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【先駆】

 龍の乙女の庭園における情事から、三日後。『龍都』の東側に広がる湾奥の砂浜。競技会のスタート地点となるこの場所に、多くの人と龍が集まってくる。


 事前登録をすませた人龍の組が、続々と砂のうえに着地していく。


 屈強な体躯のドラゴンと、そのうえにまたがる一癖も二癖もありそうな乗り手が、『龍都』より動員された衛兵たちによってスタートラインに誘導される。


 互いを威嚇しあうようなドラゴンたちのうなり声に負けないほどの歓声が、沿岸の周辺から聞こえてくる。


 千年に一度の競技会、その始まりを見届けようと、特設された観客席には、各国の有力者や富豪たちがつめよせている。


 レースの開始にだいぶ余裕を持って、有力な参加者がおおむね顔をそろえたころ、『龍都』の方角から、一頭のドラゴンが空を飛んでくる。


 事前に情報をつかめていない龍影に、参加者たちは警戒の色を強める。影が近づき、みすぼらしいレッサードラゴンの姿を確かめると、緊張は侮りへと変わる。


『ガハハハ! なんだ、あいつは!? 迷いこんできたのか!!』


『しかも、牝の龍と来たものだ! 女同士で皇女さまと結婚する気か、はたまた乗り手が花婿のつもりか、どちらにしろ笑いぐさだ!!』


 周囲の龍たちが嘲笑の声をあげるなか、レッサードラゴンとその乗り手──アリアーナとアサイラは、砂浜へと着地する。


 衛兵が駆け寄ってきて、二人の参加登録の有無を確認すると、スタートラインの端へと案内する。


『周りのあざけりは、お気になさらず』


「少々うるさい、と思っていただけだ」


 アサイラとアリアーナは、周囲に聞こえないように小さな声を交わす。


『我々の目的は、セフィロト側の参加者の優勝を阻止することなのですよ』


「俺の目的は、優勝して、龍皇女と直接交渉することか」


『その通りなのですよ。互いに、最善を尽くしましょう』


 自らの騎龍となるアリアーナと言葉を交わすアサイラは、頭上の陽光がなにかに遮られたことに気がつく。同時に、周囲の嘲笑が止まる。


 大きな翼音を響かせながら上空を旋回すると、背中にローブ姿の男を乗せた巨龍が、ゆっくりと砂浜に降りてくる。それが、参加者となる最後の一組だった。


『──東西南北の龍たちよ、老若男女の人々よ。此度のわたくしの呼びかけに応じ、よくぞ『龍都』に集ってくださいました』


 スタート地点の砂浜と周囲の観客席から等位置となる海面のうえに、豪奢なドレスを身につけた女性の巨大な幻影が浮かび、凛とした声が湾に響きわたる。


 ドラゴンたちは互いに対する威圧を止め、観客たちも歓談を中断し、幻影の女性が語りかける声に耳を傾ける。


『これが、龍皇女殿下なのですよ』


 アリアーナが、小声でアサイラにつぶやく。


「中継か?」


『はい。殿下御本人は、宮殿におられます。幻影の魔法(マギア)を使って、ここだけではなく、『龍都』にも中継されている手はずなのですよ』


 参加者の列の末席に位置する側近龍の様子を、龍皇女側が気づくすべはないのだろう。幻影の女性は、二人にかまうことなく、演説を続ける。


『かつて、この世界は滅亡の危機に陥りました。世界を焼き尽くさんとした龍戦争。わたくしは、当事者として、いまだ心を痛めています──』


 幻影の女性は、正面を見据えつつ、沈痛な面持ちを浮かべる。


『そして、あの戦禍から千年のときが経ちました。わたくしのみならず、住人たちの尽力もあり、いまや、この世界は豊かに再生を果たしました──』


 側近龍は、神妙な気配で頭を垂れる。周囲のドラゴンや、乗り手たちも同様だ。


 この次元世界(パラダイム)の住民にとって、千年前の『龍戦争』とは、それだけ重大な出来事だったのだろう。


『わたくしは、この世界が、新しい時代として次の千年を迎えることを確信しております。龍と人が、ともに手をたずさえ、さらなる繁栄を得る世界を──』


 さきほどまでは一転して、周囲の龍たちが失笑をこぼし、鼻息を鳴らす。アサイラの下で、側近龍が居心地悪そうに身をよじる。


 この次元世界(パラダイム)のあらゆる生物は、ドラゴンに対して敬意を払う──そのように、アサイラは聞いている。


 それは、龍が生態系の頂点に鎮座し、ある種の増長と慢心を抱くことと同義なのかもしれない。乗り手の人間も、ドラゴンにとっては道具も同然なのだろう。


『新しい治世に臨むにあたって、わたくしは伴侶を迎えることを決意しました。願わくば、知恵と勇気を示し、わたくしのもとにたどりつくことを──』


「……アリアーナ」


 演説の途中ではあったが、アサイラは側近龍の耳元に語りかける。下位龍の姿のアリアーナは、首をねじり、黒髪の青年のほうに顔を向ける。


『どうかしましたか?』


「このなかに、注意しておくべき参加者はいるか?」


 アサイラは、声を潜めながら、周囲をうかがう。側近龍は視線を伏せ、小声で騎乗者にささやく。


『いずれも油断ならぬ龍ばかりですが、特に気をつけるべきなのは……暴虐龍、ヴラガーンでしょう。最後に砂浜に到着した、あの巨龍です』


「ヴラガーン……」


『ああ。目を合わせないように、気をつけてください』


 該当者を見やろうとしたアサイラを、アリアーナは制する。黒髪の青年は、気配を殺し、横目で様子をかいま見る。


