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【篝火】

──ゴゥン、ゴゥン、ゴゥン。


 ナオミは、夢を見ていた。自分の故郷の光景だ。赤毛の娘が産まれ育ったのは、蒸気機関で駆動する灰色の都市、その高級住宅街の一画に鎮座する屋敷だった。


 富裕層の暮らす区画と言えど、うなり声のように響く蒸気機関の音からは逃れられない。むしろ、イクサヶ原に来て、その音が聞こえないことに驚いたくらいだ。


 街の中心部からは、常に蒸気を焚く煙が登り続け、厚い灰色の雲が空を覆い、霧雨にまとわりつかれたモノトーンの建造物に囲まれて、少女は育った。


「……今日も、パパとママはいないの?」


「左様です、ナオミお嬢さま。さあ、早く夕食をおとりになってください」


 赤毛の少女の両親は、蒸気都市で覇権を争う有力商会の幹部であり、いつも屋敷を留守にしていた。ナオミは、機械のように事務的な使用人と暮らしていた。


 結局、独りで暮らしていたのと大差はない。ナオミは、いまでもそう思う。


──自分は、ここにいるべきではない。


 今日に至るまで、ナオミの心の奥底に根付いている感覚は、そんな幼少期の経験が種となっていたのかもしれない。


 赤毛の少女が市立学校の中等部に進んだころ、相も変わらずの生活環境のなか、ナオミはふと、自宅の敷地内で忘れられたようにたたずむガレージに忍びこんだ。


「誰か、私を呼んだ……?」


 あのときの不思議な感覚は、いまでも鮮明に覚えている。懐中の蒸気灯で闇を照らすと、少女に応えるように何かが光を反射した。


 少しだけ赤みがかった真鍮色の輝きを放っているのは、よくわからない骨董品のなかに埋まったヴィンテージの蒸気バイクだった。


 伝説のマイスターが、フルオリハルコンフレームで仕上げたオーダーメイドの一騎。


 ナオミの両親が投機目的で購入し、そのまま死蔵されていたものだが、赤毛の少女はその黄金比のフォルムに一目で惚れこんだ。


 学校から帰ると、ナオミは独学で蒸気バイクの機構を勉強するようになった。長年放置された鉄の馬を、自分の手で整備した。


 高等部に進学するころには、夜な夜な、蒸気バイクを乗り回すようになった。揉め事を嫌う使用人たちは、ナオミの所行に見て見ぬふりをした。


──ゴゥン、ゴゥン、ゴゥン。


 蒸気エンジンが刻む鋼の鼓動が、全身に響く。ヘッドライトが、夜の帳を引きちぎる。うっとうしい霧雨を切り裂く速度が、心地よい。


 ナオミは、蒸気バイクを走らせているあいだだけは、心が『自由』になっているように感じていた。


 ある日、ナオミは、行けるところまで行ってみよう、と思った。蒸気都市郊外の荒れた廃路で、どこまでもまっすぐに蒸気バイクを走らせた。


 どれだけの時間、走り続けたのだろう。赤毛のバイクライダーの周囲を、白い濃霧が包みこむ。やがて、方向感覚を喪失して、そして──


「……ッ!」


 ナオミは、かけ布団をはねのけるように上半身を起こす。かたわらには、寝息を立てるアサイラの姿がある。障子の向こうは、まだ夜闇のなかだ。


 大した時間は、眠っていないようだ。なにか、妙な胸騒ぎに起こされた感覚だ。赤毛の女領主は、白襦袢の乱れを整えながら、立ちあがる。


 同衾した男を起こさないように、静かに障子戸を開けて、閉める。


 部屋の外に出ると、湖畔側の見張りやぐらが慌ただしい。見回りの兵士のものと思しき、いくつもの篝火が、せわしなく動き回っている。


「バッド……」


 ナオミは、舌打ちしながらつぶやくと、見張りやぐらのほうに駆け出した。




──ヴオォン。


「ギャボッ、ギャボオッ!」


 空間そのものを引き裂くような、奇妙な音が周囲に響く。野生の草食恐竜が異変を察知し、足早にその場を離れていく。


 やがて、ぐにゃり、と中空が歪む。歪曲の中心に、緑色の輝きが生じる。翡翠を思わせる輝きは、次第に広がっていき、城門ほどの大きさの円を形成する。


 地面に直立するように現れた光輪の表面が、波紋のように揺らめく。やがて、緑色の輝きのなかから、複数の人影が現れる。


 はじめは、甲冑に身を包み、大槍を携えた中級の武士と思しき連中。彼らの騎竜らしき、手綱を引かれた迅脚竜が数匹、続く。


 さらに後ろから、鍛えられた体躯の壮年の男が出てくる。見事なこしらえの武者甲冑を身につけ、兜には大将格であること示す大仰な飾りがしつらえられている。


「夢物語かと思っていたが、なかなかどうして、これは素晴らしいな──ン?」


 壮年の武将──ツバタ・タダスグは、昂奮を隠しきれない様子で、周囲を見回す。湖畔の森の向こうには、朧月に照らされたナオミ御前の砦が見える。


 光の門から現れるのは、ツバタで終わりではない。さらに奥から、巨大な影が窮屈そうに身を屈めながら這い出てくる。


