人はいるが、気配が・・
↓、これみてていろいろ思い出した。
【レトロな無人駅】時代に取り残された市の中心駅と駅周辺が衝撃的な光景だった!(行田市駅)
https://www.youtube.com/watch?v=ALd3tsNIuXE
たまに日本に帰る(行く)たびに感じていた違和感わかった感じがする。
人はいるんだよ。例えば神田や有楽町とかでもさ、
でも、
気配が薄いの。
昔はね、人がいればそれだけの気配はあった。
今も、住んでるタイのどこでも日本の昔と、いやそれ以上の気配があるの。生き物としての気配。
でも、
いつからだろ?
どんどん薄くなって
「生き物」の部分が薄くなってるってことなのかな?それがどういうことなのかは全くわからんけど。
そう思うと、
クリエイティブな作品、商業であろうが投稿であろうが、映像であろうが文であろうが、うわっつらばかりなのは仕方がないのか、と。販売されてる小説などもう20年近く読んでないんじゃないか。昔の良い
良い作品で好みのものはすべて読み尽くしてるし。(ただし今はダンボールの中。日本から送ってきて未だにあけてないw)
ただ、再度読む気にもならんのよね。昔は数年開けてまた読んでたんだけどねぇ。現実が酷すぎて小説なんぞ現実以下になったんでなぁ。
だから「異世界もの」に行くしかなかったwんだろうなー♪
それも大概うわっつらぺらっぺらなので、おもしろいの見つけた時は嬉しいよねぇ!
苦労してそうな作者さんほど面白いのかけてるんじゃないかな、わからんけどっ。
ほんとに良い文章(作品)は、残しておきたくなる、再度よみたくなる、などの副作用が在ります♪