 アサイラたちがいる場所から、かなり離れた地点に、焼け焦げた岩のような鱗を持つひときわ巨体のドラゴンが、荒い吐息をこぼしている。


 巨龍の周囲に配置されたドラゴンと乗り手たちも、心なしか、萎縮しているような気配すら感じられる。


『龍皇女殿下の治世を良しとせず、西方の荒野を暴力で支配している龍なのですよ。まさか、あの荒ぶる龍の乗り手となる人間がいるとは思いませんでしたが……』


「あの乗り手……ローブで顔をおおっているやつは、何者だ?」


『参加者登録によれば、確か……魔術師ギルドの幹部の一人である、ウェル・テクスという男です。ここ数年で、急速に頭角を現してきたという……』


『それでは──初めッ!』


 アサイラと側近龍の会話を遮るように、龍皇女の号令が湾に響きわたる。海上の幻影がかき消えると同時に、ドラゴンたちは一斉に砂浜から飛び立つ。


 少し遅れて、くすんだ灰色龍の姿のアリアーナも、青年を背に乗せて飛翔した。


「……グヌっ」


 予想以上の風圧を受けて、アサイラは思わず瞼を閉じて、前腕を目の前にかざす。


 ゴーグルを用意すればよかったか、と一瞬だけ考える。だめか、と思い直す。この次元世界(パラダイム)に存在しない装備は、少々、目立ちすぎる。


『まだ、速度を抑えているのですよ。いまのうちに、慣れてください』


 風切り音に混じって、アリアーナの声が響く。黒髪の青年は、側近龍のたてがみを強くつかむと、ゆっくりと眼を開き、顔をあげる。


 ばたばた、と自分の髪がはためく音を聞きながら、アサイラは慎重に周囲を見回す。


 龍翼の風圧が、海面に白い水しぶきを立てる。ドラゴンたちは、対岸に向かって、湾上を一直線に飛翔している。


 レースの参加者たちは、すでにいくつかのかたまりに分かれつつある。黒髪の青年と灰色の側近龍は、後方集団の下のほうにつけている。


『設定されたチェックポイントを周り、『龍都』の正門前まで一番早くたどりついた組の勝利なのですよ。もちろん、コースはこちらで把握しています』


 アリアーナが、アサイラに告げる。


『任せていただければ、だいじょうぶなのですよ』


「ああ……はじめから、そのつもりだ」


 眼下では、海面に立つ波しぶきが乱れる。黒髪の青年の周辺では、龍たちが小競り合いを始めている。


 ドラゴンが持つという闘争心を、抑えきれないのだろうか。飛ぶことに専念したほうがよっぽど早いだろうに、とアサイラは思う。


 集団の端の龍が互いに身体をぶつけあい、衝撃に耐えきれなかった乗り手が宙に放り出され、海へと落下していく。


『アサイラさま、ひとつ、重要なことを伝え忘れていました』


「……なにか?」


『乗り手は、龍のうえから落ちれば失格なのですよ。そして……他の参加者に対する攻撃は、禁じられていません』


「なるほど、そういうことか」


 青年は、ドラゴンたちが必要以上に互いを牽制しあうわけを理解する。同時に、その耳が、龍翼の羽ばたきとは異なる風切り音を察知する。


 アサイラの頭部めがけて、クロスボウの太矢が迫る。多くの修羅場をくぐり抜けてきた青年は、まるで茶飯事のように素手で矢柄をつかみとる。


「こんな風に、か?」


『そう、その通りです』


 正面を見据えた側近龍の表情は伺えないが、声の調子から微笑を含んでいるように感じられる。


 指先で太矢をもてあそんでいたアサイラは、凶器をつかみなおすと、ダーツの要領で飛翔してきた方向へと投げ返す。


「──ぐぎゃアッ!?」


 集団のなかから、甲高い悲鳴が聞こえてくる。弩を手にした人影が、海面に向かって落下していく。


『とはいえ、無駄な争いは避けるに限ります。我々は、目立たぬように進みましょう』


 アリアーナは、他の龍の影に隠れるように、海面ぎりぎりまで高度を下げる。ドラゴンの集団は、広大な入り江を横切り、対岸へとさしかかりつつある。


 眼下に広がる光景が、海の蒼から、森の碧へと変わりゆく。地上にたどりついたあたりから、龍同士の争いが激化し始める。


『あれが、ひとつ目のチェックポイントなのですよ』


 アサイラの視界の先に、海岸線ぎりぎりまで広がった森の端にそびえ立つ灯台が見えてくる。先頭集団は、尖塔のうえを旋回し、方向転換していく。


「ドラゴンに比べると、ずいぶんと華奢に見えるな」


『破壊はもちろん、攻撃や、接触でも反則なのですよ。魔術師ギルドから人足を借りだして、強固に結界を張らせてはいますが……』


「荒れ狂うドラゴンに対して、焼け石に水、か?」


 青年の左手側で、また、新たな参加者が脱落する。今度は、乗り手のみならず、ドラゴンごとの墜落だ。


 他の龍たちが空中戦に躍起となるなか、アリアーナは集団のなかに開いた間隙に向かって、速度をあげる。


 後方集団から抜け出した側近龍は、チェックポイントである灯台を、ぎりぎりでかすめるように旋回する。


 尖塔への攻撃による失格をおそれて、後続のドラゴンたちはアサイラとアリアーナを妨害できない。


『次のチェックポイントは、渓谷の入り口なのですよ』


 側近龍は、自らの乗り手に短く告げると、両翼を大きく広げる。森の樹冠をかすめながら、アリアーナはさらに加速していった。


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