かわいそうな勇者の幼馴染み(光)
拙作シリーズ【かわいそうな勇者の幼馴染み】の作品と、◇◇◇マークまでは全て同じになっています。
山間の小さな集落で隠れるように暮らしていた勇者クロード。慎ましやかだが幸せな生活は、しかしクロードの12歳の誕生日に一転した。
魔物の襲撃を受け混乱する最中、クロードの幼馴染みの少女が身代わりとなって殺された。犠牲となった少女の復讐を誓い、勇者クロードは魔王を倒すため旅立つ───。
私が大好きだったゲームのオープニングの1つだ。何人もの勇者の中から好きなキャラクターを選んで操作する、マルチエンディングタイプのシュミレーションRPG。勇者クロードはそこそこ人気があったし、私も嫌いではなかったけれど。
今、私は勇者クロードを憎しみを込めて睨み付けている。いや、まだ勇者ではない。山奥に隠れ住む、ただの底意地の悪い少年だ。
この集落に立ち寄ったのは、ほんの偶然だった。行商人の父と揺られていた馬車の車軸が折れなければ、こんな所には来なかった。立ち往生し、木立の向こうに灯りを見つけた父が助けを求めても、集落の誰もが父を追い払おうとした。それが、父の後ろに隠れていた私を見た途端、連中は手のひらを返した。
連中は寄って集って父を殴り殺した。
何が起きているのか分からなかった。だが、大人達の影から出てきた赤毛の少年を目にし、私は思い出した。勇者クロードの物語と、彼の燃えるような赤い髪を。そして、私が彼にそっくりだということに気がついた。
私はオープニングで殺される、勇者クロードの幼馴染みに転生したらしい。いや、幼馴染みというのは正しくない。私は父を殺した連中と親しくなる気はない。
その日から私は、集落で1番大きな館の地下室に閉じ込められた。
クロードは暇なのか、毎日地下室を訪れる。彼も私と仲良くなる気は無いようで、いつも木剣を携え不機嫌そうな顔でやって来ては、滅茶苦茶に暴れて去ってゆく。
「今日はこの位にしてやる」
クロードは、手にした木剣でもう一撃入れて、剣の稽古という名の虐待を切り上げた。いつもの事だ。こんなガキが勇者になるなんて信じられない。
撲られていたのは私より小さな男の子で、この地下室の先客だ。元々クロードの身代わりにするために買った奴隷なのだそうだが、そっくりな私が手に入ったからと木剣の的に格下げされた。クロードは、この何も無い集落に閉じ篭っているせいでストレスが溜まっているらしい。
クロードは貴族の子息で近くの町に住んでいたが、占い師に勇者になると予言され、ここに隠れ住むことになったのだとか。やがては魔王を倒す旅に出るのだと自慢気にペラペラ喋っていた。私は体良く厄介払いされたのではと思っている。だって性格が悪過ぎる。魔物が来たら私を身代わりにして逃げようとしているくせに、魔王とは戦えるつもりか。無理だろ。
私はクロードが地下室を出て鍵を掛ける音が聞こえてから、男の子に駆け寄った。
「大丈夫?」
「平気。もう慣れたよ」
男の子は10歳位だが、妙に大人びている。奴隷として苦労してきたのだろう。ここ最近の記憶しかなく気がついたら奴隷商人の所にいたそうなので、思い出すのも辛い事があったのかもしれない。名前が分からないというので、私が勝手にアデルバルトと名付けた。黒い癖毛があのゲームの勇者の一人に似ていたから、名前を拝借した。確かまともな勇者だったはず。
アデルバルトのような本物の勇者の身代わりならば、まだ諦めもついた。だが、クロードはゲーム中盤で魔王側に寝返るのだ。そんな奴の代わりに殺されるなんて、死んでもごめんだ。
私はアデルバルトを助け起こした。怪我をしている。腰の巾着袋に手を突っ込んでポーションの瓶を取り出し、蓋を開けてアデルバルトに渡した。
「何度見ても不思議だね」
ポーションを受け取りながら、アデルバルトが言う。視線の先には私の巾着袋。一見、何の変哲も無い小汚い袋に見えるが、実はこれは凄い巾着袋で、無限に物が収納出来るのだ。
