【家路】
「様子見か? だが、おれっちの間合いだぜ、これがな」
トゥッチは、ドローンのうち一機をマニュアル操作する。接近者の直上で、XY座標を正確に一致させる。
タブレット型デバイスを介した操作に応じて、ドローンが自爆する。風船が、巻きこまれて破裂する。中空に、灰色の石柱が具現化する。
「ハメ殺しだ!」
巨大な判子を押印するかのように、石柱が接近者に向かって落下する。その様子を、周囲の無数のドローンカメラが、機械的に撮影し続ける。
──ズウゥン。
トゥッチの場所まで響くほどの振動をともなって、石柱が地面に突き刺さる。
だが、接近者の身体を叩き潰すには至らなかった。黒髪の青年は、間一髪のタイミングで横に跳び、質量体の直撃を回避していた。
「やるなあッ! だが……次はない、これがな」
トゥッチは、ターゲットの上空にありったけのドローンを集合させる。回避させる余地のない、飽和面攻撃だ。
「んん……なにをしてやがる?」
無人機の空撮カメラは、接近者の行動を捉え続けている。映像のなかで、黒髪の青年は、落下してきた石柱に、くりかえし、くりかえし、拳を叩きつけている。
「気でも触れたか、これがな……まあ、いい。今度こそ、確実に100%、ハメ殺しだァーッ!」
上空で等間隔に整列したドローンに、トゥッチは一斉爆破のコマンドを送る。青い空に火花が飛び散り、漆黒のガスを充填した風船が破裂する。
虚空から生じた灰色の石柱が、間断なく荒野に降り注ぐ。地震のような衝撃がトゥッチのもとまで伝わってくる。空高く、土煙が立ち昇る。
トゥッチは、勝利を確信する。あとは、ドクターの孫娘を保護するだけだ──そう思ったため、土煙が晴れたあとも、異常を察知するのが遅れた。
石柱群の中央、接近者がいた付近の石柱が、斜めに傾いている。逃げ込む場所が生じないように、計算された配置で起爆したにも関わらず、だ。
「んん……まさか!?」
ようやく、トゥッチは気づく。ターゲットがひたすら殴り続けたことで、一発目の石柱はわずかに傾いていた。
ほんの少しだけの傾斜が、後発の石柱と接触し、軌道をずらし、地面に小さな間隙を生じさせた。わずかな空間でも、人が一人逃げ込むには十分だった。
「──ウラアアァァァ!!」
石柱群の中央から、渾身の雄叫びが響く。落下し、接触の衝撃で砕けて生じた巨大な石柱片を、青年が抱えあげ、真上に向かって放り投げる。
灰色の質量体の影から、今度は青年自身が跳躍する。頂点まで昇りきり、落下してきた石柱片に、彼は右脚を叩きつける。
「ウラアッ!!」
「なにぃ──ッ!?」
蹴り飛ばされた石柱片が、まっすぐトゥッチに向かって飛翔する。
「うわベらア!!」
トゥッチは、質量体の直撃を受ける。さいわいにして下敷きとなることはまぬがれたが、そのまま衝撃で後方に吹き飛ばされて、意識を失った。
黒髪の青年──アサイラは、セフィロトエージェントのもとに近づく。エージェントは、頭皮と編み込んだ毛が縞模様に見える、独特のヘアスタイルをしていた。
エージェントが目を覚ます様子がないことを確認すると、ひざを突き、漆黒の防刃コートのふところをまさぐる。
アサイラは、内ポケットから銀色に輝くネームプレートを発見し、回収する。
「あの……すいません」
背後から声をかけられ、アサイラはとっさに振り向く。戦闘直後の警戒心が勝ったが、よく聞けば敵意も屈託もない声色だった。
「……なにか、用か?」
アサイラから少し離れたところに、サイズの合わないだぼだぼの作業着を来た少年が立っていた。
少年の琥珀色の瞳と、短い栗毛の髪が、この次元世界、グラトニアの人間であることをうかがわせる。
「僕は、フロルと言います。さきほどの戦いを、見ていました。ひとつ、お願いしたいことがあるのですが……」
少年は真摯な態度で、アサイラに対する言葉を紡いでいった。
「んん……むにゃ」
まどろみのなかにいた少女は、心地よい倦怠感を覚えながら、まぶたを開く。自分が、誰かにおんぶされていることに気がつく。
「わあ……っ。お兄ちゃん、だあれ?」
少女──ララは、寝ぼけ眼で自分を背負う背中に問いかける。
「フロルって少年に頼まれた。お嬢ちゃんを、街まで送ってほしい、ってな」
「そっか……そういえば、フロルくんに、ちゃんとお礼言ってなかった……」
ララは、眠たそうにまぶたをこする。
「眠っていても、いいぞ」
「うぅん……だいじょうぶ。もう、夕方かあ……」
ララは、首を横に向ける。自分を背負う青年は、麦畑のなかの道を歩いていた。
「……きれい」
オレンジ色の夕陽が、麦の穂を染め上げ、さながら、あたり一面が、黄金のじゅうたんで敷き詰められたかのような光景が広がっている。
「あんなところに、一人で行くと危ないぞ」
「うん……今度は、おじいちゃんと一緒に行くね……」
ララは、口元を手でおさえながら、あくびをする。
「……ララのおじいちゃんはね……とっても、すごい人なのよ」
「そうか」
それから、ララを背負った青年は、しばらく無言で歩き続けた。やがて、遠くに都市部の外壁が見えてくる。
黒髪の青年は、背中の少女を道のうえに降ろす。ララは、自分をここまで運んでくれた青年を見上げる。
「俺の見送りは、ここまでだ。一人で街まで戻れるか?」
「うん、だいじょうぶ……」
少女の返事に、青年はうなずく。そのままララを置いて、都市とは真逆の、夕陽が沈む方向へと歩いていく。
「ありがとう、お兄ちゃん……またね。フロルくんにも、よろしくね」
ララは、青年の背中に声をかける。都市の外壁を見て、ふたたび青年のほうに向き直ると、そこにはもう、誰もいなかった。
少女は、一人で、グラトニア・リゾートに向かって歩き始める。夕陽が赤く染まり、空の蒼が暗くなり始めるころ、ララは都市の正面ゲートへたどりつく。
「ララ!」
聞き慣れた声が、少女の名を呼んだ。正面ゲートの前には、白衣を身にまとった白髪のかくしゃくとした老人が立っていた。
白衣の胸元に止められた金色のプレートが、夕陽の名残を反射する。
「おじいちゃん!」
少女は、白衣の老人のもとに駆け寄る。老人は、少女を抱き上げる。
「無事に帰ってきてくれてよかった。心配したんだぞ?」
「んん、ごめんなさい……おじいちゃん」
「いいんだ。こうしてちゃんと、戻ってきてくれたんだから」
「うん……あのね、おじいちゃん。ララね……すごい大冒険だったんだよ」
少女の言葉を聞いた老人は、にいっ、と笑ってみせる。
「そうか! 夕食をとりながら、このワタシにたっぷりと聞かせてくれるかナ」
「うん!」
周囲の麦畑は、すでに夕闇のなかに沈んでいる。少女と老人は、ゲートをくぐり、人工的な灯りが輝きはじめた都市部へと戻っていった。




