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【離別】

「おまえ……セフィロト社のエージェント、か?」


 アサイラは、会敵したときに口にした質問を、再度たずねる。獣耳の女性は、返事をせずに沈黙を守り続ける。


(まあ、聞くまでもない……か?)


 女の首から下には、黒光りする装甲のコンバットスーツが身をおおっている。なにより、彼女が使った各種の兵器は、セフィロト社のものと考えるのが自然だ。


(……だが)


 年の頃は二十前後の女性が、熟練の特殊部隊員のごとき戦闘行動をとっていた。それが、アサイラには信じられなかった。


「勇者サマ。こいつ、やっぱり悪魔だ。むかし、長老が話していた」


 ワッカは、震えた声で話し出す。


「黒い鎧の悪魔が、おいらたちの仲間を、あちこちの集落を……焼いて回ったって。だから、いまは、おいらたちの集落しか残っていないって……」


 防護服越しでも、ワッカが震えているのがわかった。ワッカは、ガレキの山のなかからとがった金属片を拾い上げると、獣耳の女の顔に振り下ろそうとする。


 アサイラは、ワッカの腕を止める。


「勇者サマ! なぜ邪魔をする……」


「悪いな、ワッカ。こいつには、いろいろと聞かなきゃならないことがあるんだ」


 アサイラは獣耳の女を組み伏せたまま、視線を落とす。


「ここは、どこのどういう次元世界(パラダイム)か? おまえは、どうやってここに来た? どこに、どうやって帰るつもりだった?」


 浴びせかけられる質問に、いずれも女は沈黙を守り続ける。


 上天の雲の渦から、ばらばらと廃棄物が落下してくる。汚染空気の風が吹き抜け、文字通り、アサイラと女の肌を侵す。


 刺激性のガスが染みて、アサイラは思わず目をつむる。


(クソ淫魔がいりゃ、こういうとき早いんだが。それこそ、ニワトリと卵か)


 アサイラは、頭上をあおぐ。


「勇者サマ、防護服なしで央心地ちかくに長くいるのは危険だら。悪魔を身ぐるみはいで、とっととかえろう」


「こいつはどうするんだ。置いてきぼりか?」


「悪魔になにを聞いたって、まともに答えるはずがないだら!」


 ワッカが声を荒げる。アサイラは対応に悩みつつ、目元をこする。


 そのときに、上空に電光の走るさまが見えた。雲の狭間ではじける橙色の稲光とは違う。目を凝らせば、空間にノイズのようなものが走っている。


──バチバチ、バチィ!