この巾着袋を利用して、私と父は行商人をしていた。これさえあれば大量の商品や食料を持ち歩くのが容易だし、貴重品をしまっておけば懐に入れておくより安全だ。この巾着袋は何故か私にしか使えず、他人が手を入れても、ひっくり返しても何も出て来ない。
父と大きな町に行商に行く途中だったので、袋の中には薬や食料や飲料といったものが大量に入れてあった。ポーションも売り物だった物だ。だが、この巾着袋は容量が大きいだけで、中身の数が増えたり入れた時の状態のまま腐らなかったりするわけではない。物資が尽きないうちに、なんとかして此処から逃げられないだろうか。
アデルバルトの怪我の様子を見ながら、そんな事をつらつらと考えていると。
「ねえ、その袋、生き物は入れないの?」
アデルバルトの問いに、私は首を傾げた。生き物は入れた事が無いし、今までそんな発想も無かった。
私は考えてみた。もしもこの袋に入れれば、姿だけはあの連中から隠す事ができる。だが袋の中に入れたとして、その後どうなるかも分からない。そもそも袋の中がどんな状態なのかも確かめようがない。
「そんなの入ってみれば分かるよ」
「だけど、無事に出て来られるかも分からないし、最悪死ぬかもしれないし」
「ここに居てもいずれ殺されるよ。だからお願い、試させて」
結論からいうと、巾着袋の中に入ることができた。出ることもできた。ただ、私は出入り自由だが、アデルバルトは私が手を引かないと出ることも入ることも出来なかった。袋の中は何も無い空間が広がっているだけで、息も出来るし重力もある。時間も外と同じように経過しているようだが、これは時計がないので正確には分からなかったが。
私はアデルバルトに、巾着袋の中に隠れているように言った。これ以上彼が傷付けられるのは可哀想だ。私にはクロードの身代わりという役目があるからか、暴力は振るわれない。行商中は危険を避けるため男の子の振りをしていたので、まだ私が女だとバレておらず、無体なこともされていない。
けれどアデルバルトは首を振る。
「僕が居なくなったら、監視が厳しくなるよ。かえって逃げられなくなる」
彼の言う通りだった。姿が隠せても、地下室から移動出来る訳じゃない。巾着袋の中から、巾着袋自体を動かすことは出来なかった。
私達は話し合い、何か事が起こるまではこのままで過ごそうと決めた。クロードと私は同じくらいの年頃だ。クロードの12歳の誕生日まで、もう間もなくだろう。ぎりぎりまで息を潜めて暮らし、魔物が攻めて来たら巾着袋に立て籠る。ゲームでクロードの故郷に行った時、集落は廃墟になっていたが地下室は無事に残っていた。だからこの場で巾着袋に籠もっても、無事にやり過ごせるだろう。
それから数ヶ月が経ち、集落は魔物に襲われた。地下室の扉の向こうで慌てふためく気配がして、私とアデルバルトは急いで巾着袋に潜り込んだ。
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10日程巾着袋の中で過ごしてから、私とアデルバルトは外に出た。地下室は扉が壊れているくらいで、様子が変わってはいなかったが、外は酷い有様だった。
建物は全て壊され、所々に焼け焦げがあった。雨が降ったらしく、地面がぬかるんで歩きにくいが、おかげで血生臭さや焦臭さは無い。幾つか黒焦げの塊が転がっていて、それらは人の形をしていた。クロードは死んだのだろうか。小さめの人型は見当たらない。
自分の故郷だったなら、誰か生き残っていないか必死に探してまわっただろう。でも、私はアデルバルトの手を取って、集落の外へと足を向けた。ここに長居はしたくない。人にも魔物にも見つかりたくなかった。
周囲を警戒しながら早足で歩いていると。
建物の影からヒョイと男が顔を出し、私は立ち竦んだ。全く気配がしなかった。見上げると目が合ってしまった。見覚えのない顔だが、この集落の者は皆敵に違いない。私は翻って逃げ出した。
「あっ、待って!」
誰が待つものか。だが私達はすぐに追い付かれ、アデルバルトが捕まってしまった。
