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【要撃】

「……ここらへんに、落ちたはずだら」


 すでにガレキの山に頂にだいぶ近づいた地点で、ワッカはつぶやく。汚染の程度は、アサイラが落下した場所と同程度だ。


 すでに防護服では遮断しきれなくなっているが、アサイラにとっては、軽減してくれるだけでも十分ありがたい。


「あんだけ大きな布がくっついていたんだら。すぐに見つかりそうだら……」


 手にしたスコップでガレキの表面をかきわけるワッカを横見に、アサイラも周辺を探索する。


 少し離れた、比較的、平らになった地点で、アサイラは、足元に灰のようなものが付着しているのを発見する。


「燃やしたあと……あのパラシュートか? なんのために?」


 アサイラは、その場にひざをつき、痕跡を精査しようとする。


 刹那、正面からガレキがわずかに崩れる音を察知する。


 次の瞬間、周囲を切り裂くような銃声が響きわたる。


「──グヌゥ!?」


 アサイラは、とっさに横に飛び退き、ガレキの地面のうえを転がった。頭を狙った三点バースト射撃が、肩口をかすめ、鮮血がにじむ。


「勇者サマ! いまのおとは……!?」


「来るな、ワッカ! 下がっていろ!!」


 アサイラは、駆けつけようとする発掘者(スカベンジャー)を制止しつつ、ゆっくりと立ち上がる。


 対峙するように、ガレキのなかに身を隠していた射撃者が姿を現す。


 漆黒のコンバットスーツに、フルフェイスのガスマスクを装備し、手にはアサルトライフルを構えている。


「……セフィロト社の、エージェントか?」


 アサイラの誰何に答える代わりに、アサルトライフルのトリガーが引かれる。ふたたび、三点バーストで銃弾が放たれる。


「ヌギィ……ッ!!」


 横っ飛びで回避を試みたアサイラのわき腹を、銃弾がえぐる。防具服の布地が吹き飛び、激痛が走る。


 アサイラは傷口を片手で押さえつつ、正面の敵をにらみつける。


「まあ、誰かなんて聞く必要もない、か……比喩じゃなくて、本当に地獄の果てまで追ってくるとは、さすがに思わなかったぜ……ッ!」


 ガスマスクの敵は少しも言葉を発さず、戦闘機械のように無感情に銃口をアサイラへと向け続けている。


「せっかく仕立ててもらって心苦しいが……四の五の言っている場合じゃない、か!」


 アサイラは、被弾してできた破れ目から、引きちぎるように防護服を脱ぎ捨てる。


 腐食性の毒ガスが全身をさいなむが、身動きを制限されたまま、銃弾になぶり殺しにされるよりはマシだ、と判断する。


 アサイラは、徒手空拳の構えをとる。過酷な環境を敵に回しながらも、感覚を研ぎ澄まし、推定エージェントの動きを捉えようとする。


「グヌ……ッ!?」


 アサイラが防護服を脱ぎ捨てたのを見るや否や、ガスマスクの敵は、重装備をものともしない俊敏さで走り始める。 


 アサルトライフルの引き金が引かれる。アサイラを中心として旋回するように走りながら、フルオート射撃で銃弾がばらまかれる。


「……チイッ!」


 アサイラは、その場で小刻みなステップを踏みながら身を動かし、敵の狙いをそらそうと試みる。


 四方八方から襲いかかる銃弾は、かろうじて急所にこそ当たらないものの、全身の肌を切り刻んでいく。


 くわえて、激しい運動に伴い呼吸が荒くなれば、それだけ汚染空気が強く肺腑を蝕んでいく。


(長期戦は……不利、か!)


 アサイラは、猛攻をかいくぐり、自分の間合いに踏みこもうと、すきをうかがう。


 と、鉛玉の暴風雨が、唐突に静止する。


(……弾切れか?)


 再装填のすきを突いて反撃に転じようと、アサイラは腰を落とす。敵は、ゆっくりと歩幅を狭め、やがて足を止める。


 だが、アサイラが期待するリロードの動きは見せない。黒光りする銃口の照準を、ぴったりとアサイラの正中線に合わせ続けている。


 アサイラは、アサルトライフルの銃身下部に装着された機器に気がつく。


「グレネードか……ッ!!」


 アサイラが叫ぶと同時に、銃口が真上にずれる。アサイラの頭上めがけて、擲弾が射出される。


 天を仰ぐアサイラの視線の先で、グレネードが破裂する。


 内側から広がったワイヤーネットが四方に大きく展開し、アサイラにおおい被さるように落下する。


「グヌゥア──ッ!?」


 ガレキの荒野に、アサイラの悲鳴がこだまする。ターゲットに絡みつき、動きを封じる投網から緑色の電光が放たれる。


 ネットを構成するワイヤーに高圧電流が走り、アサイラの身をさいなむ。


 コンバットスーツの敵は、身悶えるアサイラの姿を見据えながら、悠々とアサルトライフルの銃弾カートリッジを交換する。


「ギ、ギギ、ギギィ……ッ」


 アサイラは、怨嗟にも似たうめき声をもらしながら、激しく身悶える。


 高圧電流、ネット、この次元世界(パラダイム)の汚染空気──すべてが、アサイラにとって最悪の相性をもって、牙をむく。


(全部、俺をしとめるための……お膳立てだったって……わけ、か!)


