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【二波】

「行けッ!」


 ドラゴンの頭上で、『淫魔』は叫ぶ。


 精神を掌握されたワイバーンの群れは、『淫魔』の意志に応え、漆黒の獣を駆り立てるべく、地上に向かって急降下をかける。


「ギャアッ! ギャアッ! グギャアアァー!!」


 耳をつんざく叫び声を吠え立てながら、ワイバーンは葦原をにらみつける。だが、その勢いは、すぐにそがれる。


「……いない!?」


 龍の背の上から身を乗り出して、『淫魔』は湿地帯を見下ろす。オークの群れが倒れ伏す地点に、先ほどまでいた無貌の怪物の姿は消えている。


「まさか──葦のなかに身を隠した? オークたちの戦い方から、学習して……?」


 握りしめる『淫魔』の手に、力がこもる。この次元世界(パラダイム)の冷涼な風が、ドレスの破れ目から入りこみ、肌を冷やす。


 ワイバーンは視力に優れるが、他の感覚に関しては凡庸だ。ターゲットを見失い、どうにか獲物を探し出そうと、葦原の直上を低空飛行する。


「グギャア──ッ!?」


 翼竜の一匹が、悲鳴のごとき金切り声をあげる。片翼が、なにかに引っかかったかのように動きを阻害されている。


 巨大な翼に食いこんでいたのは、葦の茂みのなかから伸ばされた数本の剛毛だった。


 どうにかバランスをとろうともがく必死の努力もむなしく、揚力を維持できなくなったワイバーンは空中で回転し、轟音を立てつつ、背中から泥沼へと落下する。


 葦と泥しぶきの影から、漆黒の獣が飛び出す。無貌の怪物は、翼竜の胸元に着地すると、首の付け根に向けて拳を突き降ろす。


「ギャボォーッ!!」


 のどを叩き潰されたワイバーンは、血を吐きながら、絶命する。


「ギャ! ギャギャ!?」


「グギャアーッ!!」


 群れの一員をやられたことに気がついた翼竜たちは、仲間の死体が横たわる地点へと殺到する。先頭の一匹が、顎を開き、獲物を喰い砕かんと迫り来る。


 漆黒の獣は、仰向けの飛竜の屍から飛び降りると、その尾の方向へと走る。身を屈め、両腕で巨木の幹のような尻尾を抱えると、渾身の力をこめる。


「悪夢だわ……どっちかといえば、私、夢を見せる側だと思っていたんだけど」


 上空を旋回するドラゴンの背から戦局を見つめていた『淫魔』が、自分の額に手を当てつつ、つぶやく。


「ヌグウゥラアアァァァ!!」


 無貌の怪物の咆哮が、葦原を揺らす。漆黒の獣の背が仰け反ると、泥の大地に沈みかけていたワイバーンの死体が、宙に浮かぶ。


「──ウラアッ!!」


 怪物は、軸足を泥沼に突き刺して、身を回転させる。尾を抱えられた飛竜の屍が、巨大な棍棒のように振り回される。


「グギイーッ!?」


 先陣のワイバーンが、情けない悲鳴をあげる。一瞬前までは同族だった、自身と同等の質量体に、真横から激突される。


 片翼とあばら骨をへし折られ、そのまま低空を吹き飛ばされ、生態系の上位に位置するはずの飛竜が湿地帯のすみへと失墜する。


「グギャ!?」


「ギャワッ! ギャワアッ!!」


 トカゲ頭のワイバーンでなくとも、経験も予想もできないような攻撃を受けて、旋回する群れは恐慌状態に陥る。


 漆黒の獣は、その混乱をついて、高く跳躍する。手短な飛竜の背に飛び乗ると、その身を頭へ向かって駆け抜ける。


「ヌグラアッ!!」


「グギャ──……ッ」


 両手を握りあわせ、ハンマーのように振り下ろされた怪物の拳は、頑強なはずのワイバーンの頭蓋を易々と粉砕し、その命を奪う。


 次々と仲間をやられ、狼狽から回復できない残りの飛竜へと、漆黒の獣は跳躍する。


「……まだまだァ!!」


『淫魔』は、叫ぶ。他ならぬ、自分自身の士気を奮い立たせる。


 精神を掌握し、五感を共有した本命──『淫魔』が背に乗るレッサードラゴンを、ターゲットに対してけしかける。


 小山ほどの巨躯を持つドラゴンは、湿地帯に向けて降下し、『淫魔』自身は龍の背から飛び退き離脱する。


「グルオオォォォ──ッ!!」


 ドラゴンの巨体が、エルフの村の方角を背に、葦原を押しつぶす。


 最後のワイバーンを叩き落とした無貌の怪物は、沼地に着地すると同時に、進路をふさぐレッサードラゴンと対峙する。


 ドラゴンから見れば、豆粒ほどの獲物だ。普通であれば、勝ち目はない。だからこそ、龍を屠る人間の英雄譚も枚挙にいとまがないのだが──


「──あんな規格外のモンスターを、そういうヒーローだと思いたくないのだわ」


 ゆっくりと黒翼を羽ばたかせつつ、『淫魔』は空中で独りごちた。


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