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【龍都】

「ドラゴンが、飛んでいる……」


 馬にまたがったアサイラは、頭上を仰ぎ見る。抜けるような青空に筋を引くような雲の合間を縫って、巨大な龍の飛翔する影が見える。


「なんだ、若いの。龍を見るのは初めて、みたいな顔をして」


 黒髪の青年の横を徒歩で進む旅人が、けらけらと笑いながら声をかける。


 男の反応を見るだに、この次元世界(パラダイム)の住人にとって、ドラゴンの存在はさほど珍しいものではないらしい。


「……人里を襲ったりはしないのか?」


「人を、襲う?」


 アサイラの問いかけを聞いて、道連れの旅人は目を丸くして、ふたたび笑い出す。


「どこの荒れ野から来たんだ、若いの! 辺境ならいざ知らず、龍皇女さまのお膝元で人を襲うドラゴンなんざ、いるものか!」


「そういう、ものか……」


 馬をゆっくりと歩かせる鞍のうえの青年は、視線を地面におろし、周囲を見回す。旅路を進むうちに、ちらほらと人の姿が増えている。


 徒歩、騎馬、馬車、それに独り者や、家族連れ、移動手段も顔ぶれも様々だ。乗騎にしても、馬こそ多いが、ラクダや、牛のような生物にまたがるものもいる。


 老若男女、多種多様な風貌の人々は、皆、まるで巡礼者のように、草原の道を同じ方向へと進んでいる。


 なだらかな丘陵を越えると、遠目に目的地が見えてくる。大きな台地のふもとに築かれた白亜の都市──この次元世界(パラダイム)の中心地、『龍都』だ。


 街に近づくにつれて、人の数はますます増え、ついには行列のようになる。とうてい都市内部に収容しきれる規模ではない。


 そう思っていたら、案の定、円形の都市をぐるりと囲むように、テントの群れが築かれている。


 天幕の下でくつろぐ人々は、難民キャンプのような悲壮な気配は全くなく、祭りのようなにぎわいに満ちている。


「そこのあんた。鞍から降りて、向こうの列に並んでくれ。騎馬の預かり所を、臨時で開設している」


 鎖かたびらを着こんだ『龍都』の衛兵と思しき男が、手慣れた様子でアサイラに声をかける。黒髪の青年は、黙ってうなずき、指示に従う。


 預け場では、無料で馬の世話を見てくれるという。運営費は都市の負担らしい。厩舎代わりのテントのなかには、すでに多くの乗騎生物がつながれている。


「さて、と……情報収集するにも、どこから手をつけたものか……」


 身軽になったアサイラは、周囲のテント村をあらためて見回す。


 天幕は秩序正しく設けられ、まるで、街が一回り大きくなったかのようだ。テントのなかには、旅人の宿だけではなく、食堂や酒場となっているものもある。


 アサイラは、とりあえず、白い外壁沿いに都市の正門へと向かう。街の前面とそこにつながる街道にはさすがにテントを建てずに、スペースが確保されている。


「……うえ」


 アサイラは、思わず眉根を寄せる。街門は大きく開かれているが、まるで遊園地の入り口のような長蛇の列ができている。


 やむを得ず、アサイラも列の後ろに並ぶ。怪しいものが街中に入らぬよう、一応の検問をおこなっているのだろう。とはいえ、予想よりは早く正門にたどりつく。


「おまえさんも、競技会を見物に来たのかい?」


「まあ、そんなところだ」


「そうか! いい機会だ、『龍都』を楽しんでいってくれ!!」


 気さくな調子の衛兵が、アサイラを都市のなかへと通す。街のなかに踏みこみながら、黒髪の青年は『競技会』という単語を心に留める。


 この人混み、なんらかの催事と重なってしまったか──アサイラは、そんなことを考えながら、『龍都』の街並みを眺める。


 石畳の通りを挟んで、大理石製の邸宅が整然と並んでいる。透き通った水が、街中に張り巡らせた水路を滞ることなく流れていく。


 電線やガス灯の類は、ない。『淫魔』の基準で言うところの、中世レベルの街並みだが、いままで見てきた都市のなかでも、一、二位を争うほど、整っている。


 道の中央を馬車が行き交い、両脇の歩道には物見遊山と思しき人々であふれている。来客をあてにしたと思しき屋台も所々に開かれている。


「ちょっと、そこのあんた!」


 アサイラは、声の主をほうを見る。屋台のなかで、寸胴鍋をかき回していた中年の女性が、手招きしている。


「なにか……?」


「ほいよ!」


 黒髪の青年が近寄ると、いきなり、温かいスープで満たされた椀を突き出される。アサイラは、思わず目を丸くする。


「初めて見る旅人さんには、一杯、無料で振る舞うことにしているのさ。もちろん、二杯目からはお代をもらうから、遠慮はいらないよ!」


 中年の女性は、豪快に笑ってみせる。陶器の椀を手にした青年は、会釈で謝意を伝えると、立ったままスープをすする。


 肉と魚介を一緒に長時間煮こんだ、滋味深い旨みが口のなかを満たしていく。


「『龍都』の名物料理も味あわせずに、お客を帰させるわけにはいかないからね!」


「ありがとう。美味かった」


「どういたしまして! 千年に一度の競技会、楽しんでいっておくれよ!」


 アサイラは、からになった椀を女店主に返すと、ふたたび歩き出す。


 あてもなく散策を続けるうちに、黒髪の青年は『龍都』特有の建造物の存在に気がつく。街の区画の所々に、独特の形状の塔がそびえ立っている。


 周囲の邸宅と同様に大理石製の円筒状だが、まるでキノコの傘のように、天辺が横方向に広がっている。普通に考えれば、バランスが危うくなりそうな形状だ。


「魔法かなにかの力が働いているのか? それにしても、なんのために……」


「あれは、『龍の尖塔』と呼ばれる建物なのですよ」


 背後から透き通るような女性の声が聞こえ、奇妙な塔を見あげていたアサイラは、とっさに振り返る。


 ヴェールで目元を隠した女性が、アサイラ同様に塔を見上げて、立っていた。


 女性が身につける白いドレスは、飾り気こそ少ないが、一目で上等な仕立てだとわかる。この街における上流階層の人間だろうか。


「遠方のドラゴンが『龍都』を訪れるさい、宿として用いるのが、あの『龍の尖塔』です。もっとも、数が限られるので、特に有力な龍しか利用できませんが」


 警戒するアサイラを気にとめる様子もなく、ヴェールの女は言葉を続ける。


「ほら、『龍の尖塔』の借り主が来ましたよ。あれは……南方の豪商にゆかりの深いドラゴンですね。あの龍も、千年に一度の競技会の参加者なのですよ」


 ヴェールの女が上空を指さし、アサイラもつられて首をあげる。金糸の刺繍の布で身を飾りつけた黄土色のドラゴンが、尖塔上部へとすべりこんでいった。


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