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【逆手】

 ほとばしるマズルフラッシュ。牽制の三点バースト射撃が、汚染空気を引き裂く。


 アサイラは、敵の動きを察知して事前に横っ飛びし、銃弾を回避する。着地と同時に、左足に違和感を覚える。『固着』だ。


「ワッカ!」


「おうだら!」


 背におぶさった小人は、アサイラの肩に両手を突き、空中ブランコのような動きで背中を蹴る。その衝撃を受けて、アサイラの左足が前へと踏み出す。


「よし、いける! 動く!!」


 アサイラは、ふたたび左手一本で構えをとり、目前の敵に感覚を集中する。


 互いに円を描くようにゆっくりと動きながら、エージェントはときおりトリガーを引く。アサイラとワッカは、回避し、背中を押し、前に踏み出す、を繰り返す。


「チィ……ッ」


 演舞のごときやりとりを何度か繰り返したのち、しびれを切らしたかのか、ガスマスクのエージェントはアサルトライフルを放り投げる。


 コンバットスーツの左右のアタッチメントから、それぞれ一振りずつ軍用ナイフを引き抜く。


 研ぎ澄ませられた刃が、ゴミの狭間から噴き出す紫色の炎に照らし出される。


「ワッカ、降りろ! 出来るだけ、離れろ!!」


「どんがらだった!」


 小人は、アサイラの背から飛び降り、一目散に駆け離れていく。同時に、ナイフを両手に握ったエージェントが、一直線に突っこんでくる。


 アサイラは、両足をコンパスのように動かし、直径一メートルほどの円を描く。先ほどまでの戦闘から、この範囲では『固着』の恐れはない。


 エージェントの右手の刃が、アサイラの眉間めがけて突き出される。アサイラは、最小限の動きで身を傾けて、これをかわす。


 続いて、左から首筋を狙った斬撃が襲いかかる。アサイラの左肘が、相手の手首をはじく。


 エージェントは、二刀流のナイフで暴風のごとき連撃を繰り出す。対するアサイラは、左腕の動きと体さばきのみで、紙一重で回避していく。


「がんばれ、勇者サマ!」


 ワッカの必死の声援が、どこか他人事のように聞こえた。片腕のみのアサイラは、二振りの刃を巧みに操るエージェントを前に、防戦一方となる。


 急所や関節、筋を狙った攻撃をそらし、かわし、はじき返す。ときに肌が避け、肉をえぐられ、鮮血が飛び散る。


「……見えてきたか」


 アサイラが、ぼそりとつぶやく。エージェントは、かまうこなく心臓を貫かんと切っ先を突き出す。


 アサイラの左手の甲が、ナイフの刺突の軌道をそらす。そのまま、踏み込みとともに拳がまっすぐ伸びる。


──ゴンッ。


 鈍い音とともに、アサイラのカウンターがガスマスク越しの顎を打つ。


「……ッ!」


 一瞬たじろいだエージェントは、しかし、ためらうことなく両手の刃で同時に切りかかる。


「ウラア……ッ!」


 アサイラは、怒号とともにさらに踏み込み、相手の伸びきった両腕のさらに内側へと潜りこむ。全体重と運動エネルギーを乗せて、左ショルダータックルを叩きこむ。


「な……ッ!?」


 コンバットスーツのエージェントが、一歩退く。アサイラは、なおも踏みこむ。


「……ラアッ!!」


 左手刀が、エージェントの右手首に振り下ろされる。コンバットナイフの片割れが、地面にたたき落とされる。


 アサイラは、両ひざを曲げて、腰を沈める。左手刀は拳として握りしめられ、アッパーカットの態勢に入る。


「く……ッ!!」


 エージェントは、苦し紛れに大きくバックステップする。アサイラの渾身の一撃が、宙を切る。その瞳が、眼前の敵をにらみつける。


 ガスマスクのエージェントは、着地と同時に今度は前方へとステップする。アサイラの首を刈り取るような軌道で、回し蹴りが繰り出される。


 反撃を予期していたアサイラは、左腕でガードの姿勢をとる。そのとき、アサイラの視界に、想定外のものが飛びこんでくる。


 コンバットスーツの脚のすね。肉球型の跡が刻印されている。


「グヌゥ……ッ!!」


 アサイラの左腕が、エージェントの回し蹴りを受け止める。接触した腕と脚が、『固着』される。


 衝撃を上方に逃がすつもりだったアサイラは、それがかなわず、エージェントとともに空中で一回転する。