 激しいスパークを伴って、空中に『扉』のようなものが具現化する。獣耳の女は目を見開き、ワッカはその場で腰を抜かす。


 それは、アサイラにとっては見慣れたものだった。ノイズときしみ音を立てながら、両開きの『扉』が口を広げていく。


「うわっ、くっさ! ひどい空気だけど……アサイラ、生きてる!?」


「ああ……生きている」


 アサイラは、扉の向こう側から聞こえてくる、すっかりなじみになってしまった腐れ縁の相手の問いかけに答える。


「遅かったじゃないか、クソ淫魔。もう少しで、本当に死ぬところだった」


「もう、これ以上できない、ってくらい急いだのだわ! 文句あるのなら、このまま扉を閉めるわよ!?」


 悪態をつきつつ、『扉』の向こう側から、一人の女性がガレキの大地に降り立つ。


 その女性は、ウェーブのかかったロングヘアに、紫色のゴシックロリータドレスを身につけている。


 アサイラの協力者、『淫魔』を名乗る女だった。


「ああ、もう! 目にも、鼻にもしみてくる! およそ、レディのいるべき場所じゃない……どころか、生物が存在できる環境じゃないのだわ!!」


「ところがどっこい、そうでもない」


 アサイラは、『淫魔』に対し、ワッカのほうを指し示す。当のワッカは、呆然と『淫魔』のほうを見上げている。


「女神サマ、だら……」


 感嘆の声をこぼすワッカに対して、はじめ『淫魔』は目を丸くし、やがて、極限環境に不似合いなスマイルを浮かべて応える。


「あら、よくわかったわね。アサイラよりも、よっぽど見る目があるのだわ」


「調子に乗るな、クソ淫魔」


「クソインマ? かわった名前の女神サマだら」


「こいつの軽口は、本気にしない!」


 アサイラは、汚染空気のなかでひとしきり笑い、軽くせきこむ。そして、自分の体重で組み伏せている獣耳の女エージェントを指さした。


「ちょうど、こいつを倒したところだ。推定、セフィロトエージェント」


「それは僥倖だわ。うら若い乙女に暴行するのは、感心しないけど」


「死にものぐるいでやって、このザマだ。そうでなければ、こっちが死んでいたか」


「……ふうん」


『淫魔』はすました表情で、ガレキ野原を見やる。


「そういうおまえこそ、よくここまで来れたな」


「苦労したの。感謝するのだわ」


「互いの手間賃で相殺して、チャラだ」


「グリン」


 突然『淫魔』は、両手で自分の長髪をかきむしる。


「あー、だめだわ! 全身がぴりぴりする……お肌が荒れちゃうのだわ!!」


「そろそろ、潮時か」


「勇者サマ……いっちまうだら?」


 ワッカのどこか無感情な声に答えぬまま、アサイラは錆びた金属片の地面のうえに立ち上がる。


 アサイラは、ぐったりと脱力した獣耳のエージェントを抱え起こす。女の全身を覆う漆黒のコンバットスーツを、無理矢理、はぎ取っていく。


 複合素材の装甲の断片を、ひとつひとつワッカのほうに放り投げていく。


 あとにはレオタードタイプのインナーウェアを身につけた獣耳の女の肢体があらわになる。腰元には、耳と同様に犬か狼のような立派なしっぽが生えている。


 女エージェントの首もとには、チェーンのついた金色のプレートがかかっていた。アサイラは、それを手に取る。獣耳の女性は、わずかに身じろぎする。


「いままで奪ってきた『社員証』と、色が違うか?」


「これ、スーパーエージェントの社員証だわ! アサイラ。あなた、ほんとうによく生きていたわね……」


 アサイラは、びっしりと文字が刻印された金色のプレートを懐に納める。ワッカのほうを見れば、防護服ごしでも戸惑いの気配を感じられた。


「ワッカ。こいつの装備品は、おまえが持って帰れ。悪くない収穫物だろ?」


「……勇者サマ」


「助けてもらって、急に立ち去って、すまないな。勇者と一緒に悪魔を退治して、お宝を奪い取った、ってみんなに伝えるといい」


「みんなには、勇者サマから言ってくれ! それに、女神サマのことだって、紹介したいだら……」


「これ以上、長居すると分かれづらくなってしまいそうだからな」


 ワッカを見おろすアサイラの背後では、『淫魔』が『扉』の構築に取りかかっている。普段よりも、集中を要している様子だった。


「アサイラ! その娘は、連れて帰って尋問するのだわ」


「この次元世界(パラダイム)からの脱出は、できるのか?」


「できる。少し荒れると思うけど」


『淫魔』の返答を受けて、アサイラは左腕一本で獣耳の女性を担ぎ上げる。


「それじゃあな、ワッカ。いろいろとありがとう。みんなにもよろしく伝えてくれ」


「あ、あァ……」


 ワッカは、言葉に詰まり、嗚咽をこぼす。アサイラは、気持ちを振り切るように発掘者(スカベンジャー)へ背を向ける。


 アサイラの眼前には、ノイズまみれの『扉』が具現化していた。


「通るなら、早く。維持するのも、けっこう大変なのだわ」


『淫魔』が、開いた『扉』の向こう側の空間から顔を出す。額には、わずかに汗がにじんでいる。アサイラは、『扉』のなかに足を踏み入れる。


「勇者サマぁ──ッ!!!」


 閉じる『扉』の隙間から、ワッカの叫び声が聞こえてきた。


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