【失墜】
──パンッ。
狭苦しい屋内に、乾いた銃声が響いた。スキンヘッドの巨漢の股間に顔を埋めていた娘の眉間から鮮血が噴き出し、仰向けに倒れ伏す。
すでに奥の部屋では、娘の肉親が血だまりのうえで物言わぬ死体となっていた。
「……こんなものか、と」
男──ラルフ・コルベは、手にしていた小型ピストルを、迷彩柄のジャケットのガンホルダーにしまう。
ラルフは、粗末ないすから立ち上がり、かちゃかちゃ、と金属音をたてながらズボンのベルトを締め直す。
石壁に、木製の家具。電気は通っておらず、照明はカンテラ。当然、村にバイクや自動車の類もない。
「そろそろだろうな、と」
左右のホルスターから、ラルフは主武装である大型拳銃を引き抜きつつ、家屋の外に出る。昼下がりの陽光が、スキンヘッドの巨漢を照らす。
轟音が響いたかとおもうと、巨大な影が村の直上をかすめる。ラルフは、追いかけるように村中央の広場へ足を向ける。
ラルフが広場に出るのと同時に、上空から巨大な生物が降下してくる。
くすんだ緑色の鱗、鰐のような牙、プテラノドンを思わせる翼──この次元世界の生態系の頂点、ドラゴンだ。
ドラゴンは、ラルフを一瞥すると、村の様子を睥睨する。集落に動く人の気配はない。路地には、無造作に死体が転がっていた。
『この狼藉は……貴様のしわざか?』
巨龍が、くぐもった声で語りかける。ラルフは意にかける様子もなく、サングラス越しにドラゴンを見上げる。
『我は、この村の庇護者である……ここに広がる惨状は、貴様がやったのかと聞いている……!』
語気を荒げながら、龍はラルフに顔を近づける。それでも、ラルフが動じる様子はない。ドラゴンは、巨石のごとき瞳を見開く。
『先刻の旅人は、もう少し謙虚であったぞ。下郎が……ッ!』
「それだ」
ラルフが、ようやく口を開く。
「おれは、その旅人とやらに用がある。そいつは、男だったか? どこに向かった? 村人にも『質問』したが、目的地まではわからなくてな、と」
『質問しているのは、我のほうだ!!』
ラルフの真横に、巨大な質量体が叩きつけられ、土埃が舞う。激昂した龍の尾が、そこにあった。
『……態度を改めろ』
最後通告じみた、重々しいドラゴンの言葉が村に響く。サングラスの奥に隠されたラルフの表情を伺い知ることはできない。
「おのれの言うことに興味はない、旅人とやらについて、詳しく教えろ。それとも、なにも知らないのか?」
『不遜だぞ……人間風情がッ!!』
巨龍は、大剣の刃ほどもある鉤爪の生えた右手を、男に向かって振り下ろす。対するラルフの左腕が、驚くほどなめらかな動きで持ち上がる。
『うガァ……ッ!?』
つんざくような銃声と爆音がほぼ同時に響きわたり、少し遅れてドラゴンが苦悶のうめきをあげる。
「……惰弱だぞ。トカゲ風情が、と」
ラルフは一歩も動かず、傷ひとつついていない。代わりに、ドラゴンの右手首が消し飛び、村の広場にいくつもの大きな赤い染みを作り出していた。
「トカゲだけあって、おつむが足りないようだな……もう一度だけ言うぞ、と」
硝煙を帯びた大口径の銃口が、巨龍の眉間に向けられる。
「おのれの言う旅人とやらに、おれは用がある。この村に立ち寄ったことはわかっている。そのあと、どこに向かったか。それを知りたい、と」
詰問するラルフを、ドラゴンは苦々しく見下ろす。かまえられた大型拳銃の照準が、下にずれる。
『オぐぅ……ッ!!』
銃声、爆発音、そして苦悶。巨龍の左手から、鮮血が飛び散る。
「ああ。すまないな、と」
ラルフは、無感情に言った。
「指一本にするところ、加減を間違えて二本吹き飛ばしてしまった。どうにも拷問は苦手でな、と」
王者であるはずのドラゴンの瞳に、おびえの色が混ざり始める。ラルフは、左右に一丁ずつ握りしめた特大口径拳銃をかかげて見せる。
「こいつの扱いに不慣れなのもある。『対龍拳銃』。おのれみたいなデカブツ相手のために用意した、『ドクター』の特注品なんだが……」
ラルフは、自分よりもはるかに巨大な生物に対して、サディスティックな笑みを浮かべる。
「……どうやらオーバースペックだったようだな、と」
ドラゴンは戦意を失い、無言で頭を垂れる。
「時間を節約しよう」
ラルフはふたたび、銃口を巨龍に向ける。
「おれを乗せて、旅人とやらを追え」
『……断れば?』
「おのれの頭がミンチになる」
巨龍は観念したかのように、その場に身を伏せる。ラルフは、警戒を解かず、銃口を向けたまま、ドラゴンの側面に回る。そして、龍の背によじ登る。
「いいぞ、飛べ」
ラルフは、ドラゴンのたてがみにしがみつき、延髄に銃口を突きつける。巨龍は大きく翼をはばたかせ、直上へと浮揚する。
そのまま、村のうえを旋回すると、太陽の沈む方向へすべるように飛翔する。
(豊かな次元世界だな……と)
ラルフは、ドラゴンが妙な動きをとらないよう注意を払いつつも、眼下の風景を見やる。村の周辺に広がる麦畑は、あっという間に後方へと流れ去った。
かわりに、見渡すかぎりの大草原が広がる。ところどころに灌木の林が点在し、放牧していると思しき家畜たちが草を食んでいる。
思えば、先ほどの村の連中も、質素ではあったが、貧しいというわけではなさそうだった。
(……本社の連中が、欲しがるわけだ)
ラルフは、一人ごちる。眼下の風景と、はるか昔の故郷の記憶が、重なって見える。空から見れば、自分の故郷もこのように見えただろうか。
ラルフの夢想は、数秒で中断される。地平線の手前に、小さな黒点が見えた。家畜でも、野生の獣でもない。
騎馬だ。上に人が乗っている。草原を横切る川に沿って、走っている。
ラルフは、さらに先へと視線を向ける。草原は、緩やかな盆地状の地形。川の先に、やや小さな湖がある。
「高度を下げろ。水場の付近で、やつの前に回り込め」
『……グぐぅ』
ラルフの簡潔な命令に、ドラゴンは不承不承したがう。低空飛行に入り、騎馬の頭上を龍の巨体がかすめる。
鞍にまたがる若い男と、ラルフの目があった。
黒髪、蒼黒の瞳。現住民のような旅装に身を包んではいるが、この次元世界の住人ではない。ターゲットだ。
「よし、よくやった……と」
ラルフは、ドラゴンの後頭部に突きつけた銃の引き金を引く。轟音と共に肉片と鮮血が飛び散り、龍はバランスを失って落下する。
屍体となったドラゴンは、失墜し、大地を鳴動させて、巨岩のように馬と乗り手の進路をふさぐ。
ターゲットを乗せた馬が、混乱し、いななき声をあげる。騎乗していた青年は、馬を逃がし、自らは龍の屍に相対するよう地面に降り立つ。




