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【屍化】

「ウラララァ──ッ!」


「ぐふッ! ゲべッ! べッぶ!?」


 ゲルトの髭面に、アサイラの左拳が連続して叩きこまれる。


 エージェントは、カウンター気味に、右手の拳銃をイレギュラーの心臓に突きつけ、トリガーを引こうとする。


「──ウラアッ!」


「あグえッ!?」


 アサイラの右肘が、ゲルトの右手首に叩きこまれる。リボルバーの狙いが逸れて、むなしく地面に穴を穿つ。


 一瞬の間に、一方的な連撃を打ちこまれ、ゲルトはよろめきながら三歩後退する。思わずせきこみ、血の混じった痰を吐く。


 顔面がぼこぼこに腫れあがり、視界の確保もままならない。止まらない鼻血が、たくわえた髭を汚し続ける。折れた骨は、一本や二本ではすまないだろう。


「ゲルハハ……こいつぁ、大ピンチだぁぜ……」


「……ピンチ、で済ませるつもりなのか?」


「そうだぁぜ。なんせ……ここから、奇跡の大逆転劇が始まるんだからなぁ!」


 髭面のエージェントは、リボルバーを左手に持ち替える。相対する男に対して、アサイラは身構える。しかし、ゲルトの銃口は、青年には向けられない。


──バンッ。


 乾いた銃声が、無人の集落に響く。鋼の凶器の顎は、持ち主のこめかみに突きつけられていた。


 側頭部から鮮血を噴き出すエージェントの身が、よろめく。かと思うと、起きあがりこぼしのように、ふたたび、直立する。


「ゲルハハ……これだけは、使いたくなかったんだぁぜ……」


 死に至る傷を自らに負わせながら、髭面のエージェントは、濁った瞳をアサイラに向ける。異様な気配に、一瞬、アサイラは息を呑む。


「……ウラアッ!」


 躊躇を振り払い、アサイラは敵の間合いのなかへと踏みこむ。右の拳を握りしめ、相手の脇腹へとハンマーのごときボディブローを叩きこむ。


 髭面のエージェントの身体が、くの字に曲がる。それだけだった。


「痛みを感じない……ってのも存外、気持ち悪いものだぁぜ」


 不安定な体勢から、熊面の男はリボルバーの筒先を、青年の額へと密着させる。アサイラは、とっさに腰を落とし、足払いを繰り出す。


 銃声が、響く。アサイラの短髪を、弾丸がかすめる。エージェントは転倒しつつも、照準を青年に定めたまま、残弾を発砲する。


「グヌ……ッ!」


 とっさにアサイラは横へと跳び、間一髪、銃撃をよける。ジャケットの生地とともに、肌が弾道で刻まれ、血がにじみ出る。


 髭面のエージェントは、転倒しつつも、何事もなかったかのように弾倉へ次の礫を装填していく。肉体が地面にバウンドし、バネ仕掛けのように起きあがる。


「ウウゥゥゥラアッ!」


 アサイラは、エージェントへ向かってスプリントする。相手が、完全に直立するまえに蹴りを叩きこみ、ふたたび倒れこんだところで、片膝を踏み砕く。


「おいおい……ずいぶんと野蛮な男なんだぁぜ」


 髭面のエージェントは、関節を破壊されたことに微塵も動じない様子で、にやりと笑う。砕いたはずのひざが、本来とは逆方向に動き、上半身だけが起きあがる。


「……ヌギィ!?」


 奇怪な動作から、アサイラのあごの下に銃口が突きつけられる。青年は、背後に倒れこむように回避する。発砲音が、響く。


「はずしたかぁ……まあ、いい。それよりも、ソンビってのは関節が壊れても動くんだぁな。新しい発見だ。こいつは、便利だぁぜ」

 

 アサイラは、ひざ立ちになり、敵を見据える。額に、冷や汗が伝う。肉体を破壊すればするほど、エージェントの動きは奇怪なものへと変じていく。


 なにより、決定打を喰らわせることができない。手応えと、実際に与えたと思しきダメージが明らかに剥離している。まるで、泥人形を殴っているかのようだ。


「ゲルハハ! 無駄だ、無駄ぁ! きさまに、おれさまは殺せない……いや、おれさまは、もう死んでいるのか? ま、『ドクター』にどうにかしてもらうかぁ」


 生者にはあり得ない方向に関節を揺らしながら、エージェントはアサイラにゆっくりと歩み寄る。


 打開策を見いだせないまま、苦々しい表情で、アサイラは拳を構える。熊面の男は、悠然とリボルバーに銃弾を詰めてみせる。


「きさまも、ゾンビにしてやるよッ!」


 接近戦の間合いで、髭面のエージェントが拳銃を繰り出す。アサイラは、身をひねりつつ、銃を握る左腕の肘に、手刀を叩きこむ。


 ぐぎゃ、と骨が粉砕する鈍い音が響く。連結部を破壊された前腕は、鞭のようにしなりながら、あらぬ方向から銃撃を放つ。


 アサイラは、身をひねり、紙一重で弾丸をかわす。回避でバランスを崩したところを狙い澄まして、いつの間にかナックルダスターを握った右手が、脇腹をえぐる。


「グヌギイ……ッ!」


 肉体のリミッターが外れた生ける屍の膂力をまともに喰らい、アサイラの身は吹き飛び、地面に転がる。


「ゲルハハ……無駄だ、つってるんだぁぜ。痛みも、疲れも、わからない……死体を殺すことが、できるものかぁ!」


 痛打を受けた脇腹をおさえ、身悶えるアサイラの心臓に、エージェント・ゲルトは照準を合わせる。


「死体は、殺せない……その通りなのよな。いやと言うほど、思い知らされたよ」


 そのとき、女の声が聞こえる。アサイラと髭面の男は、同時に声の主を探る。半壊した住居から、肩に刀をかついだ着流しの女が歩み出る。


 ゲルト・フィルツは、白濁した瞳を見開く。土ゾンビをけしかけたときと、変わらぬ姿だ。いや、違う。


『龍剣』使いの女の背後には、燃えさかる炎の魔人が憤怒の形相で浮かんでいる。


「死体に必要なのは、弔いなのよな……たとえ、それが極悪人であっても」


 髭面の男は、とっさにリボルバーの銃口を着流しの女に向ける。


「死に損ないが……ッ!!」


「……打ち据えろ、『炉座明王(ろざみょうおう)』ッ!!」


 リンカの声に応じて、炎の魔人が前に出る。ゲルトの拳銃からが放たれた弾丸は、燃ゆる巨人に触れるなり、融解する。


 土気色の肌の生ける屍に向かって、白熱する鎚が振り下ろされる。収束された炎熱が、ゲルトの身体と体内の『屍兵化弾(ホロウ・ポイント)』を一瞬で焼却した。


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