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【明王】

「チィ……ッ!」


 リンカは、手にした刀を振るい、無数の赤焔の筋を飛ばす。炎熱の爪牙が、住居の壁を、柱を斬り裂きながら、土の巨人へと殺到する。


 だが、女鍛冶の放った超常の火は、人型の土塊の表面に、黒い焦げ跡をわずかに残すだけだった。


「……まあ、効かないのよな」


 リンカは、荒い吐息をこぼしながら、つぶやく。炎で土を焼けないことなど、鍛冶職人である自身が、一番よくわかっている。


 獣人の東屋をなぎ払いながら、土の巨人は、リンカへと迫り来る。巨岩のような拳が屋根を叩き壊し、石柱のごとき脚が寝床を踏みつぶす。


「これなら……どうだッ!」


 大振りな巨人の攻撃をかいくぐり、女鍛冶は土塊の足下へとすべりこむ。両手で握りしめた刀を肩にかつぎ、眼前の脚部を力任せに斬りつける。


 両断……とまではいかないが、業物の刃が、大柱のごとき脚をおよそ半分ほど斬り裂く。巨人であっても、生物ならば、間違いなくひざをついただろう。


 しかし、相手は命を持たない土の塊だ。泥に向かって、斬りかかるようなものだ。決死の一撃を気にとめる様子もなく、巨人は獲物をつぶそうと地団駄を踏む。


 女鍛冶は、機敏に飛び退き、人型の土塊から距離をとる。


「はあッ、はあー……ッ」


 リンカは、何度も荒く息をつく。艶やかな黒髪は、汗に濡れて、てらてらと輝く。対する巨人は、相対したときから、動きが鈍くなる気配すらない。


「まあ、生き物じゃないんだから……疲れたりなんか、するわけないのよな」


 女鍛冶は、黒髪を揺らしながら、さらに人型の土塊から間合いを離す。手にした刀で正中の構えをとりながら、呼吸を整える。


「長丁場は、不利。かといって、アタシに他の取り柄もなし」


 野牛の獣人の集落を破壊しながら、土の巨人がリンカのもとへと迫り来る。女鍛冶は、目を細めて、化け物の異様を見つめる。


 相手から意識をそらさず、己の丹田に集中する。『気』を汲みあげ、収束し、『龍剣』の刀身へと流しこむ。


「たあアァァァ──ッ!!」


 女鍛冶が握る刀の切っ先が、半月を描くように地面をかすめる。刹那の間を置いて、刃の軌跡から白熱する焔の壁が燃え上がる。


 まばゆい輝きが、リンカと巨人のあいだの視界をふさぐ。土を焼いて、消し炭にすることはできない。だが、土器や陶器は、土を焼き締めて作られる。


「……どうだッ!?」


 己が産み出せる、もっとも高温の炎を前にして、女鍛冶は叫ぶ。『気』を振り絞ったため、虚脱感とともにめまいを覚える。


 リンカは、いまにも砕けそうなひざを叱咤して、白く輝く焔の壁を見つめ続ける。


 突然、白熱の障壁が揺らぐ。黒く変色した腕型の土塊が、炎のなかを無理矢理に突き抜けて、女鍛冶に向かって伸びる。


「んぐ……ッ!!」


 もはや、回避する余力は残っていない。リンカの身体が、土の手に捕まれ、宙に吊りあげる。巨人の胴体が、炎の壁を突っ切って、姿を現す。


「だめ……か……ッ」


 女鍛冶は、悔しげにうめく。単純に、リンカの炎の熱量が、化け物の動きを妨げるに至らなかった。ただ、それだけだ。


 それでも、握りしめた刀は手放さない。せめてもの抵抗だ。稚拙な泥人形のような目鼻もない巨人の頭部が、眼前に見える。


「すまない……のよな……」


 リンカの双眸から、涙が流れ落ちる。女鍛冶の胸中を満たしたのは、己自信のふがいなさと、友を助けられなかった無念だった。


「げほッ、がぼ……ッ!」


 化け物の加減を知らない握力に、女鍛冶は苦しげにせきこむ。『気』を絞り尽くしたリンカの視界は、そのまま、暗転していく。




(──走馬燈、ってやつか?)


 女鍛冶は、漠然と思う。絶命する刹那、人は、一生の記憶を想起するという。にしては、妙だ。リンカがいま立っているのは、見た記憶のない空間だ。


 窓のない屋内だった。故郷の建築様式だ。鍛冶の作業場か、禅寺の仏堂か、あるいはそれらを足しあわせたような、巨大な広間に見える。


──ガァンッ、ガァンッ。


 女鍛冶の眼前から、鉄を鍛えあげるけたたましい打擲音が反響する。リンカには、不思議と、不快には感じない。


 ゆっくりと顔をあげ女鍛冶は、山のように巨大な何者かが、自分に背を向けているのを見る。先ほどまで相対していた化け物と、同じほどの身の丈はあるか。


 この巨人のごとき何者かが、鉄を鍛えあげているのだろう。光の案配から、巨体の向こう側に煌々と輝く鍛冶炉の存在が見て取れる。


(アンタは、誰なのよな──)


 リンカは、見上げる背に向かって誰何しようとする。大いなる存在の手が、止まる。女鍛冶の意図を察したかのように、ゆっくりとこちらを振り返る。


 巨人が、息を呑むリンカを見下ろす。右手には、燃えさかる鎚を握りしめている。よく見れば、山のような体躯もまた、炎のように燃えている。


 背後の炉の輝きが、後光を背負っているように見える。大いなる存在は、顔に憤怒の形相を浮かべている。リンカは、不思議と畏れを覚えない。


「──……」


 女鍛冶の見上げる巨人が、口元を動かす。怒気がこもった相貌にもかかわらず、その唇の動きは、優しく、教え諭すようだった。




「──ごぶッ」


 土塊の巨腕に握りしめられたリンカの意識が、嗚咽をこぼしつつ、現実に戻る。全身の痛みも、息苦しさも、どこか遠くに感じられる。


 視界がかすみ、焦点があわない。手足の感覚もない。リンカは、指先に意識を集中する。刀は、ある。まるで自分の身の一部であるように、手のひらに吸いついている。


 震える腕に力をこめて、柄を握る右腕を引きあげる。刀身から、赤白の火花が飛び散っている。


 リンカは、前方──土塊の化け物に向かって、自身の刀を掲げる。


「我は炉、刀は焔、そして、鎚持ち打ち鍛えるは──」


 女鍛冶ののどから、朗々と言葉が読みあげられる。自分でしゃべっている感覚は、ない。己の深いところから、自然に文言が滑り出てくるような感覚だ。


「──龍剣解放、『炉座明王(ろざみょうおう)』」


 その名をリンカが口にすると、刀を中心にして時計回りに炎の渦が、人型の土塊すらも呑みこむように、巻きあがる。


 やがて、まばゆい焔は、燃える鎚を携えた魔神の姿を形作り、巨大な化け物の背後に現れる。目鼻もない土塊の顔が、一瞬、狼狽したかのように見える。


──グォォォオオッ!


 咆哮するような音を立てて、燃ゆる鎚が、人型の化け物に向かって振り下ろされる。凝縮された熱量を持つ打擲が、不浄な土塊を叩き潰す。


炉座明王(ろざみょうおう)』の炎熱が、土砂のなかに潜りこんだ『屍兵化弾(ホロウ・ポイント)』を、一瞬で融解させる。


 いびつな人型をとり続けていた土塊は、己の形を保ち続けることができずに、崩れ落ちていく。リンカの身は解放され、その場に投げ出された。


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