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【単騎】

「ナオミさま、『薙鳥(ちどり)』の鞍と手綱を持ってきたよ!」


「グッド」


「領主さま、太刀と大槍!」


「グッド」


「御前さま、具足を一式、持ってきやした!」


「バッド」


 砦の内側、正門を前にして、兵や女衆はおろか、子供たちまでも慌ただしく行き来している。ナオミは、竜舎から引きずり起こした騎竜の背をなでる。


「鎧はいらないだろ。着こんでいる時間が惜しいし、なにより、少しでも軽くしたい」


 女衆たちが、迅脚竜の『薙鳥(ちどり)』に鞍と手綱を取り付ける。ナオミは、白襦袢姿のまま、竜の背に飛び乗り、刀と槍を受け取る。


「扉が開きますぜ……ッ!!」


 男衆の一人が声をあげる。男手を総員して、人力の城門が、きしむような音を立てながら開かれていく。


 赤髪の女は、騎竜のわき腹を素足で蹴る。『薙鳥(ちどり)』はいななきのごとき絶叫をあげ、肉食竜の瞳を見開き、眼球を光らせる。


「……グッド」


 即座に戦闘態勢となった相棒の鼓動を感じて、ナオミは小さくつぶやく。口のなかにかわきを覚えて、唾液を呑みこむ。


 黒天から地を照らしていた月は、いまや雲の向こう側に隠れている。砦の城門からのぞく畦道は、夜闇のなかにとっぷりと沈んでいる。


「領主さま、だいじょうぶ……?」


「……いつだって、ウチに任せておけば、だいじょうぶだっただろ」


 背後から心配そうに声をかけた子供に対して、ナオミは振り返す。内心の不安を押し殺すように、不敵な笑みを浮かべてみせる。


「ウチと『薙鳥(ちどり)』が外に出たら、すぐに城門を閉めるんだ! なにが起こるかわからない、万が一に備えておけッ!!」


 赤髪の女領主は、自らの配下たちに檄を飛ばすと、ふたたび前を向く。大槍の矛先を前方にかまえて、不吉な暗黒に向かって、騎竜を走らせる。


 相棒『薙鳥(ちどり)』の二本脚が、畦道の土を踏みしめ、風を切って駆け始める。ナオミは、水田の狭間を縫いながら、砦の周囲を巡る森へと急ぐ。


 騎竜の鞍のうえで揺さぶられながら、赤髪の女領主は、周辺の地勢を頭のなかに思い描く。敵はどこから来るか、そもそも何者か。


 ナオミの所領は、鉱山と並ぶ軍需の要だ。ゆえに、周囲はすっぽりと大御所陣営の武将の領土に囲まれており、敵軍が直接に攻めこむことはできなくなっている。


「ってことは……裏切りだろ、どう考えても」


 白襦袢姿の女武者は、騎竜の背で小さく舌打ちをする。薄着で疾走するには、夜風は少しばかり冷たすぎる。


 もっとも、ナオミの土地になにかあれば、真っ先に疑われるのは近隣の領主だ。となれば、近隣の領主を抱きこんだ別の武将、と考えるのが自然か。


「見張りが『沸いて出てきたようだ』っつってたのが、気になるが……」


 女領主は、短い赤髪を左右に振って、雑念を払う。細かい懸念に足を引っ張られているひまはない。さらに、騎竜を加速させる。


 ナオミは、砦と田畑を囲む外縁の森へとさしかかる。平時は薪炭を得て、堆肥となる落ち葉を集める場であり、こういうときは敵の進軍路を制限させる樹林だ。


 歩兵ならいざ知らず、騎竜の群であるならば、ある程度は開けた道でないと森を抜けることはできない。そのために敵は、湖畔を迂回する必要がある。


「森に入られる前が、勝負だろ」


 白襦袢姿の女武者は、決断する。手綱を大きくたぐり、『薙鳥(ちどり)』の進路を大きく曲げる。


 ナオミを乗せた迅脚竜は、道をはずれて、茂みのなかへと突っこむ。乗り手の女武者は、枝にぶつかって振り落とされないように、身を屈める。


 相棒『薙鳥(ちどり)』は、優秀な騎竜だ。その優れた脚力と動態視力があれば、樹々の密集地であっても、強引に突っ切ることができる。




「ヌッ、さすがに連中も、身どもらに気づいたようだな──ン?」


 暴威竜の頭のうえから、ツバタは目的地のほうに視線を向ける。湖畔に沿うように茂る梢。その向こうに見える砦に、灯りがともっていく。


 無駄なあがきにも、風前の灯火も見える砦の様子を見て、壮年の男は鼻を鳴らす。目標が持ちうる戦力のだいたいは、当然、あらかじめ把握している。


「だが、もう遅い。まあ、せいぜいあがいてくれれば良い。無抵抗の者共を屠っても、身どもらは満足できんからな──ン」


 己の騎竜である『跋虎(ばっこ)』の頭上で、ツバタが悠然とつぶやく。巨竜の周囲には、迅脚竜にまたがり、篝火を掲げた武者たちが随行している。


