表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/434

【元凶】

「だいじょうぶか?」


 見慣れぬ風貌の青年が、ミナズキに対して右手をさしのべる。ミナズキは、自分がいまだ、尻もちをついた格好のままであることに気がつく。


「あ……ありがとうございます」


 ミナズキは、青年の手をつかみ、立ち上がらせてもらう。ひざが、情けなく笑い続けている。


「此方は、ミナズキと申します。あの……よろしければ、貴台の名を伺っても……」


「……アサイラ」


 青年は、ぶっきらぼうに答えた。そして、ミナズキに背を向ける。その背中は、大きくたくましい。


「おまえが、どういう事情なのかは知らないが……俺のほうは、さっきの野郎に用がある。これから、追跡する必要がある、か」


 アサイラと名乗った男は、腰を落とし、駆け出そうとする。


「お待ちください!」


 ミナズキが、アサイラを呼び止める。異貌の青年は、長耳の符術巫を振り返る。


「此方も、アサイラさまに同行します。一緒に、行かせてください」


「さっきのやりとりを見ていなかったのか? 命の奪い合いになる。危険だぞ」


「見たところ、アサイラさまは陽麗京の人間ではないでしょう。土地勘のある道案内が、必要ではありませんかしら?」


 ミナズキは、精一杯の強がりで笑ってみせる。アサイラの、どこか蒼みがかった黒い瞳が、ミナズキの顔をじっと見る。


 やがて、アサイラは前を向き、片ひざをつく。ミナズキに対して、自分の背中を叩いてみせる。


「その脚では、歩くのも難しくないか? 俺に、おぶされ」


「は……はいッ!」


 ミナズキは、アサイラに言われるまま、その背中に身を預ける。


「行くぞ。しっかり掴まっていろ」


 アサイラは、ひざを曲げてばねをためると、ミナズキの体重をものともせずに地面を蹴って、跳躍する。


 予想外の衝撃に、ミナズキは思わず、アサイラの身体に巻き付けた腕の力を強める。アサイラは大路の塀のうえに着地し、再度、跳躍する。


 敷地の内側、屋敷の屋根に着地すると、アサイラは足場の悪さをものともせず疾走を始める。


「……どちらに行けばいい?」


「このまま、まっすぐ……此方の推測ですが、シジズさ……いえ。あの男は、北の霊山へと向かったはずです……ッ!」


 アサイラは、さらに速度をあげる。ミナズキはふりほどかれないよう、必死にしがみつく。


 視界の下で、かがり火を手にした追っ手たちが二人を発見し、大声を上げている。なかには矢を射かけるものもいるが、アサイラの速度を捕らえられない。


「……おまえ、強盗でもしたのか? ずいぶんと抜き差しならない状態だな」


「おまえ、ではなくて……ミナズキ、と名でお呼びください……ッ!」


 もたつく追っ手をしり目に、アサイラは、邸宅の屋根から屋根へ、さらには大路をまたいで塀から塀へと身軽に飛び移る。


 ミナズキも目を見張る、アサイラの驚異的な身体能力をまえに、宮中の追跡者は手も足も出ない。


 森のなかを全力で移動する猿のごとく、アサイラとミナズキは、追っ手たちをぐんぐんと背後へと置き去りにする。


「すごい……ッ!」


 ミナズキは、目を丸くしてつぶやく。アサイラの反応はない。ミナズキの控えめな胸が青年の背に密着し、鼓動が重なり合う。


 たくましい背中に、ミナズキは不思議な安堵と憧憬を覚える。


(……父上におんぶされているみたい)


 ミナズキと養父は、本来であれば孫と祖父ほどの歳の差があった。ミナズキが、養父におぶられた記憶はない。


(なのに……この懐かしさは、なにかしら)


