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一般人のおっさんでも覚悟を決めてやれば出来るもんだ

おっさん、頑張る。

 蹴り剥がした草薙剣(くさなぎのつるぎ)を再度構えて亮太が狗神に聞く。


「効いてるか!?」

「段々と小さくなっていっています! その調子ですよ亮太!」


 援護に回っている狗神が亮太を手放しで褒めた。珍しいこともあるものだ。


 首がまたふわりと宙に浮かぶと、頭部からぐぐぐ、と角の様な物が二本出てきた。なんだありゃ。亮太は思わず一歩下がる。


 すると、大きな口を開けて首が亮太を襲う。すれ違いざま先程生えたばかりの角に草薙剣の刃が当たり、キン! と音を立てた。他の部分よりも固いのだ。また首の背後から剣を振ろうとしたが、すでに上空に逃げられてしまった後だった。


 空中に逃れられてしまうと追いようがない。亮太がまた構えると、相手がにやりと笑った気がした。亮太はゾッとした。それは全く以て温かみのない笑みの様に感じた。あんな物をアキラは八匹も背中に封じてこれまで生きてきたのだ。今は残り六匹だが、それでも封じるにはとんでもない神力がいるに違いない。


 やはりアキラはれっきとした神の一人なのだ。八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の首と対峙して初めて、亮太はその事実を実感した。


 亮太も首も睨み合って暫し動かない。いや、互いに相手の出方を待っていたのだ。


 すると我慢出来なくなったのか、首が空中で鋭い角を亮太に向け始めた。あの角で亮太を突き刺すつもりなのだろうか。亮太は雨か汗かは分からないがツルツルと滑りやすくなっている柄を握り直し、それを待った。届く場所まで降りてきてもらわねば戦いようがない。


 ふわり、と首が動き始めたその瞬間。


「亮太!」


 (みずち)の叫び声と共に、亮太の背後から強力な水撃が首を襲った。亮太は驚いて咄嗟に後ろを振り返ると、なんとあの(みずち)が翼から水礫(みずつぶて)を繰り出している。どうなってんだありゃ。


「コウ! 凄いじゃないか!」

「なんか出来ちゃったの!」


 (みずち)の高揚した声に、亮太の心がじんわりと温かくなった。胸の上の勾玉も、熱いくらい温かかった。


「亮太! 今です! 攻撃を!」


 狗神が叫んだ。首は宙に浮かんでいて正面からでは届きそうにないが、首の後ろに伸びている千切れた首が垂れ下がっており、水撃を受けている今ならそこから登ることが出来そうだ。


 亮太は首の背後に周って駆け寄ると、首に剣を突き刺しグン! と頭部へ一気に駆け登った。(みずち)は亮太が頂上に辿り着くのを確認すると攻撃を止めた。


 亮太の目の前には生えてきた角が二本。ダン! と左足で踏み込み、右から左へと腰を入れて一気に振り払った。切られた角が、サアァ、と空中に霧散していく。


「亮太ー!」

「今です!」


 居候の神使達が大声を上げた。その声が亮太の闘志を鼓舞する。


「任せろ!!」


 剣先を下に向け、首の脳天に突き刺した! ズブズブ、と嫌な感触が手に伝わる。剣先が半分程入っていった所で、亮太は柄の上に胸を当て全体重をかけた。


「入れえええええ!」


 膝が首の頭部についた。驚く程冷たい皮膚だった。まるで、氷の塊の様だ。そういえば触ってしまっているが大丈夫だろうか? 前回のまがい物とは違ってこちらは大ボスだ。


 亮太がそんなことを考えた瞬間。


 鼓膜が破れそうな断末魔の叫びを上げながら、首の黒い色が少しずつ薄れ始めた。氷が空中に溶け出すようなその光景に、亮太は思わず目を奪われ立ち尽くす。


「亮太! 落ちますよ!」


 狗神のひと言ではっと我に返った。亮太は慌てて草薙剣を引っこ抜くと、剣は今度は抵抗なくするりと抜けた。もう中身がなくなってきているのだろう。急いで踵を返すと消えかけている登ってきた方から地面に飛び降りた。


 ダン! と地面と接触した靴が音を立てる。ふくらはぎがジン、と痺れた。うん、次はもう少しふくらはぎの筋肉も付けた方がいいかもしれないな、そんなことを思いながら立ち上がると。


