【史跡】
「んん……っ」
ゲートをくぐったララを、視界一面の麦畑が出迎える。吹き抜ける風が、麦の穂と、少女の髪を撫でていく。少女は、帽子を手で押さえる。
一帯の麦畑は、この次元世界にセフィロト社が入植する前から現住している人間の食糧となっている。
一方、都市へは、一部の天然食材をのぞき、セフィロトの子会社が運営する食糧工場から供給される。
「そこらへん、システムを統一したほうが効率的だと思うんだけど……」
ララは、率直な意見を口にしながら、歩き始める。はじめてみる麦畑は魅力的な風景だが、少女の目的地はもっと先にある。
広大な次元世界だ。リゾート都市から離れた場所では、セフィロト社の資本によって、工場地帯や採掘施設も開発されているらしい。
一時間ほど歩いただろうか。ララは、ようやく麦畑地帯を抜ける。舗装されていた道路は、土を踏み固めただけの原始的なものに変わる。
「わあ……わあっ! すごい!!」
少女は、瞳を見開き、歓声を上げる。緑色の下草が生えた荒野、所々に露出する石灰岩、その果てにはめまいを起こすような地平線がまっすぐ伸びている。
記録映像以外では、ララがはじめて見る光景だった。
「たたっよ、たったたたっ。もう少し」
少女は、鼻歌交じりで、足取りも軽く歩き始める。そして、問題に直面する。
「……どっちに進めばいいのかしら?」
荒野に踏み出したララは、早々に方向感覚を喪失した。人工の居住区で育った少女に、野外の探索経験はない。
そうでなくても、広大な平地で目印となるものも少ない地形では、道に迷うのも無理はなかった。
「GPSを使うと、ララの居場所が一発でバレちゃうだろうし……」
ララは、うらめしく自分の端末を見つめると、周囲を眺めやる。
「……迷子になったら、人に道を聞け、ということね!」
周囲に、人影はない。それどころか、都市を出てからここまで、人の子一人、見てはいない。
「原住民の人に、教えてもらえるといいんだけど」
ララは、目的地への道程を尋ねるために、あてもなく歩き始める。ところどころで、放置され、朽ちかけた石造りの遺跡を発見した。
「もったいなあ。資料価値は、高いと思うんだけど」
少女はつぶやきながら、原住民の家屋跡と思しき建造物を見やる。
やがて、脚が疲れを覚えはじめたころ、ララは荒野の片隅にぽつんとたたずむ人影を見つけだした。
「わあっ、やった!」
心なし早足となりながら、少女は一直線に向かっていく。近づくに連れて、風貌が見えてくる。
サイズの合わない、だぼだぼの作業服を着た少年だった。年の頃は、ララと同じか、もしかしたら年下かもしれない。
少女は親近感を覚え、自分と反対方向を向いていた少年の背に声をかける。
「こんにちは!」
「ぎゃむっ!?」
少年は、露骨に驚き、あわててララのほうを振り向く。少女は、屈託のない笑顔を浮かべて、少年と目を合わせる。
「驚かせて、ごめんなさい。あのね、ララ、道を教えて欲しいんだけど……」
少女の問いかけに、少年は首をひねる。ララは、うなずきを返す。
「この近くに、セフィロト社が入植するまえの、グラトニア共和国時代の遺跡があるでしょう? ララね、そこに行きたいの」
少女の言葉を聞いて、少年は顔をしかめる。ララがきょとんとした表情を浮かべると、少年の瞳には困惑の色が浮かぶ。
「うん、知っているよ……わかった、案内する。ついてきて?」
「わあっ、やったあ! あ……お名前を聞いても、いいかしら?」
「……フロル」
「フロルくんね! ララの名前はね……」
「ララ、だよね?」
少女は、舌を出し、頭に手を当て、照れ隠しの表情を浮かべた。
「わあ、わあっ! わあ──っ!!」
ララは、豪華なおもちゃを前にした子供のように、目を丸くして歓声を上げる。
フロル少年の案内のもと、たどりついた遺跡は、平地のなかで少しくぼまった地点の影にそびえ立っていた。
「グラトニア共和国の、ってララは言っていたけど、正確には共和制に移行する以前、建国王時代に造られた遺跡だよ。共和国時代には、記念碑として……」
「もっと近くで見せてね!」
フロル少年の解説もそこそこに、ララはくぼ地を転がるようにしてすべり降りていく。少年も、あわててララのあとを追う。
少女は、遺跡の根本から10メートルを越える石造りの尖塔を見上げる。
「わあっ! 保存状態も良好……大事にされてきたんだね」
「グラトニア人の誇りだからね。ララも、傷をつけたりしないでよ?」
「もちろん! 現場保存は考古学の基本、ということね!」
ララは目を細めて、尖塔を凝視する。石造りの水路が絡み合ったような構造体だ。実用的というよりは、なにか儀式的な意味合いがあったのだろう。
一部を見つめているぶんは問題ないが、尖塔の全体を視界に収めていると、めまいがしてくる。
基本的に、水路が直角に折りたたまれながら螺旋状に昇っていく造りなのだが、見ているうちに、右巻きなのか左巻きなのか、わからなくなる。
少女は遺跡の周囲をぐるぐると回り、携帯端末で写真を撮りまくる。ポーチから、手帳とペンを取り出すと、何事かをメモしはじめる。
フロル少年は、ララの背後から手帳をのぞき見たが、そこには奇妙で複雑な数式が書き殴られ、意味を理解することができない。
「わあっ! これって、もしかして魔法文字じゃない!?」
水路の内側をのぞきこんでいた少女が、うわずった声で歓声をあげる。
「マギ……なんだって?」
「はげかかっていて、ほとんど読みとれないけれど、ユグドライト含有の塗料が使われていたみたい。サンプルを解析してみたいけど、それはまた今度かな……」
年相応に興奮しながら、学者のごとき知見を次々と口にするララを、フロル少年は呆然と見つめる。
そうこうしているうちに、ララは石造りの尖塔に張りついて、遺跡上部に登ろうとし始める。
「ララ! なにをしているんだよ、落ちてケガしたらどうするんだ」
少女のスカートのなかが見えそうになって、フロル少年は慌てて止めに入る。ララは、しぶしぶ登攀を断念する。
「フロルくん。この遺跡、『不可能物体』になっているんじゃない?」
少女は、感極まった声音で困惑する少年に語りかける。ララは、携帯端末のモニターをフロル少年に見せる。
液晶画面には、回転するワイヤーフレームが映し出されているが、それの意味するところを少年は理解できない。
「さっき撮った写真と計算結果で簡易モデルを作ってみたんだけど、シミュレーター上での構造がかみ合わないの」
早口でしゃべり終えたララは、ふたたび石造りの尖塔を見上げる。
「やっぱり、上から見てみたいなあ。足場を作らないと無理かしら。遺跡のどこかに、はしごみたいなものが付いていたりしない?」
少女は、フロル少年のもとを離れて、遺跡周囲の観察を再開する。ララの姿を見守る少年の作業着のポケットで、何かが小さく振動する。
フロル少年は、ポケットのなかから、バイブレーションで着信を告げる小型の導子通信機を取り出し、少女に見えないように耳に当てる。
『──どうした、フロル! 早く、小娘を捕まえろ──』
「……了解」
少年は、困惑の表情を浮かべて、通信を切る。意を決し、気配を殺して、遺跡の裏側にいる少女のもとへと接近する。
そこには、尖塔の根本にもたれかかり、電池の切れたおもちゃのように眠りに落ちたララの姿があった。