 ミナズキが不思議な物思いにふけるあいだも、アサイラは走り続け、やがて都の北端にまでたどりつく。


 アサイラは、陽麗京を囲むひときわ高い外壁を、軽々と飛び越える。ミナズキを背負ったまま、都の外側、枯れた下草の地面に、悠々と着地する。


「ミナズキ。ここから先も、まっすぐでいいのか?」


 息を切らす様子もないアサイラは、一度、足を止めてミナズキに尋ねる。


「はい。このまま進めば、北の霊山……『禁足地』とも呼ばれる場所です。山道になりますゆえ、多少、入り組んではおりますが……」


 ミナズキは、漆黒の闇のなかにたたずむ北の霊山を見上げる。


「アサイラさま。此方の脚は、もうだいじょうぶです。ここから先は、自分で歩きます」


 申し出を受けて、アサイラはミナズキの意志を尊重し、背中から降ろす。ミナズキは、しっかりとした足取りで地面に立つ。


──ゾワッ。


 足の裏が地面にふれた瞬間、ミナズキは身の毛がよだつ感触を味わう。


 大地の霊力が、驚くほど薄い。にもかかわらず、土中の霊脈が病的なほどに鼓動を刻んでいる。


(まるで……国中から、霊力を吸い上げているような……)


 物心ついたころから、符術や霊力と戯れてきたミナズキにとっても、初めて味わう感覚だった。霊力の流れは、やはり『禁足地』に向かっている。


「顔色が悪いぞ。歩けるのか?」


 アサイラの声を聞いて、ミナズキは我にかえる。


「……支障は、ありません。此方も、シジズ──あの男に、会わねばならない」


 ミナズキは沓を脱ぎ、裸足となる。宮仕えの履き物で山道は歩きにくいし、なにより、地面に直接ふれたほうが、霊脈の挙動を正確に捉えられる。


「行きましょう。此方が先導します」


 アサイラの先に立って、ミナズキは歩き始める。夜目の利く瞳が、闇のなかで、道の上に残された馬の足跡を見つける。


 ひづめの跡は、まだ新しく、ミナズキの予想通り北の霊山に向かっている。霊脈の流れとも、おおむね一致する。


 二人は、『禁足地』の境界である山裾を進む。やがて、霊山の中腹にさしかかろうというころ、眼前に広がる渓谷が見えてくる。


「……あれは……なにかしら?」


 ミナズキは、思わず歩を止めて、つぶやく。渓谷の奥から、光が見える。ろうそくやかがり火よりも強い、在りし日の星々を思わせる輝きだ。


「なにかがあるのは、間違いない……か」


 アサイラは、ミナズキを追い越して、渓谷の底へと続くがけ道を降り始める。ミナズキも、それに続く。


 まともに整備されていない獣道を、二人は黙々と進む。


「はあ……はあ……ッ」


 疲労の色がにじみ始めたミナズキに、アサイラは歩速をあわせる。ゆっくりと時間をかけて、二人は『禁足地』の中央にたどりつく。


「まぶしい……ッ!」


 ミナズキは、思わず双眸に手をかざす。渓谷の『そこ』は、陽麗京の住人が味わったことのない、強烈な光に満たされている。


「これは……工場、培養槽か?」


 アサイラが、目を細めて、眼前の巨大な構造物を見上げる。曇りない透明な瑠璃の円筒が、そびえ立っている。


 構造物の根本には、金属製の管がいくつもうねってつながっている。その奇怪な大樹を、地上の太陽のごとき灯火が照らし出している。


 円筒の内側は、空洞のようだった。中に、なにかが満たされている。光に目が慣れてきたミナズキは、凝視する。


「……ッ!?」


 吐き気と嫌悪感を覚え、ミナズキの手が口元を抑える。構造物の中身は、最初、極彩色に輝く液体かと思った。違う。


 瑠璃の円筒の内部で、液体かと思っていたものが、うねり、のたうち、うごめいている。人ほど大きさもある蛭状の生命体が、無数に詰まっていた。


 霊脈の病的な鼓動が、いっそう強くミナズキに伝わる。陽麗京の、世界中の霊力が、この構造物と怪物のもとへ吸い込まれていることを直感する。


 多かれ少なかれ、この世に存在する万物は、霊力を持つ。すなわち、生命力と言い替えてもいい。


 それが、吸い尽くされるとすれば──世界は、死ぬのだろう。太陽は昇らなくなり、月は姿を隠し、やがて星々も輝きを失って──


「これが……『常夜の怪異』の元凶……?」


「下がれ、ミナズキ!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