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【潜行】

「それじゃあ、みなさ~ん。聞こえてますかぁ?」


 幼児に語りかけるような、間延びした『淫魔』の声が管制室に響く。


「入り口をロックして、その上から、いすとか、机とか、書類棚とかかき集めて、バリケードを作るのだわ。あ、システム制御が得意な人、一人は残ってね」


『淫魔』の命令に従って、職員たちは、のろのろと立ち上がり、管制室の入り口を閉鎖しにかかる。


 壁一面に張りつめられたモニターを前にして座る一人の男のほうに、『淫魔』は悠然と近づいていく。


 魅了され、だらしなく口を開いた男は、いくつものコードが機材に接続されたヘルメットを頭部に装着してる。


「脳波コントロールシステムだわ。さすがセフィロト社、進んでる」


『淫魔』は、感心したようにうなずいてみせる。


「よし……施設外へのゲートを開くのだわ」


「む、む……無理、です……」


『淫魔』の命令に対して、脳波制御ヘルムを装着したオペレーターは、ろれつの回らない言葉で返事をする。


「いいから、やる!」


「は、は……はひぃ……」


 思考から直接入力されたコマンドコードが、モニターに表示されていく。しばしの沈黙。そして、警告音が響く。


<権限不足>


 赤い文字が、モニターに映し出される。


「どういうことだわ! ここは、管制室じゃないの!?」


「そ、そ……外へのゲートの開閉には、スーパーエージェントクラスの権限が……必要、なんですぅ……」


「はあっ? どんだけ見られたくないのだわ!?」


 スーパーエージェント以上ともなれば、セフィロト社のなかでも片手で数えきれるほどの、超上級幹部だ。


「施設内部の警備はそれほどでもないからって、甘く見ていたのだわ……」


『淫魔』は額を抑えつつ、天井を仰ぐ。そうこうしているうちに、管制室の入り口が騒がしくなる。


 廊下側から、扉を荒っぽく叩く音がバリケード越しに響く。どうやら、異常を察知した警備兵が集まりはじめている。


「あなたたち、バリケードを押さえるのだわ!」


『淫魔』は、魅了した他の職員たちに命令すると、ふたたびオペレーターのほうに向き直る。


「ともかく! 私は、外側に行かないといけないのだわ! なにか方法はない!?」


「ありま、せぇん……そもそも、外壁ゲートは、本来……開閉することを想定して、いないんですぅ」


 管制室の扉を叩く音が、ますます大きくなる。もはや、ノックのレベルではない。廊下側から、無理矢理、破ろうとしている。


「ああ、もう! なにか、なにか手は……ッ!!」


『淫魔』は、髪をかきむしる。ふと、手の動きを止める。目を見開き、脳波制御ヘルムを装着したオペレーターのほうを見る。


「……私は、人間の精神のなかに潜りこむことができる……そして、いま、この男は精神とシステムを直結している……これって、もしかして……」


『淫魔』は、オペレーターの前にひざをつくと、目と鼻の先にあるズボンのベルトを外し、股間のチャックを降ろす。




 管制室に爆発音が響き、バリケードが押さえていた職員ごと吹き飛ばされる。


 続いて、プロテクターとアサルトライフルで完全武装した警備兵たちが、管制室になだれこんでくる。


「フリーズ!」


 先陣を切った警備兵が、銃口を構えつつ、警告の声を張り上げる。もっとも、管制室に、動く人の姿はなかった。


 警備兵たちの目に入ってきたのは、扉を爆破したさいに飛び散ったいすと机、書類棚。一緒に吹き飛ばされ、気を失った職員たち。


 そして、脳波制御ヘルムを装着したまま、ズボンをおろし、だらしなく口を開いてよだれを垂らしているオペレーターの姿だった。




『淫魔』は、海のなかのような、あるいは無重力空間のような場所を漂っていた。身にまとう衣服は、着慣れたゴシックロリータドレスに戻っている。


 ここは、オペレーターの男の精神世界。自身の存在ごと、ここに潜りこむのは『淫魔』にとって慣れた手管だ。


「問題は、ここから先だわ……」


『淫魔』は精神世界の先に、無機質な光の漏れる穴のようなものを見つけ、そちらに向かって飛翔する。


 そこには、人間の精神世界では見かけない、トンネルのような空間がつながっている。『淫魔』は、おそるおそる指を差しこんでみる。


「……抵抗感は、ない」


 意を決して、『淫魔』はトンネルのなかに踊りこむ。『淫魔』の精神体は、拍子抜けするほどスムーズに、チューブ状の空間を泳ぎ進んでいく。


 やがて『淫魔』は、広大な空間に出る。そこには、格子状に電光が走り、プログラムらしき文字列が宙を泳いでいる。


 少なくとも『淫魔』には、そう見えた。


「上手く……いった!」


 肉体を喪失した精神体であるにも関わらず、『淫魔』は鼓動の高鳴りを感じる。


 女性職員やオペレーターから読みとった情報をもとに、『淫魔』は方向の目測をつけて、情報空間を泳ぎ始める。


 セキュリティプログラムらしき文字列が、触手のように伸びて、異物である『淫魔』を捕らえようとする。


 蝶のように身を翻して、『淫魔』はゆうゆうと回避する。


 網の目のような文字列となって進行路をふさぐプログラムも、わずかな隙間を見つけだし、『淫魔』はするりとくぐり抜ける。


「コンピュータのプログラムって、魔法文字(マギグラム)と似ているのだわ」


『淫魔』は、率直な感想をもらす。背後から、無数のセキュリティプログラムが異物を捕らえようと群がってくる。


「……じゃあ、こういったこともできる?」


 指先に意識をこめて、『停止』を意味する魔法文字(マギグラム)を空中に描く。


『淫魔』の描いた文字列は、情報空間のなかで輝き出す。とたんに、追いすがるセキュリティの触手の動きが鈍る。


「よぉし! 待っているのだわ、アサイラ……たっぷりと、埋め合わせはしてもらうんだから!!」


 システムの果てを目指して、『淫魔』は空中遊泳の速度を増していった。


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