「アデルを離せ、この人殺し!」
男は驚いた顔をしていたが、こいつも父を殺した連中の仲間なのだから、人殺しだ。私はアデルバルトを助けようと、男に飛び掛かった。
「父さんだけじゃなくアデルまで殺す気か!」
「ちょっと待って、オレはキミのお父さんなんて知らないよ」
「しらばっくれるな、皆して父さんを殺したくせに!」
「だから誤解だ、頼むから話を聞いて」
「どうした、生き残りがいたのか?」
敵が増えた。ぞろぞろと集まってきて、私達を取り囲む。これでは逃げられない。しかも全員が揃いの鎧を着て、剣まで腰に下げている。アデルバルトも人質に取られ、もうどうしようもない。
私は緊張が極限まで達し、限界を超え、声を上げて泣き出した。
あれから10年。私は王都の勇者支援部隊で働いている。
山奥の集落で私達を見つけたのは、国から派遣された騎士団だった。救助と復興支援のために、魔物に襲われた近くの町へ行く途中だったらしい。
保護された私とアデルバルトは孤児院に預けられ、姉弟のように一緒に育った。そして5年前にアデルバルトが勇者に選ばれて、私は勇者支援部隊に志願した。
今日は魔王を倒した勇者達が凱旋し、国中お祭り騒ぎだ。
私は大通りの警備に駆り出され、野次馬が車道に飛び出さないように凱旋パレードに背を向け警戒していた。もうすぐ勇者達の乗った馬車がやって来るようで、皆興奮気味だ。最前列にいた子どもが野次馬に押され、車道に転がり出た。すぐそこに2頭立ての馬車が迫っている。
「危ない!」
誰かの叫ぶ声、馬のいななき、私にしがみつく子どもの手。子どもを抱え込んで蹲る。馬の蹄が視界を過る。
「全く君は、いつまでたっても危なっかしいな」
聞き慣れた声に顔を上げると、アデルバルトが馬の轡を掴んで鎮めながら、私を見下ろしていた。
「大丈夫か?」
彼が笑いながら手を貸してくれ、私は子どもと一緒に立ち上がる。周りの野次馬、特に若い女の子達の視線が痛い。アデルバルトは美形なので、女性に人気があるのだ。しかし当の本人は、自分が周りからどう見られているか気にも留めない。
「ただいま。会いたかった」
アデルバルトは私を抱き寄せて、頬にキスまでしようとした。しかし直前で私は後ろに引っ張られ、私達は引き離された。
「おかえり勇者様。オレの大事な奥さんにくっつくなよ!」
「まだ結婚してないだろ!」
「いいや、昨日結婚したてのホヤホヤだ。残念だったな!」
私の夫は、10年前に私達を見つけてくれた騎士。私が人殺しと罵ってしまった人だ。
彼は私達をずっと気に掛けてくれ、孤児院にもよく訪ねて来てくれた。私が勇者支援部隊に入る時も口添えしてくれ、騎士団から派遣された彼と一緒に仕事をしてきた。この10年、いつも私の側にいて、これからも側にいると誓ってくれた人。今も並んで警備に当たっていた。
「そんな、酷い……。僕というものがありながら」
「人聞きの悪い事言わないで!アデルには聖女様がいらっしゃるでしょ!」
今も馬車から物言いたげな顔でこちらを御覧になっている聖女様。この国の王女でもある彼女とアデルバルトの縁組みは、王女のたっての希望とあって、ほぼ決定事項だ。それなのにアデルバルトは、王族の責務やら貴族とのしがらみやらを嫌って逃げようとしている。気持ちは分かるが私を巻き込むのは辞めて欲しい。
世間では私は勇者アデルバルトに捨てられた、かわいそうな女だと噂されている。だが私にとってのアデルバルトは弟のようなもので、恋愛感情は一切ない。それはアデルバルトも同様で、彼は姉のような私に甘えているだけなのだ。
だいたいアデルバルトが聖女様に惚れているのは一目瞭然なのに、なぜ本人には自覚が無いのだろう。さっさとくっつけば良いのに。
恨みがましい目を向けてくるアデルバルトにとどめを刺すべく、私は夫にキスしてみせた。涙目になるアデルバルトを無視して、私は聖女様に微笑みかける。かわいい弟のためにも、私は全力で外堀を埋めるつもりだ。