 トコトコと亮太の元に狗神がやってきた。


「亮太、八岐大蛇の首、退治完了です」


 亮太は狗神の視線を追った。黒いモヤがサラサラと流れ、――やがて消えていった。


「……おお」


 今更ながら恐怖が襲ってきたのか、亮太の草薙剣を持つ手がブルブルと震えだした。


「あはは、やばい震えが止まんねえ」

「亮太、お疲れ様でした」


 狗神が抑揚のろくにない口調で労ってくれた。


「亮太ー剣しまうー」


 (みずち)がふわりと寄ってきたので、震える手をもう片方の手で押さえながら(みずち)の口に入れようとするが、剣先が震えて狙いが定まらない。



 すると。



 背後から亮太の手をぎゅっと押さえた手があった。冷え切った小さな手だが、でも触れた部分は温かい。


 いつもの挑むような切れ長の瞳が笑った。


「亮太、やるじゃん」

「……お前はなあああ」


 段々と手の震えが治まってきた。全く、どうしてこいつはこう生意気なことしか言えないのか。剣先の震えも止まり、草薙剣はゆっくりと(みずち)の中へと入っていった。


 全て(みずち)の中に納まって白い光を放つ門が閉じると、アキラは亮太の手を押さえていた手を離した。


 そしてタオルを亮太に差し出して、言った。


「お腹すいた」



 全員びしょ濡れのまま帰宅すると、まずはアキラからシャワーを浴びさせた。これ以上弱ってもう一匹出てきたらさすがに困る。


 一方亮太は、寝ているタケルを叩き起こすと問答無用で風呂を借りた。持つべきものは便利な隣人である。


 さすがにここまでびしょ濡れだと人間の姿の方が早いと思ったのだろう、亮太がさっと入った後、今度は蓮がタケルの家でシャワーを浴びさせてもらっていた。


 ドライヤーも借りて髪を乾かしている時にふと時刻を見ると、丁度正午だった。今日はもう食べに行った方が早そうだった。


「タケルも一緒に飯食うか?」

「あー、僕まだ寝起きなんでいいです。あ、そうそう、夕飯なんですけど」


 ベッドの上で盛大な寝癖を付けたままぼーっとしているタケルが手をポンと叩いた。


「今日から、夕飯はもう大丈夫です」

「? どうした急に」


 あれだけ一人は嫌だと言っていたのに。


 するとタケルは少し照れくさそうに頭をボリボリと掻いた。


「シュウヘイさんが、寂しいから一緒に食べようって」

「……そうか」


 すっかり仲良くなったものだ。まだまだ失敗続きのタケルだが、タケルよりも年上のシュウヘイはすっかり兄貴分となって細やかにタケルの面倒を見る様になっていたが、そんな約束をする程仲良くなっていたとは。


 亮太はそれが嬉しくて、つい笑ってしまった。それをからかわれていると取ったのか、タケルが不貞腐れる。


「何ですかその笑い」

「何でもねえよ。よかったな」


 すると丁度そのタイミングで蓮が風呂から上がってきた。


「タケル、ありがとうございました」

「あ、いえいえ!」


 何故蓮にはそういう態度なのか。自分への態度との差に納得がいかない亮太だったが、まあいい。問い質す機会はこれからいくらでもある。


「んじゃ俺今日遅出だから宜しくな」

「はーい」

「では失礼します」


 亮太と蓮はタケルの家を後にし、すぐ隣の亮太の家に戻った。ひょいと顔を覗かせて声をかける。


「アキラ、ラーメン食いに行こう」


 非常食のチー鱈を咥えて待機していたアキラが目を輝かせながら勢いよく立ち上がり、次いでテーブルの上にいた(みずち)に声をかけた。


「コウも行く?」

「亮太のポッケに入っていくのー」

「うん、じゃあおいで」


 すると、アキラはテーブルに両手を伸ばし、抵抗なく(みずち)の身体を掬い上げて亮太に手渡した。亮太は、思うところを伝えようとして、――止めた。


「ほれコウ、大人しくしてるんだぞ」

「はあい」


 安定の亮太の胸ポケットに納まると、(みずち)は小さく「あったかーい、うふふ」と笑った。亮太の口の端が上がった。


「さあ行こう亮太。私、もう耐えられない」


 チー鱈の袋をポケットから出しながら、アキラが言った。


次話は明日投稿します!

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