 投網と電圧で身動きを封じられたアサイラは、その場に倒れ伏す。


 この場で、引導を渡されるか。それとも、生け捕りにされるのか。どちらにせよ、最悪の展開であることは間違いない。


 そう思った瞬間、アサイラの真下のガレキが奇妙な音を立てる。刹那、真円を描くように穴が開き、アサイラはガレキの地面の下へと落ちる。


「グ……ッ。ヌウ……」


「おい、勇者サマ! だいじょうぶだら!?」


 ワッカの声が聞こえる。アサイラは、どうにか顔をあげる。


 電磁ネットから逃れたアサイラは、ワッカとともに、モグラが掘ったかのような小さなトンネルのなかにいた。


「ギ、ギィ……この穴、ワッカが……掘ったのか?」


「穴掘りは、発掘者(スカベンジャー)の得意技だら!」


 誇らしげな声のワッカは、酸素ボトルを差し出す。アサイラは、感謝の言葉を告げる間もなく、荒く息継ぎをする。


 清浄な空気が、アサイラの思考をクリアにしていく。


(あの野郎は、当然、このくらいで見逃してはくれないだろう……)


 アサイラとて、やられっぱなしで終わるつもりなどない。一呼吸ついたアサイラは、酸素ボトルをワッカに返しつつ、話しかける。


「ワッカ、これから言うようなことはできるか?」


 アサイラは、防護服越しにワッカに耳打ちする。小人の発掘者(スカベンジャー)は、うなずきを返す。


「……まかせるだら!」


「よし、いくぞ!」




 ガスマスクのエージェントは、電磁ネットの着弾地点に空いた穴に銃口を向けて、ゆっくりと旋回していた。


 偶然の崩落にしては、あきらかに出来すぎだ。


 戦闘に入る直前、ターゲットは原住民と行動をともにしていた。ならば、その協力によるものと考えるのが自然か。


 プランの修正を思案するコンバットスーツのエージェントは、突如、自分の背後に気配を感じる。


「ウラア!!」


「……ッ!?」


 エージェントが背にした地面に穴が空くと同時に、ターゲット──アサイラが、直上に跳び蹴りを放つような態勢で飛び出す。


 ガスマスクのエージェントは、前転し、かろうじて致命的な一撃を回避する。


 振り向きざまに三点バースト射撃をするが、機敏な身の動きのターゲットには命中させられない。


「チッ、かわされたか。まあ、かわすよな」


 アサイラは、強がるような笑みを浮かべる。


 コンバットスーツのエージェントは、アサルトライフルを構えつつ、真横に疾走する。フルオート射撃のトリガーを引こうとする。


 そのとき──


「……ッ!!」


 ボコォ、と音を立てて、進路の先をふさぐようにガレキの地面に穴が空く。


 エージェントは、反射的に足を止め、方向転換しようとする。そのすきを突き、アサイラが間合いを詰める。


「ウラア……ッ!!」


 フルフェイスのガスマスク側面めがけて、大降りの拳が襲いかかる。エージェントは後方に飛び退き、ぎりぎりでかわす。


 牽制の三点バースト射撃を放とうとしたとき、足元からわずかな音が聞こえる。ふたたび、狙い澄ましたように穴が口を開く。


 コンバットスーツのエージェントは、落下こそまぬがれたが、銃口の照準はずれ、弾丸は見当違いの地点を穿つ。


「ウ……ッ、ラア!!」


 ミサイルのごとき勢いで、アサイラの跳び蹴りが飛翔する。


 肩口にかすりつつも、かろうじて回避したエージェントは、間合いを取ろうと獣のように駆けはじめる。


 先回りするように、ガレキの斜面に陥井が開く。


「チイ……ッ!!」


 ガスマスクの下からでもわかるような舌打ちを響かせ、エージェントは腰のポーチからグレネードを取り出す。


 信管を抜き、目前の穴の底へと放りこむ。コンマ五秒後、いままで空いた穴々から、一斉に白煙が噴き出してくる。


 一番離れた穴から、ボロのような防護服に身を包んだ原住民──ワッカが、飛び出すのが見えた。


 エージェントは、ターゲットの処理に移ろうと背後を振り返る。


 その視線の先には、いままさに飛び迫る、アサイラの蹴りがあった。


「ウウゥゥゥ! ラアアァァァ!!!」


 アサイラの渾身の跳び蹴りが、ガスマスクにおおわれた顔面に叩きこまれる。


 ビル解体用の鉄球が直撃したかのような衝撃を受けて、エージェントは後方に十メートルほど吹き飛び、そのまま仰向けでガレキ野原に倒れる。


「やっただら!!」


 離れた地点から一部始終を見届けていたワッカが、歓声を上げる。


 アサイラは、蹴りの反動で後方へと跳び、着地と同時に残心の構えをとる。そのとき、アサイラは自分の右足の違和感に気がつく。


「……ッ?」


 右足が、動かない。先ほどまでの戦闘で傷を負ったわけでも、着地のさいにくじいたわけでもない。


 接着剤で張り付けられたかのように、右足の裏が地面から離れない。


 額に冷や汗を浮かべるアサイラの視線の先で、漆黒のコンバットスーツを身にまとった敵が、ゆっくりと起きあがる。


「……『狩猟用足跡ハンティング・スタンプ』」


 ガスマスク越しのくぐもった声で、しかし確かに、エージェントはそう言った。


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