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【貪喰】

 アサイラが、ミナズキの前に立ちふさがる。瑠璃の円筒の陰から、三本の矢が飛んでくる。


「ウラァ!」


 風切り音を響かせて、アサイラの手刀がすべての矢をたたき落とす。


「どれ。おれぁ、かくれんぼが苦手ってわけじゃあないんだぜ。ただ、これだけのデカブツと一緒にかくれるわけにはなあ」


 ゆらり、と姿を現した武官束帯の偉丈夫は、シジズだった。アサイラは、拳を構え、いつでも駈け出せるように腰を落とす。


 シジズは、にたにたと笑いながら手にしていた長弓を投げ捨てると、ぼりぼりと鼻の頭をかく。


「長期の潜伏ミッションだからな。銃器の類は、持ち込みが許可されなかった。まさか、こんな原始的な武器の使い方を、いちから訓練するとは思わなかったぜ」


 殺気を張りつめたアサイラとは対照的に、シジズは悠然とした様子で、円筒の構造物の根本に歩み寄る。


「どれ。ここで殺し合うなら、偽装工作の手間がはぶけるぜ。得物なんかも、関係なくなるしな……ッ!」


 シジズは、構造物に取り付けられた車輪状の部品を両手でつかむ。アサイラが、走り出す。シジズは構うことなく、輪を回す。


──ぬるり。


 円筒から少し離れた管の先端から、蛭の怪物が五匹、這いだしてくる。極彩色の妖魔は、アサイラの進撃をさえぎるように身をのたうつ。


「来い……ッ!」


 シジズが、叫ぶ。毒々しい巨蛭は、声の主に従い、身を這わせる。


 ミナズキの長くとがった耳は、耳障りな羽音を聞き止める。シジズの振るう太刀の音とは、違う。奇妙な羽音は、シジズの全身から響いている。


 やがて、奇怪な軟体生物は、シジズの全身にまとわりつき、鎧のように密着する。根源的な嫌悪感をもよおす不気味な姿に、アサイラもその場で足を止めた。


「どれ、着心地は最悪だぜ。だが……『鳴動操置(ウィスパーベイビー)』は、十全に機能しているッ!」


 顔だけを外部に出して、それ以外は蛭の魔人とでも言うべき姿となったシジズは、にたりと笑う。


 シジズは、自分の腰のあった場所に軟体生物の腕を突っ込むと、粘液まみれとなった太刀を引き抜く。


「ここには、次元世界(パラダイム)のエネルギーを吸収する生物が棲みついていてな。希少な存在だぜ。セフィロト社は、その培養と制御の研究をしていたわけだ」


 したり顔で講釈するシジズに対して、アサイラが踏み込む。


「……ウラアッ!」


 シジズの腹部をえぐるように、アサイラの鉄拳がたたきつけられる。打撃音が……響かない。アサイラの手首まで、軟体生物に呑み込まれている。


「ググ……ヌギギギッ!」


 アサイラは目を見開き、額に脂汗を浮かべて、苦悶の声をこぼす。対するシジズは泰然とした表情で、眼前の男を見下ろしている。


「抜けねえだろ。おれぁ、痛くもかゆくもないんだぜ?」


 シジズの瞳に、侮蔑の色が浮かぶ。


次元世界(パラダイム)のエネルギーは、生命のエネルギー。当然、他の生命体から吸収することも……できるんだぜッ!」


 アサイラは、蛭巨人の腹部から、必死に拳を引き抜こうとする。粘液にまみれた手首が外気に触れるが、その速度は遅い。


「このまま、干からびるのを待つのも面白そうだが、後顧の憂いがないように……首を斬り落とすことにするぜ!!」


 振り上げられたシジズの太刀が、甲高い羽音を立てる。刃の輪郭が、揺らめく。アサイラは、焦りの表情で人型の蛭を見上げる。


「──征けッ!」


 ミナズキの鋭い声が、渓谷に響きわたる。白くしなやかな指先から、五枚の呪符が投げ放たられる。


 呪符は、五匹の鷹へと変じ、シジズへと飛びかかる。翼を、爪を、くちばしを刃に叩きつけ、羽音の太刀に引き裂かれながらも、必死に斬撃を阻害する。


「チイッ! しゃらくさい真似をしてくれる、ぜッ!!」


 蛭につつまれたシジズの逆腕が、空中をなぎ払う。わずかにかすめただけで、式神たちは霊力を喪失し、たちまち鷹としての姿を消失する。


「ギヌヌヌウゥ──グアッ!!」


 そのわずかな隙をついて、アサイラは両足を踏んばり、左手で右ひじをつかみ、渾身の力で右拳を引き抜こうとする。


 気味悪い燐光をともなった粘液ををまき散らしながら、軟体巨人の腹部より、アサイラの右手が解放される。


 アサイラは、勢い余って後方に回転する。間一髪、アサイラがいた場所に、シジズの太刀が遅れて振り抜かれる。


「どれ。命拾いしたようだぜ、小僧?」


「クソが……ッ」


 シジズは挑発的に笑い、アサイラは悪態をつきながら、右手を抑える。アサイラの右手は、死体のように血の気が引いて蒼白になり、けいれんしていた。


「徒手空拳が、てめえの武器か? 片方、使えなくなっちまったぜぇ?」


 巨蛭の鎧に守られたシジズは、太刀を振り上げ、勝ち誇る。アサイラは、右手をかばいながら、間合いを取ろうと後退する。


「逃げても、無駄ってやつだぜ! お目こぼしがあると思うな……ん。待て、どうした……おい。やめろ」


 アサイラを追いつめようと、悠然と歩を進めていたシジズが、突如、足を止める。


「なんだ、これは。なにが、起きた……『鳴動操置(ウィスパーベイビー)』のコントロールが? まさか、脇腹を殴られたときに……ッ!?」


 シジズをおおう蛭状の妖魔たちが、びくびくと身を震わせる。唯一、外気に触れていたシジズの顔面が、巨蛭の粘液と肉のなかに呑み込まれていく。


「やめ、や、あ、あぁ、アアァァァ──ッ」


 ミナズキは、異様な光景を目の当たりにして、あらためて身の毛を逆立てる。先ほどまで霊感で関知できていた、シジズの霊力が、一瞬のうちに消滅した。


「──喰われた」


 ミナズキは、シジズの身に起こった結末を直感する。


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