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【救難】

「……マノだけでも、逃げるんだよ」


 リスの尾の獣人は、かたわらの少年に語りかけながら、立ちあがる。猿耳の子の目には、彼女の両脚が小刻みに震えているのが見て取れる。


「リシェ、無茶もな!」


「リンカさまに伝えるんだよ、マノ!」


 リシェは、マノに背を向けて、懐から鋭利な刃の小刀を抜く。迫り来る異様な獣人に対して、切っ先を向ける。


「むおー! マノには、指一本ふれさせないんだよッ!!」


 リスの尾の女は採集民であり、戦いはおろか、狩猟の経験すらない。刃物を握る両手は、遠目に見てもわかるほどに震えている。


 瞳の濁った野牛の獣人が、笑ったような気がした。二人が産まれて初めて見る、嗜虐的な含笑だった。


「──ヴラオオッ!」


 頑丈そうな頭を前面に倒し、長大な二本の角を突き出しながら、土気色の肌の大男は突進をしかける。


「きゃあ……ッ!?」


 野牛の獣人の頭突きが、リシェに直撃し、はね飛ばされる。


 不幸中の幸いか、リシェの身体に野牛の角が突き刺さることはなかったが、唯一の武器である小刀が手を放れて、宙を舞い、草のなかに呑みこまれる。


「リシェ──ッ!!」


 猿耳の少年が、倒れ伏す獣人の名前を叫ぶ。立ち上がり、割って入ろうとするが、腰が抜けてしまい動けない。


「マノ……逃げるんだって……」


 野牛の獣人が、大きな右手でリスの尾の娘の首をつかみ、空中に吊りあげる。犠牲者の獣人は、猿耳の少年に苦しげな眼差しを向ける。


 みしみし、と自分の首があげるきしみ音を、リシェは聞く、野牛の獣人には力自慢が多いことは知っていたが、思った以上だ。


 それよりも、病的に唾液を垂らす大男が、自分たちに暴力を振るうことが信じられない。野牛の部族は、自衛以外の戦いを好まないはずなのに。


「う、うぅ……ッ」


 リスの尾の獣人は、苦しげにうめく。呼吸ができなくて、意識が遠くなる。リシェは、死を覚悟する。そのとき──


──ドジュウッ。


 なにかが焼けるような音が、草原に響く。リシェの身体が、突然に解放されて、宙に放り出される。そのまま落下して、草原のうえに尻餅をつく。


 野牛の獣人は、戸惑うように自分の右腕をかかげて、見る。手首から先が、無い。視線を足下に降ろすと、つながっていたはずのものが地面に転がっている。


 斬り落とされた断面は黒焦げに焼かれ、ぶつぶつ、と音を立てて煙をあげている。肉は熱で固まり、斬り口から血はこぼれない


 狼藉者から少し離れた場所にいた猿耳の少年は、何事が起こったか、もう少しだけ詳細に見ることができた。


 赤く燃える炎が、細い帯のような形となって、自分の背後から伸びてきた。焔の筋は、リスの尾の女と野牛の大男のあいだに割って入って、男の手首を焼き斬った。


 マノは、とっさに自分の背後を振り返る。


「マノ! 無事なのよなッ!?」


「女神さま!!」


 猿耳の少年が、声をあげる。火と鉄の女神が、息を荒げながら、自分たちのほうへと駆けてくる。彼女の手には、見慣れぬ刀が握られている。


「さもありなん──ッ!」


「ヴオオッ!?」


 女鍛冶は、手にした刀を振るう。白熱した刃から赤焔がほとばしり、野牛の獣人の顔にまとわりつき、視界をくらます。


「リシェ! だいじょうぶ!?」


「うぅ。ごめんだよ、リンカさま……」


「アンタが悪いわけじゃないのよな、リシェ」


 リンカは、リスの獣人の肩を支えて、抱き起こす。炎の目くらましにもがく獣人に向けて、右手に握る刀を油断なく構えなおす。


「リシェ。マノを連れて、逃げるのよな。アタシの洞窟か……体力が保つようなら、アンタの村がいい」


「リンカさまは、どうするんだよ!?」


「アタシは、アンタたちよりも戦い慣れているのよな……」


 女鍛冶は、口元にひきつった笑みを浮かべる。リスの尾の娘は、それ以上、言葉を重ねない。リンカの言うとおり、猿耳の少年に肩を貸し、その場を離れ始める。


 二人の友の背中を横目で見ると、リンカは左手に保っていた刀の鞘を草原のうえに放り投げる。


 野牛の獣人が、顔にまとわりつく炎を振り払い、視界を取り戻しつつある。女鍛冶は、両手で刀の柄を握る。


「……うッ!?」


 あらためて狼藉者の姿を見て、女鍛冶は怖気を覚える。対峙する巨躯の獣人は、右手を斬り落とされながら、苦痛に悶える様子はない。


 それどころか、大男は身を屈めて、地面に転がる自分の右手をつかみ、自分の身体の一部をむさぼり喰いはじめる。


「なにが起こっているのよな、これは……」


 リンカは、額から冷や汗を垂らしながら、つぶやく。そもそも、野牛の獣人は草食だ。肉を食べる習慣はない。


 なによりも、大男の土気色の肌からは、生命の熱──『気』を感じ取ることができない。まるで、死体が起きあがって、動いているような異様さだ。


「……ヴオッ」


 女鍛冶の戸惑いにかまう様子もなく、野牛の獣人は自分の肉を喰らい終えると、小骨を吐き捨て、げっぷを吐き出す。


 だらだらと唾液を垂らし続ける巨躯の男が立ちあがると、三日月のような一対の角のした、濁った瞳が、リンカを見据えてきた。


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