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【荒廃】

 ミナズキは、背後に気配を感じて振り返る。そこには、侍女装束に身を包んだ女性の姿があった。


 彼女もまた、ミナズキの式神だ。炊事洗濯、身の回りの世話を任している。侍女の式神は、ミナズキの前に盆を置く。


 盆には、粥の入った椀、香の物が載った小皿、漆塗りの箸が置かれている。


「いただきます」


 ミナズキは誰に言うともなく頭を下げると、箸と椀を手に取り、簡単な食事を取り始める。


「此方が小食でよかった」


 ひとつの都市、ひとつの国を養うために、一人くらいが食事を控えたところでどうなるものでもないが、ミナズキは自分の体質に感謝する。


「ごちそうさま」


 さほど時間をかけずに、ミナズキの夕餉は終わる。箸と椀を盆のうえに戻すと、ミナズキは侍女に目配せをする。


 女の姿の式神は、委細を承知したようにうなずくと、空の食器を下げる。すぐに侍女は、ミナズキのもとに戻ってくる。


 式神は、両手で持った水の張られた占盤を床に置く。用を終えた侍女は、影に消えるように退室していく。


「シジズさまに知られたら、なにを無駄なことを、と笑われるかしら」


 ミナズキは水盤に向き合うと、口元を手でおおい、呪言を唱える。円形の盤に薄く満ちた水に、波紋が広がる。


「……往け!」


 庭に向かって、ミナズキは四枚の呪符を投げる。空中で呪符は三羽の鷹へと姿を変じ、闇夜に向かって舞い上がる。


 ミナズキは、あらためて水盤の表面に視線を落とす。水面には、三羽の式神の視界が入り交じって映し出される。


「わずかでもいい。怪異の手がかりになるものが見つかれば」


 ミナズキの思念の応じて、三羽の鷹は、それぞれ東西南に進路を取る。鷹の式神は、山を、森を、川を越え、都から離れた土地を飛翔する。


「ひどい……」


 水盤に映る式神の視界を見て、ミナズキは思わずつぶやく。都周辺もまっとうな状態とは言い難いが、さらに離れれば目に余る荒廃が広がっている。


 田や畑といった耕作地は、とうに放棄され荒れるままとなっている。


 陽光を失った寒さのなかで暖をとろうと、薪を求めて樹々は切り倒され、禿げ山となった峰が目立つ。


「……人の気配すら、ろくにない」


 南方を飛ぶ鷹の瞳が、山麓にたたずむ村の姿を捉える。集落の様子を確かめようと、ミナズキの意思が式神を降下させる。


 鷹は、朽ちかけた家屋の上に止まり、周囲を睥睨する。


「う……ッ」


 ミナズキは、思わず口を抑える。飢えて死んだ躯が、いくつも埋葬されることなく転がっていた。家畜の肉を喰らい、それでも食糧は尽きたのだろう。


 静寂に満ちた村のなかで突然、がたん、と音が響く。ミナズキの思念に応じて、鷹は音の方向に顔を向ける。


「あ……ぁ、あ……」


 無人かと思ったあばら屋から、一人の男が這い出てくる。飢餓の果てに枯れ枝のように萎れた肉体は、まともな声を発することもできない。


「おいおい、待て。どうせ、死ぬんだ。遅いか、早いかの違いだろぉ?」


 這い逃げようとする男を追って、もう一人の男が姿を現す。手には太刀。盗賊のたぐいだろうか。


「こんな村から奪うものなんて、ないでしょうに」


 ミナズキの口から、率直な感想がこぼれでる。狼藉者が舌なめずりをする様が水盤に映されて、ミナズキはおぞましい答に思い当たる。


「人を、食べる気だ……!」


 反射的に、ミナズキは鷹の式神を盗賊へ向かってけしかける。


「な、なんだ。こいつは!? 鳥畜生は……屍肉でもつまんでやがれッ!!」


 狼藉者が、力任せに太刀を振り回す。ミナズキの霊力がこめられた式神は機敏に旋回してかわしつつ、顔面に爪を突き立てる。


「痛え! やめろ、やめろォ!!」


 盗賊は、顔を手でおおいながら走り去る。その背後で、飢えた村人はこときれていた。


 ミナズキは深いため息をつくと、三方それぞれの式神を星の輝きも弱々しい上天へ飛び上がらせる。


「ひどい荒れ果てよう……世界が、死に絶えていくみたい……」


 だが、その元凶となるものは見つけられない。術者の迷いを反映するように三羽の鷹は、空高くを旋回し続ける。


「やはり、あの場所を調べるしかないかしら」


 ミナズキは、意を決して北方の山麓──『禁足地』へと式神を飛翔させる。


『禁足地』は、足を踏み入れることはもとより、占卜や符術による観測も禁じられている。露見すれば、ミナズキも厳罰をまぬがれないだろう。


「だとしても」


 ミナズキは、都の上空を南から北へ向けて三羽の式神を滑空させる。陽麗京を越えて、北の霊山が鷹の目に映る。


 水盤に映しだされる光景のなかで、山麓がぐんぐんと近づいてくる。ミナズキは、山間の渓谷の狭間から、わずかに光がもれている場所を見つける。


「きゃあッ!?」


 式神の視界が突如かき乱れたかと思うと、水盤のうえにバチバチと電光がほとばしる。ミナズキは反射的に、袖で顔をおおう。


 ふたたび水盤に視線を落とせば、そこには天井とミナズキの顔を映し出すばかりとなっていた。


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