 あと少し進めば、森を横切るための道に入る。そこを抜ければ、目指す砦は目と鼻の先だ。救援はおろか、しっぽを巻いて逃げるひますらあるまい。


「……むむっ?」


 先導を務めるサムライが、騎竜とともに森の方向に首を曲げる。ツバタが、いぶかしげに家臣を見下ろす。


「おいッ! なにをしている──ン?」


「森のなかかから、なにか音が聞こえたような……いえ、気のせいのようです。ご無礼をば……おグぎゃあッ!?」


 密集する木立の闇のなかから、大きな影が飛び出してくる。臣下の悲鳴が響いたかと思った瞬間、その首は影に蹴り飛ばされ、胴体から離れて宙を舞っている。


 鎧武者を乗せた迅脚竜たちは、旋回するように動きながら、自分らの目前に現れた影を包囲する。暴威竜が、巨体ゆえの慣性に押されながら、遅れて停止する。


「ヌッ! 何奴!?」


「それは、こっちのセリフだろ……ツバタ、タダスグ!」


 篝火の光が、乱入者の姿を照らし出す。赤毛を短く切りそろえた女が、白襦袢姿のまま、迅脚竜の背にまたがっている。


 名を呼ばれた武将は、豪奢な兜の影から下卑た笑みを浮かべて、騎竜『跋虎(ばっこ)』の頭上から女を見下ろす。


「これは、これは。ナオミ御前ではないか。肌も露わな艶姿、よもや、身どもに夜這いに来てくれたのかな──ン?」


「ウチの領地に土足で踏みこんできた不届き者の首を、刈り取りに来たに決まっているだろ、ツバタ!」


「ヌッ、ツバタとな。面妖なことを言う」


 暴威竜の頭上の男は、とぼけたような声音をこぼす。


「身どもが、ツバタ・タダスグであるわけがなかろう。なんせ、ツバタ領とこの土地は、不眠不休で迅脚竜を走らせても三日はかかるほど離れている──ン?」


「バッド、ふざけやがって……テメェのデクノボウみたいな騎竜を、見間違えるわけがないだろ……ッ!!」


「ヌッ。デクノボウとは言ってくれる……ならば、試してみるがよい。身どもが、本物のツバタかどうかを──ン?」


 ツバタが言い終えるのを待たずして、白襦袢姿の女武者は騎竜を動かす。一瞬、遅れて周囲の騎竜武士たちが割って入ろうとする。


 騎竜『薙鳥(ちどり)』は、跳躍する。人垣を築こうとしたサムライの一人が踏み台にされ、頭蓋を砕かれる。


「アびべッ!?」


 鎧武者の断末魔を背に、迅脚竜は着地する。自分の体長の数倍はある巨竜に向かって、騎手とともに加速する。


 赤毛の女領主が手にした大槍の矛先が、篝火の光を反射して妖しく光る。


「おい……やれ、『跋虎(ばっこ)』」


 悠然と暴威竜の頭上に陣取るツバタが、手綱をわずかに揺らす。生態系の王者が、片腕を振るう。


 五本の太刀のごとき鉤爪が、まるで小枝をへし折るように、女武者の大槍を難なく破壊する。騎竜のうえから振り落とされそうになりつつも、赤毛の女は耐える。


「グう……! 走れ、『薙鳥(ちどり)』ッ!!」


 体勢を崩しつつも手綱を握りしめ、白襦袢姿の女武者は、必死に騎竜を駆る。体格差を逆手にとり、巨竜の股のしたを抜け、背後を取ろうとする。


 そのとき、赤毛の騎手は違和感を覚える。いつも戦場でこの行動をとったときに、見えるはずのものが、ない。


「甘いわ──ン?」


 女武者は、巨竜の尾が振りあげられて、視認できなかったことに気がつく。風を切る音とともに、野太い暴威竜の尾が斜め上から振り下ろされる。 


 赤毛の騎手は、己の騎竜を操り、何らかの対応を取ろうとする。間に合わない。丸太のような竜尾が、自分の身体の真横から叩きつけられる。


「おグふ──ッ」


 白襦袢姿の女武者の身体が、枯れ葉のように宙を舞う。衝撃のあまり、一瞬、意識を失う。


 もうろうとしながらも、視覚を取り戻したときには、天地が逆転していて、湖の水面がすぐ目前にあった。水しぶきを立てて、そのまま、湖の底へと沈む。


 乗り手を失った『薙鳥(ちどり)』は、矢を射かけられながら、混乱したようにその場を二周りする。やがて、森の茂みのなかへと逃げこんでいく。


「放っておけ。それよりも、進軍再開だ──ン?」


 逃げる騎竜に向かって弓を引き、矢を放っていた家臣に対して、巨竜の頭上から武将が声をかける。


 訓練されているとは言え、騎竜はしょせん巨大なトカゲ。乗り手がいなければ、なにができるということもない。ツバタは、そう判断する。


 武将の指揮のもと、サムライたちはふたたび、己の騎竜を走らせ始めた。


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