「……ヌギィ!?」


 そのままアサイラは、エージェントにマウントをとられるような形で背中から地面に落ちる。


『固着』によって左腕の動きを封じたまま、エージェントのコンバットナイフが必殺を確信し、眼前の頭蓋に向けて振り下ろされる。


「ウゥ──ラアッ!!」


 刹那、アサイラは思い切り右脚を伸ばす。足の裏が、コンバットスーツの腹部に突き立てられる。ダメージを与えることが、目的ではない。


 まだ残存する運動エネルギーが、アサイラの脚部を支点として、回転モーメントへと転化される。


 アサイラの巴投げのごとき動作で、二人はふたたびガレキをのうえを一回転した。


「う……ッ!?」


 エージェントは、苦しげにうめく。再度の空転ののち、ガレキの地面に背を突いたのは自分のほうだった。


 右脚を『固着』したまま落下したため、関節を痛めたようだ。鈍痛が響いてくる。


「……ガぼオッ!!」


 コンバットスーツ越しでも吸収しきれない衝撃が、腹部を襲う。ターゲットの右ひざが、落下の勢いごと叩きつけられた。


 胃酸が逆流し、ガスマスクの内側を汚す。自分を見おろすターゲットの姿が、バイザー越しに見える。


 しかし、相手にできたことは、自分にもできる。エージェントは、自由の利く右脚を使い、自分がやられたようにターゲットを投げ返そうとする。


 そのとき、異変に気が付いた。


「動かねえだろ……」


 息を荒げながら、自分にまたがる男がつぶやいた。


「正直、賭けだったがな……まあ、勝ったか」


 ガレキの地面に押しつけられたコンバットスーツの背面は、接着剤で張り付けられたかのように動かない。


「おまえ……最初に走り回りながら、『押して』いったか? 触れると動けなくなる、足跡。おまえ自身にも、効くわけか」


 ターゲット──アサイラは、ぜえぜえと苦しげに息をつきながら、言う。


「その背中の下にも、一個あった。ずいぶんと可愛らしい、肉球型のスタンプが」


 エージェントは、アサイラのわき腹に突き立てようと、左手のナイフを繰り出す。しかし、苦し紛れの一撃は、アサイラの左足に踏みつけられる。


「ウラァ! ウラウラッ ウラララア!!」


 左足を踏みにじったまま、アサイラは右のかかとを、ガスマスクにおおわれた顔面に繰り返し叩きつける。


 やがて、バイザーにひびが入り、柄を握る左手が脱力して、軍用ナイフがガレキのうえに転がり落ちる。腕と脚の『固着』が、自然とほどける。


 コンバットスーツのエージェントは、仰向けに倒れたまま、動かなくなった。相手の戦意の喪失を確かめて、ようやく、アサイラは不作法な蹴りを止める。


「勇者サマ、やった! かった! さすがだら!!」


「ワッ、カ……う、げほっ、げぼげほぉ!!」


 歓声を上げつつ駆け寄ってくるワッカを前に、アサイラは激しくせきこむ。


 アドレナリンの過剰分泌によって抑えこまれていた、戦闘の傷と汚染空気による苦痛が、どっとあふれ出すようによみがえる。


 ワッカが防護服のポケットから取り出した酸素ボトルを、アサイラは礼もそこそこに受け取る。吸入孔を口元に押しつけ、深呼吸すれば、苦痛も多少はましになる。


 アサイラは、大の字に倒れたままのエージェントを改めて見おろす。


「なんだ、こいつは。悪魔か、勇者サマ?」


「さあて、な。ともかく、聞きたいことは山のようにある、か」


 酸素ボトルをワッカに返すと、アサイラは万が一が起こらぬよう、エージェントの持っていたコンバットナイフを遠くに蹴り飛ばす。


 野蛮な蹴りを無数に受けて、べこべこに変形したガスマスクに指をかける。


「まずは、面を拝ませてもらうか」


 フルフェイスのガスマスクを、ひび割れたバイザーごと、力任せにはぎ取る。


「……ッ!?」


 アサイラは、息を呑む。漆黒の仮面の下から現れたのは、うら若い女性の顔だった。それだけではない。頭部からは、犬か狼を思わせる、獣の耳が生えている。


 顔中に無数の青あざを浮かべ、小刻みに震えながら、女はアサイラのことをにらみつけていた。


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