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【微酔】

「だいじょうぶかい? いたんだりは、しないかい?」


「痛みは残っているが、動くことはできる。だいじょうぶだ」


 どうにか動けるようになったアサイラは、小人たちに食堂へと案内された。天井の低い廊下を、ひざを曲げながら歩き、腰を落として扉をくぐる。


「おお、お客人。意識がもどられたか」


 相変わらず頭上は窮屈だが、横には広い空間の奥に、長老格らしき小人が座しており、アサイラに声をかける。


 見回せば、集落に住む小人全員が集まっているようだ。この部屋は、おそらく食堂として使われているのだろう。


 アサイラは、車座に腰をおろす小人たちの真ん中を見る。顔に浮かんだ微笑みが、ひきつる。きつい化学薬品のような臭いが、鼻を突く。


「どうした、お客人? アンタサマのぶんも、よういしてある。遠慮はいらん」


 食堂の中央には、ひび割れ、金継ぎで修繕されたセラミック製の食器に、食料らしきものが並べられている。


 梱包に穴の空いた缶詰やレーション、汚染空気にさらされ変色したドライフード、純粋に腐りかけの食材、それらを煮込んだ毒々しいスープ……


 彼らにとっては、当たり前の食事……あるいは、ごちそうに分類されるものなのだろう。小人たちは、歓談しながら食料らしきものを取り分けていく。


「お客人。病み上がりなんだから、たくさん食べて、栄養をとれ」


「ああ、それよりも……ガレキの山から、俺をここまで運んでくれたのは誰なんだ? 礼を言わせてほしい」


 アサイラは腰を下ろして車座に加わりつつも、どう見ても自分の口には合いそうにない料理から話題をそらそうと試みる。


「んん、どんがらがった」


 車座のなかから、ヘドロのような色合いのスープを美味そうにすする小人が顔を上げる。ちぢれた焦げ茶色の髪を、短く刈そろえていた。


「おいらだら」


 そう答えつつ手をあげた彼は、他の小人たちと身長は変わらないが、肩幅がひろく、がっしりとした体つきをしている。


「この集落の発掘者(スカベンジャー)、ワッカだ。この食料も収穫物も、彼がガレキの山から発掘してきたものだ」


 見れば、小人たちの料理に並ぶように、無数のガラクタが積み上げられている。


「へへ、礼にはおよばないだら。この世界は、助け合わなきゃ生きていけない」


 長老にそう紹介された小人──ワッカは、どこか誇らしげだった。他の小人たちもワッカに一目置いていることが、雰囲気から伝わってくる。


「……だが、礼は言わせてもらう。おかげで命を拾った。ありがとう」


「へへへ」


 ワッカは、照れくさそうに頭をかいた。アサイラは、あらためて収穫物──種々雑多なガラクタの小山を見やる。


 ひび割れた時計、ねじれた工具、破けた衣類……部品の欠けた自転車もあれば、動くか定かでないエンジンらしきものもある。


 錆にまみれてトリガーを引けるかわからない拳銃に、どう見ても壊れているコンピューター、それらに混じって飲料らしきボトルも幾本かあった。


「アンタサマ。なにか、欲しいものでもあるだら?」


 アサイラの視線に気がついたワッカが、声をかけてくる。


「なあ、長老。この人にも、わけてあげてもいいだろ? お近づきのしるしだら」


「もちろんだとも。お客人、なにか必要なものがあったら、とっておくれ」


「そいつは重ね重ね、ありがたい……そうだな」


 アサイラは、ガラクタの山をあらためて吟味する。自分の肉体のなかには、まだ重い鈍痛が居座っている。鎮痛剤でもあればいいのだが……


「……こいつが、いい」


 飲料ボトルのなかから、アサイラは一本のガラス瓶を選び取る。奇跡的に無傷で、密閉が保たれ、瓶の内側では琥珀色の液体が輝いている。


 アサイラがウイスキーの瓶を手に取ると、周囲の小人たちがざわめき出す。


「大事なものだったのか? だとしたら、戻すが……」


「そうではない。だが、お客人……よもや、それを飲むつもりではないな?」


「これは、飲み物ではないのか?」


 長老の問いかけに、アサイラは怪訝な表情を浮かべる。小人たちは、蒸留酒というものを知らないのだろうか。


「それは、毒だら。飲んじゃあ、ダメだ」


 ワッカが真剣な目つきで、アサイラに語りかける。周りの小人たちも、ワッカに同調して声を上げる。


「のむと、くらくらする。のどが、かわく。のみすぎれば、死ぬ」


「よい香りがするが、だまされちゃいけない。香水には、いい」


「水とちがって、火がつくぞ。着火剤にもいいな」


 小人たちは口々に、アサイラが手にした琥珀色の液体の危険性を主張する。アルコールは毒であるわけだから、小人たちのいうことも間違っているわけではない。


 どうやら、ここの住民には酒を嗜好品とする習慣がないらしい。あるいは、体質的に酒精を受け付けないのか。


 思考を巡らせるうちに、アサイラは全身の鈍痛と倦怠感が重くなるのを感じる。


 周囲の反発を無視し、アサイラはウイスキーボトルの栓を開け、琥珀色の液体をあおる。小人たちが、目を丸くする。


「うわあああ! お客人が、毒をのんだあ!?」


「いまなら、まだまにあう! はきだすんだ!!」


 周囲の小人たちが、アサイラを止めようと群がる。当のアサイラは、かまうことなく、瓶の中身を三分の一ほど、飲み干す。


「ふうぅぅ……」


 アサイラはボトルから口を離し、一息つく。小人たちは、静まりかえる。


「……死なない?」


「毒をのんでも、死なない。汚染空気のなかにたおれても、生きている……!」


「勇者だ……お客人は、勇者サマだった……ッ!!」


 沈黙から一転、小人たちは一斉に沸き立つ。


「なあ。こいつも、もらっていいか?」


 アサイラは、ウイスキーのチェイサーにしようと、ミネラルウォーターのボトルを指さす。小人の長老は、深々とうなずく。


「真水は、我らにとって一番の貴重品……だが、だからこそ、勇者サマへの贈り物にはふさわしい」


 長老自ら差し出した水のボトルを、アサイラを感謝しつつ受け取る。


 ウォーターボトルもまた、奇跡的に機密が保たれていた。あるいは、ワッカが見渡すばかりのガレキの大地から探し出したのか。


 アサイラは、ボトルを開封し、中に満たされた甘露をあおる。毒に侵された肉体に、汚れのない純粋が染み渡る。


「まったく……感謝しても、したりない、か」


 ウイスキーの酒精が身体に回り、しつこくまとわりつく鈍痛を鎮めてくれる。周りでは、小人たちがかすれ声で歓声をあげ続けている。


「勇者サマ! 勇者サマだ! ワッカが、勇者サマを連れてきた!!」


 アサイラは、ゆっくりとまぶたを閉じる。心地よい酩酊に包まれて、穏やかに眠気がやってくる。


(これじゃあ、どっちが助けられた側だか、わからない……か)


 アサイラの口元に、自然と微笑みが浮かぶ。精神は、そのまま苦痛を忘れて、まどろみのなかに落ちていった。


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