 大人の男の三倍は身長がある、巨大な肉食恐竜。イクサヶ原では最強の一角に数えられる竜種『暴威竜』であり、ツバタの騎竜『跋虎(ばっこ)』だ。


「……気に入っていただけたかね」


 最後に、巨竜の影からもう一人の男が現れる。


 武者兜ほどの大きさはある円筒状の帽子をかぶり、闇夜のツバメのような装束に身を包んだ、明らかにイクサヶ原出身ではない風貌の人間だ。


「おい……おいおい。聞くまでも無かろうて、『伯爵』殿! これが『げえと』とやらか……戦が変わるぞ──ン?」


 新しい玩具を与えられた子供のように声をうわずらせながら、ツバタは己の騎竜の頭上へと乗りこむ。壮年の武将の瞳は、戦を前にした残虐性の炎を宿している。


 つば広の帽子を傾けながら、『伯爵』がツバタを見上げる。鉤状に曲がった独特の形状の髭が、転移ゲートの輝きを反射する。


「ふむ。満足してもらえたのは、なによりだが。我が社が継続的な取引をできるかは、貴公の今回の成果次第となるかね」


「おい、『伯爵』殿! 身どもを、誰と心得る! イクサヶ原にその名を轟かせる、ツバタ・タタスグなるぞ──ン!!」


 先行した中級武士の一人、ツバタの副官と思しき男が、自らの大将に視線を向ける。冷徹な視線が交錯し、目の動きだけで互いの意志を伝えあう。


(『伯爵』とやらを捕らえますか?)


(やめておけ。相当な手練れだ)


 サムライたちのやりとりを知ってか知らずか、『伯爵』は涼しい表情を浮かべながら、自慢の髭を指でなぞる。


 ツバタもまた、腹の内を隠したまま、部下たちに号令を下す。


「おい、こなたら! 篝火をともせ!!」


「御意ッ!」


 主君の指示を受け、部下たちは松明に火をつけ始める。さも当然といった様子のサムライたちを見て、『伯爵』は眉根を寄せる。


「ふむ……灯りをつけるのかね。相手に気づかれるのでは?」


「ここまで近づけば、関係ない。もはや、備える猶予はあるまいて──ン?」


 やがて、武士たちは灯火を掲げつつ、騎竜の鞍のうえにまたがる。飼い慣らされても獰猛さを失わない恐竜たちの牙から、唾液がしたたり落ちる。


「進軍だ、こなたら! これより、身どもは、あの砦を攻め落とす! あの女郎には過ぎた宝であるこの土地を、ふさわしき者の手に取り戻すのだッ!!」


「オオォォォ──ッ!!」


 ツバタの号令を受けて、随伴の武士たちは雄叫びで応える。サムライたちに気づかれぬように、『伯爵』は小さく肩をすくめる。


「続けえ──ッ!」


 小山と見まがうほどの巨竜が、ツバタを頭に載せて走り出す。家臣の乗る迅脚竜が後に続く。恐竜たちの足音が、深夜の湖畔に響きわたる。


「ふむ。サムライとやらが如何なるものか、見極めさせてもらうかね」


 緑色の輝きを放つ転移ゲートのすぐ横で、『伯爵』は、土煙をあげて疾走するイクサヶ原の武士団の背を見送った。




「──なにが起こった!?」


「ナオミさま……ッ!!」


 襦袢姿のまま、ナオミは見張りやぐらのはしごを登る。兵士たちのみならず、女衆たちも異変を察知して集まっている。


「御前さま。見慣れねえ篝火が……」


 宿直の兵士が、湖畔の方角を指さす。確かに、複数の移動する灯火が見える。脚が速い、騎竜か。このままだと沿岸を回り、すぐにこの砦にまでたどりつく。


「あの火は、どこから来た。ずっと見張ってたんだろ?」


「それが……突然、沸いてきたみたいで……」


 兵士の報告を聞いたナオミは、あごに手を当てて、沈思黙考する。


 あの数の歩兵であれば、砦の守りで撃退するのも難しくないだろう。だが、見立て通り、騎竜に乗っているならば話が変わってくる。


 騎竜は武士の脚のみならず、牙ともなる。駆っているのが小型種の『迅脚竜』であっても、頭数の三倍の驚異だと考えたほうがいい。


 大型種の騎竜を連れているとなると、さらにまずいこととなる。あの巨体は、存在そのものが攻城兵器だ。


「居眠りしてたんじゃないのかい!?」


「あいたッ!? そんなことできるかよ!!」


 頭領格の女が口を挟み、見張りの兵の頭をひっぱたく。


 なおも、ナオミは考える。そもそも「沸いて出てきたようだ」という話が妙だ。騎竜は驚異だが、そのぶん巨体で、うなり声も足音も相当に目立つ。


 一匹、二匹ならともかく、あの数の騎竜が、巡回兵にも領民にも気づかれずに、ここまで接近してきたということが、なにより妙だった。


「御前さま……近隣の領主さまに、救援を要請したほうが……」


 見張りの兵士が、声を震わせながら女領主に進言する。ナオミは、静かに首を振る。


「……間に合わないだろ」


 ナオミは身を翻し、見張りやぐらから飛び降りる。呆然とする見張りの兵を後目に、頭領格の女が領主に続く。


「ウチらだけで、この砦を守るんだッ!」


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