内に水の壁が立ち登り始めた。
「亮太落ち着け! 見てくれ、これは……!」
「へ?」
亮太が周囲を確認すると、何と水の壁が三人をすっぽりと取り囲んでいた。
「これは、コウが……?」
亮太は感動して人差し指で壁をつつくと、反対側に指があっさりと突き抜けた。薄い水の壁なのだ。ゆらゆらと太陽の光を反射して、何とも言えないその色彩に亮太は思わず心を奪われ、コウを抱き締めていた手が緩む。
すると。
バッチャーーン!
「うわあああっ」
亮太とコウの上に大量の水が降ってきた。一瞬のことだったが、髪からぼたぼた落ちてくる水を両手で払って周りを確認すると、もう水の壁はなくなっていた。
風呂釜の方には、小さくなった蛟。
「え?」
びしょ濡れになった亮太とコウは、また顔を見合わせたのだった。
次話は明日投稿します!




