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【側近】

「街の人たちも、言っていたが……『競技会』とは、なんのことか?」


「くすくす。この時期に、競技会のこともご存じなく『龍都』に来る旅人がいらっしゃるなんて!」


 アサイラの質問に対して、ヴェールの女は大げさに驚き、口角に上品な微笑みを浮かべる。目前の女に、アサイラは警戒心を抱く。


 ヴェールの女から、敵意は感じない。しかし、薄布で隠された目元から表情をうかがうことはできず、なにより、妙な底知れなさがある。


 いぶかしむアサイラの胸中を知ってか知らずか、ヴェールの女は首をかしげ、あたまにかぶった薄布からのぞく金色の髪の毛を揺らす。


「『龍都』を初めて訪れた旅人に、街を案内するのが、趣味なのですよ」


 アサイラの心を読みとったかのように、ヴェールの女が言う。女は、青年に背を向けて、ついてくるように促す。無言で、アサイラはヴェールの女の後に続く。


 街中央の広場、龍をかたどったモニュメント、由緒ある公会堂から、市民に評判の食堂まで、女は、観光ガイドのように、『龍都』の見所を案内していく。


「……大した街だな」


「くすくす……ありがとうございます。『龍都』の繁栄は、我々の誇り。これも、龍皇女殿下の治世のおかげなのですよ」


 黒髪の青年の率直な感想に、ヴェールの女は、自分のことであるように礼を返す。


 アサイラは、『競技会』に続いて『龍皇女』という単語を意識にとどめる。この都市にたどりつくまえの旅路で、同行者もその言葉を口にしていた。


 事前に『淫魔』から聞いた情報と統合すると、『龍皇女』とやらが、この次元世界(パラダイム)の管理者にして、支配者といったところか。


「さきほど、千年に一度の競技会、と申しあげましたよね? 龍皇女殿下の伴侶を選ぶ、いわば花婿の決定戦が、近日中に開催されるのですよ」


 またもや、アサイラの思考を先読みするかのように、ヴェールの女が言葉を紡ぐ。二人は、噴水が設けられた市民の憩いの広場で足を止める。


「いま、この『龍都』に集まっている人々は、競技会の参加者か、見物客かのどちらかなのですよ」


 ヴェールの女は、広場を行き交う都市観光の人々を仰ぎ見る。アサイラは、道中の旅人の多さや、街のすぐ外に用意された大規模なテント村に、ようやく合点が行く。


 同時に、黒髪の青年の脳裏には、新たな疑問が浮かぶ。


「その龍皇女さまとやらも、ドラゴンなんだろう。花婿を目指す競技会の参加者も、ドラゴンたちということか?」


 アサイラの問いかけにヴェールの女は、よくぞ聞いてくれました、といった顔つきで笑う。どうにも、誘導尋問されているような印象を受ける。


「龍皇女殿下は、龍と人の融和を望んでいらっしゃいます。ゆえに競技会も、龍と人の一組であることが、参加資格となっているのですよ」


「それで、決闘でもするのか?」


「くすくす……龍皇女殿下は、無益な争いを好まれません。競技会の内容は、速さ比べ、つまり、『龍都』の近郊を舞台としたレースなのですよ」


「なるほど。そういうこと、か」


 アサイラは、噴水が注ぐ池のほうに視線を向ける。


『龍都』への旅すがら、悠々と空を舞うドラゴンの姿を幾度か見かけた。レースの予行練習をしていたのかもしれない。


 地面から見上げていたはわからなかったが、その背にはペアとなる人間を乗せていたのだろう。


「……ッ!」


 そのとき、アサイラは背中に突き刺さる殺気混じりの視線を感じ取る。黒髪の青年の敵対者である、次元間企業セフィロト社、そのエージェントか。


 旅人たちに混じって、暗殺を狙うなど、連中が考えそうなことだ。アサイラは、とっさに振り向こうとする。と、ヴェールの女が近づき、耳元に唇を寄せる。


「気づかない振りをして……」


 ヴェールの女は、小さな声でささやく。それ以上の言葉は口にせず、女は歩き出す。


 刺客が、この場ですぐに襲いかかってくる気配はない。アサイラは、黙って女のあとに続く。距離を保ったまま、殺気も追従してくる。


 女は、人通りの少ない通りにアサイラを導き、さらに街の死角となった路地裏へと曲がっていく。一瞬だけ思案した青年が後を追うと、そこは袋小路になっていた。


「出てきなさい」


