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【祝宴】

「バッド。わずらわしいにも、ほどがあるだろ……」


 騒がしいばかりの武将たちの祝宴に義理で同席した翌日、ナオミは早々に自分の領地へ向けて出立する。


 昨晩の酒が残っているのか、軽く頭痛がする。朝餉も、箸が進まなかった。女武者は、鞍のうえで自分の額を抑える。


 首を傾げた『薙鳥(ちどり)』が、心配するようにのどを鳴らす。


「ああ、だいじょうぶだ。テメェが気にするようなことじゃない、だろ?」


 己の騎竜の頭をなでると、ナオミは手綱を操り、軽快に道を走らせる。『薙鳥(ちどり)』のほかに、供のものはいない。女だてらの、一人旅だ。


 サムライたちのなかで、随伴の足軽はおろか、小間使いも連れていないのはナオミくらいのものだったが、赤毛の女武者にとっては、そのほうが気軽だった。


 道中の大半は、野宿。落ち武者や山賊に襲われたことも、一度や二度では済まないが、すべて返り討ちにしてきた。


 迅脚竜の歩みで、三日ほど。渓谷を縫うように道を進むと、巨大な湖のほとりに出る。対岸が見えないほどの大規模な水域だ。


 湖畔の道をさらに半日ほど進むと、大御所からナオミに与えられた領土に入る。盆地と森に囲まれた土地を中心に、湖周辺の一帯だ。


 見慣れた風景のなかに踏みこみ、赤毛の女武者は少しばかりの安堵を覚える。


「あー、ナオミさまだー!」


「ナオミさまが帰ってきたよー!」


 野良仕事の手伝いを抜けて遊んでいた童たちが、真っ先に領主の帰還に気がつく。つづいて、田畑で鍬を振るっていた大人たちが駆け寄ってくる。


「お帰りなさいませだ、御前さま」


「領主さま、ご無事でなによりですだ」


 自分よりも年長の領民たちから歓迎の声を投げかけられ、赤毛の女武者は、気恥ずかしそうに手を振って応える。『薙鳥(ちどり)』もどこか、誇らしげだ。


 やがて、ナオミと騎竜は畦道を通り抜け、領地の中心にある砦へと向かう。盛り土の台地のうえに築かれた丸太の城門が、主の到着に応じて開かれる。


「無事だったかい、ナオミさま!」


 砦のなかに入った女武者を出迎えたのは、手ぬぐいを頭に巻いた女たちだった。頭目格の女が、帰還した領主に声をかける。


 ナオミは鞍から降りると、騎竜の手綱を女の一人に預ける。


「留守中、みんな、ごくろうさま」


「ナオミさまこそ! 飛脚で、連絡のひとつでもよこしてくれれば良かったのに」


「ウチが、そういうの苦手だってのは知ってるだろ」


「ああ、そうだった、そうだった!」


 ナオミの返答に、女たちは一斉に笑い声をあげる。砦を警護する兵は男だが、なかで働いている大多数は女、ついで子供たちだ。


 人の背丈ほどもある卵を、布で何重にも巻き、台車に乗せて、女たちが押していく。子供たちは、小魚が満載された桶を足しげく運んでいく。


「グッド。滞りなくまわっているようで、なにより。ウチがいないほうが、調子はいいんじゃないか?」


「ナオミさま、冗談はよしておくれよぉ!」


 赤毛の女武者が大御所から預けられた領土は、恐竜の孵化と養育場として使われる貴重な土地だ。


 湖畔には、野生の恐竜の産卵地帯があり、そこから卵をちょろまかす。無事に孵化して、成長すれば、大御所傘下の武将たちのもとへ騎竜として供給される。


 ほかのサムライたちが治める土地に比べれば面積は狭いが、戦略的な価値は高い。ナオミの身勝手な振る舞いが許されるのも、ひとえにこの土地の重要性は大きい。


 砦が女ばかりになったのも、ナオミの独断によるものだ。行き場を失った未亡人や戦災孤児を受け入れているうちに、こんな有様となった。


 赤毛の女武者は、頭目格の女に案内されながら、留守中の砦の出来事の報告を受ける。竜たちの繁殖期が過ぎ、続々と孵化のときを迎えている。


「大御所さまからもらった恩賞で、餌代はまかなえそうだな。なんだったら、竜舎の増築だってできるだろ」


「あたしらは、ありがたいけどねえ。ナオミさま。少しは、自分のためにカネを使おうとは思わないのかい?」


「ウチは、そういうのは性にあわないんだ。知っているだろ」


 領主を取り巻く女たちがふたたび、どっ、と笑い声をあげる。無愛想なナオミも、つられて、少しばかり噴き出す。


「領主さまぁ! お風呂が沸いたよぉ!!」


 遠くから、子供の声が聞こえてくる。


「湯を浴びて、汗を流してきな。そのあいだに、あたしらは祝宴の準備だよ!」


 頭目格の女が、ナオミの背を押し、他の女たちに号令をかけた。




「あー、染みるぜ……」


 赤毛の女武者は、木製の風呂桶を満たす湯のなかに裸体を沈める。腕と背筋を伸ばせば、気が張って忘れていた身の強ばりを思い出す。


