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【不穏】

「ん。まあまあ、といったところなのよな」


 薪置き場のさらに奥には、鉱石や砂鉄が山と積みあげられている。リンカが獣人たちに頼んで集めてもらった製鉄の材料だ。


 砂鉄を手ですくいあげた女鍛冶の赤い瞳は、鷹のように鋭い眼光を放つ。何事もどんぶり勘定なリンカだが、鉄の仕事に関わるとなれば話は変わる。


 大きめの土器に質のよい砂鉄と純度の高い鉱石を詰めこみ、抱えあげる。ずっしりと四肢にかかる重量感も、もはや慣れたものだ。


「刀鍛冶よりも、こういう暮らしのほうが性に合っているのよな」


 からからと笑いながら、リンカは独りごちる。


「さもありなん。父上と母上にいまのアタシを見られたら、なにをされるかわかったものじゃない……」


 女鍛冶は、故郷の情景を脳裏の思い描き、目を細める。


「……ま、腹を切らされるのがオチなのよな」


 リンカが生まれ育った世界は、『イクサヶ原』とも呼ばれる土地で、サムライたちが覇権を競い合う場所だった。


 群雄割拠、などと言えば聞こえはいいが、要は日常的に人殺しばかりしている世界だ。力を持ったサムライが土地を支配し、年貢と称して米や人足を搾取する。


 リンカの生家は、有力な刀鍛冶の家系で、それなりに裕福な環境ではあった。戦火に屋敷を焼かれたり、年貢米で食うに困ったりすることはない立場だ。


 そんな一門のなかで、リンカはいろいろな意味で変わり者だ。赤い瞳を持つ者は鍛冶の天稟を持つ、とされ、まさにリンカはその通りだった。


 幼いころから、炎の声を聞き、鉱石の匂いを知る彼女は、頭領である父の意向で、慣例では男だけが務める刀鍛冶の修行を積まされる。


「ま、どこまで行っても、アタシは偏屈者だった、ということなのよな」


 リンカは自分が、人殺しの道具──刀を作ることに抵抗があった。才能に恵まれ、己の鍛えた刀が高く評価されるほどに、その想いは強くなった。


 自分の打った刀が何人の武士を斬り殺したか自慢する刀鍛冶たちのあいだで、リンカはひときわ奇異のまなざしで見られた。


 やがて、リンカは嫌気がさして、一族の家宝である『龍剣』を持ち出して、誰にも告げずに出奔した。


「恐れ知らずというか、若気の至りというか……我ながら、とんでもないことをしでかしたものよな」


 一振りの『龍剣』のみを携え、リンカは人里から逃れるように、離れるようにさまよう。そのうちに女鍛冶は、草一本生えない、砂でおおわれた荒野に出る。


 砂嵐が吹き荒れ、水の一滴も手に入らぬ環境で、飢えと乾きに苦しみ、それでもリンカは戻ろうと想わなかった。ただ、前に進み続けた。


 いまにして思えば、緩慢な自死を選択したのかもしれない。だが、リンカの命が失われることはなかった。


 時間感覚が喪失し、何日歩き続けたかもわからなくなったころ、砂嵐が止む。


 気づけば穏やかな風が吹き、柔らかな日差しの照らす、草原のうえに倒れていた。獣の相を持つ人たちが、行き倒れた女鍛冶を心配そうにのぞきこんでいた。


「──ん?」


 なにか第六感のようなものを感じて、リンカは顔をあげる。マノとリシェ、二人の友達が向かった方角に、丘陵のうえから視線を向ける。


 女鍛冶が見やる先には、ときおり灌木が茂りつつ、地平線まで草原が続いている。その中頃あたりから、黒い煙があがっている。炊事のときのものとは違う。


「戦場の煙だ……」


 リンカは、呆然とつぶやく。故郷の土地でいやと言うほど見た、壊し、殺すためだけの炎があげる煙の色だ。


 一瞬、女鍛冶は、なにか獣人たちが諍いごとを起こしているのかと思い、すぐにその考えを打ち消す。


 獣人たちは、『戦争』というものを知らない。揉め事が起こらないわけではないが、基本的に話し合いで決着が付き、こじれたとしても喧嘩の域を出ない。


「……マノ! リシェ!」


 砂鉄と鉱石の詰まった土器を、リンカはその場に放り投げる。駆け足で、住処として使っている洞窟のなかに転がりこむ。


 女鍛冶の住居は、天然の洞窟を獣人たちが削り整えて造ってくれたものだ。寝床や作業机も用意され、落ち着いて暮らせる環境が整っている。


 リンカは、住み慣れた岩窟のなかを突っ切り、最奥へと向かう。そこには、煌々と炎を燃やし続ける鍛冶炉が設えられ、周囲に製鉄道具が転がっている。


「さもありなん。二人とも、無事でいてくれよな……!」


 女鍛冶は、着流しの裾をまくると、迷うことなく己の右腕を、燃えさかる炉のなかへと突っこんだ。


──ゴウ、ゴゴウッ。


 尽きることのない炎が、炉のなかでうなり声をあげている。その内側を素手でまさぐるリンカの顔には、しかし、苦痛の色のひとつも浮かんでいない。


 女鍛冶が右腕を引き抜くと、その手には一振りの刀が握られている。肌には、火傷を負った痕など見あたらない。


 その刀身は白熱した輝きを放ち、超常の力を宿した刃であることをうかがわせる。


「えーっと。鞘は、どこにやったのよな……あぁ、リシェに、掃除と整理整頓はしっかりやっとけ、って叱られちまう」


 リンカは、鍛冶場のすみの物入れに無造作に放りこまれた鞘を見つけだし、手にした刀を納める。


 柄の握りの具合を確かめた女鍛冶は、鞘を肩にかついで、矢のように洞窟を飛び出し、走り出す。


「さもありなん。何事もなければ、それが一番なのよな……ッ!」


 丘陵を駆け降りながら、リンカは二人の友人の無事を祈った。




「マノ! 早く逃げるんだよ!!」


 先行して草原を走るリスの獣人が、立ち止まり、背後に向かって声をかける。少しおくれて、猿耳の少年が脚をもつらせながら追いかけてくる。


「──ぎゃふんッ!?」


 気が動転している影響か、マノと呼ばれた獣人の子は、地面に飛び出た岩につまさきを引っかけて転倒する。


「だいじょうぶ!? マノッ!!」


 リスの尾の女──リシェは、あわてて猿耳の少年のもとへと駆け寄る。


 リシェは、マノの肩を支えながら、平野の先に視線を向ける。二人が走ってきた方向から、どしんどしん、と重い足音を立てながら、何者かが近づいてくる。


「ヴオオォォォ──ッ!!」


 追跡者は、獲物が脚を止めているのを確かめると、くぐもった雄叫びをあげる。屈強な肉体に、頭部には曲線を描く一対の角を持つ、野牛の獣人だ。


「──ヒッ」


 猿耳の少年が、おびえたようにひきつった声をもらす。目の前にいる草原の主は、二人の獣人が知っている本来の姿とは、見るからにかけ離れている。


 野牛の獣人の肌は血の気の引いた土気色となり、口元から狂犬病にかかったかのようにだらだらと唾液を垂らし続けている。


 屈強な体躯の男の双眸は淀んで白く濁り、視力を保っているのかすらあやしい。にもかかわらず、迷うことなく、まっすぐ二人の獣人に向かって歩を進めてきた。


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