 ヴェールの女は、アサイラの肩越しに、建物の影から陽の当たる通りに向かって、凛とした声を投げかける。


 アサイラは、声につられて、思わず背後を振り返る。


 路地の出口をふさぐように、五人の男が現れる。現地民の服装ではあるか、その手にはサイレンサー付きの拳銃が握られている。


「……やはり、か」


 ため息をつきながら、アサイラは、あらためてヴェールの女のほうを見やる。薄布で目元を覆った女からは、いまだ本心を見通せない。


「おまえも、こいつらとグルだったのか? しとめやすい路地裏に誘導したと?」


「そのように、見えますか?」


 アサイラの問いかけに、ヴェールの女は無感情な声音で答える。刺客の男たちが、ピストルを構える、その銃口は、青年と女の両方に等しく向けられている。


「どのみち、やることは変わらない……か」


 徒手空拳を構えつつ、アサイラは男たちに向かって、前傾姿勢をとる。と、ヴェールの女が、黒髪の青年を制するように手を伸ばし、自身が前に歩み出る。


「まずは、信用を得なければなりません。そのためにも、こちらから手の内を明かそう、そう思ったのですよ」


「おい、待て──」


 アサイラの反論をさえぎるように、刺客たちはトリガーを引く。針を撃つような小さな音を立てて、弾丸が発射される。


 狭い路地裏では、左右に逃れる余地はない。アサイラは、ヴェールの女を前方に押し倒しつつ、射線から逃れようと考える。


 だが銃弾は、黒髪の青年のもとへと到達しない。代わりに、幕のようなものが壁となって、刺客たちとアサイラのあいだに立ちふさがっている。


「これが、銃火器というものですか……初めて相対しましたが、我々に傷を負わせるには、この程度では力不足なのですよ?」


 ヴェールの女のつぶやきが、聞こえる。アサイラは、視界と射線をおおう幕が、女の背中から伸びた龍の片翼だと気がつく。


「では、次はこちらから参りましょう」


 黒髪の青年のほうに、ちらり、と視線を向けると、ヴェールの女は建物の二階の高さまで、一息に跳躍する。


 広げられた龍翼が、女の背中に吸いこまれるように消滅する。同時に、スカートのなかから、太く長い龍の尾が現れる。


「くるっ、と」


 ヴェールの女は、空中で縦方向に回転する。路地の幅ほどの太さを持った白い尾が、刺客たちの頭上に叩きおろされる。


 女がスカートのすそをつまみながら再び着地したときには、すでに龍の尾の姿はなく、通りには刺客の男たちが倒れ伏している。


「おまえ……ドラゴンだったのか?」


 アサイラは、唖然としつつ女に声をかける。金髪の頭部をおおっていた薄布が宙を舞って路地のうえに落ちて、その下に隠されていた碧眼が微笑みかける。


「はい……龍皇女殿下にお仕えする側近龍の一頭、アリアーナと申します」




 刺客たちは、狼藉を働いたという名目で、『龍都』の官憲に引き渡された。アサイラは、一度、龍の女と別れ、馬を預け場から引き取りに戻る。


 少しばかりの時を経て、アサイラと側近龍の女は、『龍都』の裏側で落ち合う。人間の姿とはいえ、龍を背に乗せられた馬は、緊張したかのように身震いする。


「くすくす、そんなに気を張る必要はないのですよ?」


 側近龍、アリアーナは、慈しむように馬の横腹をなでる。アサイラは、あらためて手綱を握りしめる。


「で、どっちに向かえばいい?」


「このまま、真っ直ぐ走らせてください。アサイラさま」


「俺の名前も、知っていたのか」


「我々のなかには、託宣の魔法(マギア)が得意な者もいるのですよ」


 アサイラは、馬を疾駆させる。こみいった話を交わすには、『龍都』は耳目が多すぎる。二人は、アリアーナの『庭園』に移動することとなった。


「俺が、この次元世界(パラダイム)に来ることも、託宣とやらで知っていたわけか」


「はい。競技会の日程も、アサイラさまの来訪にあわせたのですよ」


「それだけ、重大な事情を抱えているということか?」


「……仔細は、『庭園』に到着してから申しあげます」


 龍の女の青い瞳は、警戒した様子で周囲の平原を見回す。視界を遮るものはなにもなく、不埒者がいれば、すぐに発見できる。


 アサイラがまたがる鞍の下の騎馬は、まるで張り切るように脚の回転を速めた。


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