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【交錯】

「仕止め損ねたか。おれぁ、どうにも詰めが甘くていけねえぜ」


 シジズは、悪鬼のごとき凶暴な笑みを相貌に浮かべる。十年以上の付き合いがありながら、ミナズキが初めて見る表情だった。


 検非違使之輔の変貌と同様に奇異なのは、その右手に握れた太刀だ。ぶれて輪郭が定かではない刃から、羽虫の群のような耳障りな音が大路に響いている。


「ミナズキ。いまの式神の動き、てめえの指示じゃあなかったな? どれ……となると、あのジジイが呪符に手を加えていたか」


「ジジイ……? 父上のこと?」


 ミナズキは呆然とつぶやく。シジズは意に介する様子もなく、左手の人差し指で自分の顎の下をぼりぼりとかく。


「まったく、死んでも喰えねえジジイだ。ミナズキも、ミナズキだぜ。エルフの美人とくりゃあ、愛妾として囲ってやってもよかったのによ」


「えるふ……? シジズさま、貴台はさきほどからなにを」


「どれ。気にしなくてもいいぜ、ミナズキ。てめえは、すぐに処分する……ったく、順調だったのに、こんなところでケチがつくとはよ」


 シジズは、耳障りな羽音を立てる太刀を上段に構えて、ミナズキににじりよる。ミナズキは後ずさろうとするも、腰に力が入らない。


「あの抜け目ないジジイを出し抜いて、秘伝書をパクって、セフィロト本社に送って……まあ、いいさ。ビッグプロジェクトに、トラブルは付き物だぜ」


「秘伝書……ということは、食糧召還の儀式の項が付け加えられたことや、『禁足地』の記載が抜け落ちていたことも、まさか……シジズさまが!?」


「なんだ、そこまで気づいていたのか……ったく、あのジジイあって、この娘あり、だぜ。正確には、本社の技術解析部の仕事だがな」


 羽音の太刀を手にした偉丈夫は、ミナズキの細首を確実に斬り落とせる距離まで間合いを詰める。


「プロジェクトの完了まで、この次元世界(パラダイム)を活かさず殺さず、ってのが本社の方針でな。食糧の供給源を握るのは、支配の常套手段だぜ?」


「シジズさま! 検非違使之輔まで登り詰めた貴台が、いったいなぜ、そんなことを!! それに、せふぃろとか、ぱらだいむとは、いったい……!?」


「言ったぜ。気にしなくていい、ってな」


 シジズの瞳が、殺意を宿す。ミナズキは、死を覚悟する。


 同時にミナズキは、奇妙な光景を見る。シジズが振り上げた羽音の太刀の、さらに向こう側、墨で塗りつぶしたような空に、なにかが浮いている。


 門か、木戸か。とにかく、そういった形状の『なにか』が、天の闇に張り付いている。


 臨死の幻影かと、ミナズキは思った。しかし、その『なにか』は、確かにきしみ音を響かせて、門か、木戸のように開かれた。


「……ッ!? 厄日か、今日は!!」


 ミナズキより遅れて、シジズも気づき、顔をあげる。


 観音開きとなった向こう側の空間から、なにかが落ちてくる。ミナズキは、それが人である、ということだけ理解する。


「──ウラアッ!」


 落下してきた男が、雄叫びをあげる。直下から見上げるシジズに対して、まっすぐ拳を振り下ろす。


「チイィ……ッ!?」


 シジズは舌打ちしつつ、とっさに横に飛び、大路のうえを転がる。


 落ちてきた拳は、さきほどまでシジズがいた場所に叩きつけられる。路上を大きくえぐれる鈍い音が響き、土埃が周囲に舞う。


「はずしたか」


 謎の人影が、闇のなか、ゆっくりと立ち上がる。ミナズキは、声色で男性と判断した人の姿を、あらためて見やる。


 かがり火に照らし出されるその姿は、男性であるのは間違いないが、じつに奇妙な風貌をしていた。


 藍色の下袴は、ぴったりと脚に張り付くような形状をしている。上半身をおおう袍も見たことのない作りで、これまた身体の線がよく見える。


 黒い髪は、結うわけでもなく、女髪のように伸ばしながら、耳の下あたりで短く切りそろえられている。年の頃は、ミナズキと同じていどか。


 少なくとも、陽麗京や都の周辺に住まう人間の格好ではなかった。


「災難ってやつは、立て続けに起きるぜ……どれ。てめえ、何者だ?」


 シジズは、首の後ろをかきながら、立ち上がる。


「おまえこそ、なんだ。セフィロトエージェントか?」


 相対する男が、誰何に対して誰何で返す。黙り込むシジズに対して、青年は検非違使の右手に握られた太刀を指さす。


「振動剣、っていうのか? その武器、どう見ても、この次元世界(パラダイム)で造られたものじゃねえだろ」


「……ずいぶんと、お詳しいもんだぜ」


 シジズの太刀は、相も変わらず、耳障りな羽音を立て続けていた。奇怪な刃の持ち主は、足下に唾を吐き捨てる。


「なるほど。蒸気都市のエージェントをやったっていうのは、てめえか。本社からの情報なら、すでに届いているぜ」


 無骨な両手が羽音の太刀の柄をつかみ、シジズは上段に構える。


「どれ。てめえをぶっ殺して査定ボーナス、と前向きに考えるとする、ぜッ!」


 シジズが、斬りかかる。相対する青年も、同時に踏み込む。男の足が、路面の土を大きくえぐる。牛馬よりも、はるかに力強い。


「死ねえアァァ!」


 シジズが、咆哮する。


 謎の青年と検非違使之輔が、交錯する。羽音の太刀を、シジズは振り下ろそうとする。刹那、対する男が手刀を打ち込む。


「──なあッ!?」


 シジズは目を見開く。青年の手刀が、太刀の柄に叩きつけられ、甲高い音が響く。シジズは体勢を崩し、謎の男はさらに一歩、踏み込む。


「ウラアァァ──ッ!!」


 旋風のごとく腰を回転させて、青年の拳は、大槌のように力強くシジズの脇腹に穿ちこまれる。


「うベラあぁーッ!?」


 シジズは、胃液を吐瀉しつつ、苦悶の表情を浮かべて三歩後退する。青年は、いっさいの容赦なく追撃の態勢をとる。


 そのとき、シジズの束帯の袖から、なにか丸い物体が足下に転がり落ちる。青年は、とっさに歩を止め、両腕で顔をおおう。


──カッ!


『常夜の怪異』におおわれて以来、見たことのない鮮烈な閃光が、二人の男の足下からほとばしる。ミナズキの視界が、白い煌めきにつぶされる。


 目をくらまされたのは、青年も同様だった。ミナズキは、頭を降り、どうにか視力を取り戻そうとする。


 ミナズキが、おぼろげながらも周囲の様子を捉え始めたとき、シジズの姿はすでにない。ただ、遠ざかる馬の蹄の音だけが聞こえてきた。


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