「大御所さまんところの荒武者どもは、まあ、ともかくとしても……ここの女たちは皆、いいやつらなんだけどなあ……」


 肩まで湯に浸かったナオミは、あごの先を水面に触れさせながら、小声でつぶやく。知らぬ間に戦場で蓄積していた疲れが、湯に染み出していく。


 それでも、心の奥に染みついたわずかな違和感だけはぬぐえない。


 物心ついたときから抱き続けている「ここにいるべきではない」という感覚だけは、いまでも胸の内に残り続けていた。




「ナオミさまの、勝利と帰還を祝って!」


 濁り酒を満たした杯を、車座に座った女たちが掲げる。女たち主催の祝宴は、陽が沈んですぐに始まりを告げる。


 人の輪の中心には、湖から水揚げされた海老や貝を炊きこみ、しいたけや錦糸卵も混ぜこんだちらし寿司が山盛りになっている。


 その周辺には、里芋の煮っ転がしや、川魚の塩焼き、熊や猪の肉に、とれたての果物まで並んでいる。


「グッド。こいつは、豪勢だ」


「ナオミさまが帰ってきたと聞いて、領民がこぞって持ってきてくれたんだよ」


 女たちのあいだからは、子供たちが顔を出し、馳走の相伴に預かろうと食べ物に手を伸ばしている。戦で夫を亡くした女の連れ子が、ほとんどだ。


「こらこら! 勝手に、それも手づかみで食べるんじゃないよ!」


「いいだろ。子供たちにも、少しは分けてやってくれ」


「わぁーい! 領主さま、ふとっぱらー!!」


「まったく……ナオミさま、ちょっと子供たちに甘過ぎないかい?」


「ま、あたしらが窮屈な想いをしなくて済むのも、甘くて優しいナオミさまのおかげなんだけどねえ」


「違いない。ナオミさまがいなけりゃ、ここにいる女子供全員、野垂れ死にさ!」


 女たちは、顔をあわせて笑いあう。ナオミもつられて、表情をほころばせる。それでも、わずかに覚える疎外感はぬぐえない。


「一応、昼間に見て歩いたが、孵化場の仕事でなにか変わったことはないか?」


 赤毛の領主は、箸を進めながら尋ねる。


「ナオミさまぁ、祝宴でまでお勤めの話をすることはないよ!」


 女たちは、また笑い声をあげる。冗談を交えながらも、領主の留守中の出来事を口々に報告し始める。


 卵の採取でけが人は出ていないか、賊のたぐいが現れてはいないか、幼竜の餌は滞りなく調達できているか……


 ナオミは、濁り酒をすすりながら、注意深く耳をそばだてる。自分の性にあわないと思いながらも、任された務めである以上、おろそかにもできない。


「ねえねえ、そんなつまらない話よりも、領主さまのぶゆーだん、聞かせてよ!」


 日常の報告が一通り終わると、事務的な話に飽き始めた子供たちが、頬に飯粒をつけながら戦場の武勇談をせがむ。


「なんだよ。ウチがそういう話をするのは、苦手だって知っているだろ」


「うん。でも聞きたい! 領主さまのぶゆーだん!!」


「ぶゆーだん! ぶゆーだん!!」


「いいねえ、武勇談。あたしらも聞きたいよ!」


 童らの要求を、母親たちも調子に乗ってあおり始める。ナオミは、観念して、此度の戦場での活躍を語る。


 単身で敵陣に斬りこんだこと、相棒である『薙鳥(ちどり)』の活躍、敵将をしとめて金星をあげたこと、大御所からのお褒めの言葉……


 口下手の自覚があるナオミだったが、女も子供も身を乗り出して、自分たちの領主の活躍に耳をそばだてる。


「はあー、ナオミさま発案の革細工。最初に聞いたときは、なんに使うのかと思ったものだけど、大活躍だったんだねえ」


「サムライどものあいだで、流行するんじゃないかい? いまのうちにたぁんと作って、高値で売りさばいて、一山当てようか」


 笑いあう女子供たちを見て、自分の話で楽しんでくれたようだと、ナオミはほっと胸をなでおろす。


「で、テメェらのほうはどうだったんだ? 砦のほうはいつも通りだったみたいだが、領内にも変わったことはないのかい?」


 赤毛の領主が、そう言うと、女たちは笑い声を止めて、互いに視線を交わしあう。


「……じつは、漁民が湖畔で土左衛門を見つけてねえ。弱っちゃいたが、命はあったんで、砦で保護しているんだよ」


 頭目格の女の報告に、ナオミは目を細める。


「溺れたふりをした、どこぞの間者じゃないだろうな?」


「かんじゃは、あんなめだつ格好しないと思うよー」


 ちらし寿司を頬張りながら、子供が口を挟む。周囲の女たちも、うなずき返す。


「髷も結っていない、奇妙な風貌の男さ。服装も含めて、イクサヶ原の人間じゃあないみたいだった……どこか、ナオミさまのような……」


「へえ……?」


 皆の報告に、赤毛の領主は少しばかり好奇心をくすぐられる。保護している土左衛門とやら、もしかしたらナオミと同じ『ハグレモノ』なのかもしれない。


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