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【揚々】

「お二人には、お世話になりました。この御恩は、決して忘れません」


 浴室で身を清め、旅装と手荷物を整えたミナズキは、アサイラと『淫魔』と呼ばれる女性に対し、深々と頭を下げる。


「それじゃあ、もといた陽麗京じゃなくて、別の次元世界(パラダイム)に行く、ってことでよいわね? 行き先は、私に任せる、と」


「はい。陽麗京に戻っても、どうせお尋ね者ですし、ほかの世界の存在など、此方はいましがた知ったくらいですから」


「……ん」


『淫魔』は、微笑みながらうなずき、右手をかざす。伸ばした手の先の空間に、『扉』が浮かびあがる。


 虚空に現れた『扉』をくぐる前に、ミナズキは、なにかを思い出して自分の荷物をまとめた包布の中身をまさぐる。


「これ、御礼です」


 ミナズキは『淫魔』に、漆黒の延べ棒のようなものを手渡す。『淫魔』は受け取り、しげしげと興味深げに眺め、やがて瞳を丸くする。


「すごッ! これ、高純度のユグドライトじゃない!?」


「宝蔵院から、ちょろまかした霊墨です。此方も、それくらいの仕事はした、と自負していますから」


「この様子なら、ほかの次元世界(パラダイム)に行っても、やっていけそうだな」


 アサイラは、ミナズキと笑いあった。




 天文寮に当直する役人は、仮眠から目を覚ます。漏刻の水位が、夜明けの時刻を示している。


 水時計によって時を測り、都に昼夜を報せる業務は、天文寮の重要な仕事のひとつだ。陽麗京が朝と昼を失ってからは、形骸化した勤めではあるが。


 寝ぼけまなこをこすりながら、役人は寝具から這い出し、鐘楼へと向かう。


 太陽と月が姿を隠し、星の瞬きも頼りないとあれば、どれほど時刻がずれているか確かめることもなかわない。


 もはや、なれてしまった倦怠感を味わいながら、役人ははしごを登り、鐘付き台へとあがる。ふと、都を見回すと、見慣れぬものが目に飛び込んできた。


「ん……?」


 役人は、我が目を疑い、まぶたをこする。東の山の向こうが、白んでいる。呆然と見つめるうちに、まばゆいばかりの輝きが顔を出す。


「……朝だ! 夜明けが、来た!!」


 役人は言葉に詰まりながら、力の限り鐘を突く。


 都の露地に力なく横たわっていた浮浪者は、陽麗京に響きわたる刻報せの音で目を覚まし、夜明けに気がつく。


「お、おぉ……!」


 浮浪者は、青みがかった天をあおぎ、しわだらけの頬をゆるめる。双眸からは、幾粒もの涙がこぼれ落ちる。


「ありがたや……ありがたや……!」


 炊き出しの時刻を目前にした寺院では、僧侶と貧民がそろって境内に並び、太陽に向かって手を合わせていた。




「ふむ。麻呂が神祗官に命じていた祈祷が、効を奏したようですな」


 中納言、マサザネが、したり顔を扇で隠しながら、他の貴族たちを見回す。


 この場では、陽麗京の一年ぶりの夜明けを前にして、帝と上級貴族たちの緊急会合が執り行われていた。


「や。なにを隠そう、我が一族の秘伝の儀式を、密かに進めておりまして」


「なにを申しますやら。余が雇った当代一の法師、かの仕事に他なりませぬ」


 他の貴族たちが、久方ぶりの黎明は自らの手柄だ、と競い合うように主張し始め、すぐに場は収拾がつかなくなる。


 符術之守、ミナズキと、検非違使之輔、シジズが姿を消したことなど、もはや、気にするものもいなかった。


「静粛に、静粛にせぬか! 陽麗帝の御前であるぞ!!」


 右大臣が、どうにか場を収めようと声を張り上げる。


「……帝?」


 左大臣が、御簾のなかに座す君主の様子をうかがう。


「よかった……」


 陽麗帝は、涙をこぼしつつ、一言だけつぶやいた。




「あ、虹だ!」


 空を見つめていた子供の一人が、声をあげる。蒼天を取り戻した陽麗京をまたぐように、上空には七色の橋がかかっている。


 その虹橋のうえを、旅装に身を包んだミナズキが歩いている。さんさんと降りそそぐ陽光は、もはやまぶしいくらいだった。


「楚々、揚々」


 ミナズキは、強い日差しを受けて双眸に手をかざしながら、都の様子を見下ろし、天を仰ぎ、満足げにつぶやく。彼女の顔には、笑顔が浮かんでいる。


 長耳の符術巫は、まだ見ぬ次元世界(パラダイム)へ向けて、虹の橋のうえを確かな足取りで進んでいった。


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