【固着】
「このワタシは、『シフターズ・エフェクト』と呼称しているかナ」
独力で世界間移動を果たした人間──パラダイムシフターは、世界法則に囚われない特異な能力に覚醒することがある。
その能力は千差万別で一概に分類することは出来ないが、おそらく、次元世界のくびきから解き放たれたことが原因だと推測できる。
以前、ドクターがそのように言っていた。
「──これが、こちらのシフターズ・エフェクトだ」
「初めて口をききやがったか。なにを言っているか、さっぱりわからねえがな」
アサイラが、漆黒のコンバットスーツがゆっくりと起きあがるのを見る。一時は完全な戦闘機械であることを疑ったが、どうやらそうではないらしい。
目前の敵は、ゆっくりと確かめるようにアサルトライフルのカートリッジを交換する。そして、銃口はまっすぐとアサイラへ向けられる。
「勇者サマ、逃げろ!」
遠くから、ワッカの叫び声が聞こえる。その通りだ。
銃弾をかわすために遮蔽を取るか、ガレキの穴に逃げ込むか、あるいは、狙いを定められないように動き続けねばならない。
「グヌゥ……」
アサイラは、うめく。
思考では理解していても、身体が動かない。右足の裏側だけが、地面にぴったりと張り付いて、離れない。
「勇者サマ、なぜ逃げない!?」
悲鳴にも似たワッカの声が、ガレキの山に反響する。アサイラは、必死に踏ん張り、右足を引き上げようとする。
──できない。
まるで、物理法則とはまったく違うルールに囚われたかのように、動かない。
額に幾粒もの汗を浮かべたアサイラは、前方を見やる。エージェントが、アサルトライフルのトリガーに指をかける。
「ク……ッ」
やむをえず、アサイラは身をひねり、体躯の側面を相手に向ける。相手に相対する面積を最少にし、そのうえで両腕を使って頭部とわき腹をガードする。
マズルフラッシュを伴いながら、乾いた銃声が反響する。フルオート射撃によってばらまかれる鋼の弾丸たちが、アサイラの身を引き裂く。
「ヌギイ──ッ!!」
アサイラは、被弾の衝撃で後方へと吹き飛ばされる。四肢のあちこちの肉が削りとられ、ガレキのうえに鮮血がまき散らされる。
(なにが……あった!?)
アサイラは、金属片の地面を転がりながら、片ひざをつく。とっさに、地面から離れた右足の裏を見る。
そこには、動物の肉球を思わせるような黒い跡が張り付いていた。それは、風に吹き飛ぶ塵のように、見る間に霧散していく。
「なにが、どうなって……いやがるッ!!」
アサイラは、傷口に汚染空気がしみる痛みに耐えながら、どうにか立ち上がる。
目前の敵は、グレネードを投げてくる。アサイラは、手刀で弾き飛ばそうと試みる。交錯の瞬間、手榴弾の側面についた肉球の跡を見る。
無害化できる距離まで弾き飛ばせるはずだったグレネードは、アサイラの右手にぴったりと固着する。離れない。
「グヌウッ!!」
アサイラの手元に張り付いたまま、グレネードは爆発する。アサイラの右手と前腕が、ひしゃげる。炸裂の衝撃で、その場に転倒する。
『淫魔』が言うには、アサイラの肉体は常人よりもはるかに頑丈に出来ているらしい。だからこそ、四肢の喪失はまぬがれた。
それでも、耐え難い苦痛に代わりはなく、戦闘中に右腕をふるうことも絶望的となった。
「ずいぶんと丈夫だな。やりすぎて壊す心配がない点は、安心した」
ガスマスク越しに、無感情な声が聞こえてくる。
「生け捕りにする気か。ここで殺しておいたほうが、安全じゃないのか?」
「こちらが判断することだな。そちらが、先のことを案じる必要はない」
アサイラは、敵エージェントをにらみ返し、立ち上がろうと左手を地面につく。先ほどと同じ違和感が走る。今度は、左手が離れない。
コンバットスーツのエージェントは、アサルトライフルのカートリッジを交換する。その動作には、余裕すらある。
アサイラは、とっさの防御手段を思案する。右腕は、使えない。左手は、動かない。そもそも、身をよじることすらままならない。
(……万事休すか)
絶望と諦観を前に、アサイラはまぶたを閉じる。
「勇者サマああぁぁぁ!!」
そのとき、ワッカの絶叫が聞こえた。アサイラが首をひねると、防護服のすそをひるがえしながら、発掘者が走ってくる。
「バカッ、死ぬぞ!?」
静止の声に聞く耳も持たず、ワッカはアサイラの側面に体当たりする。
二人は、ガレキの地面のうえをともに転がる。先ほどまでアサイラのいた地点にて、無数の銃弾が空を切る。
「左手が……動いたか?」
アサイラは、自分の左手のひらを見やる。右足や手榴弾のときと同じように、肉球型の黒い跡が付いており、すぐに消滅する。
(そういえば──右足のときも、自分の力では離れなかったのに、銃弾を受けたら吹っ飛ばされた……)
アサイラは、下半身の力だけでよろよろと立ち上がる。
(自分の力では離れないが、第三者がくわえた力ならば……?)
アサイラは、頭のなかで仮説を組み立てあげる。
根拠を集める余力には乏しいが、窮地の打破を賭けるには、十分だ。少なくとも、そう判断する。
「ワッカ! 俺の背中に、おぶされ!!」
「どんがらだった!」
ワッカは身軽に跳躍して、アサイラの背中にはりつく。
「しっかり捕まっていろよ……もし俺が動かなくなったら、おまえが俺を押して動かすんだ!」
「まかせろ!」
アサイラは、背中に小人を背負い、重傷の右腕をかばい、左手だけで構えをとる。そのまま、すり足でゆっくりと動き始める。




