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【符術】

 月のない暗闇のなか、かがり火と長弓を手にした検非違使たちが、山中の八角堂を守護している。


 本来、都の警備を任務とする検非違使にとって、このような警備は管轄外だ。にも関わらず、屈強な男たちは慣れた表情を浮かべている。


(そも、いまの陽麗京に、慣例も常識もあったものか)


 検非違使の一人が、胸の内でつぶやいた。


 冬のように葉の落ちた樹々のあいだを、生温い風が吹き抜けていく。鼻のよい者は、わずかな、肉の腐ったような悪臭に眉をひそめる。


 薄く明かりがもれる堂のなかからは、女たちが呪言を唱える声が聞こえる。


「……始まったか」


 検非違使の頭領が、背後を仰ぐ。八角堂の中から稲光のような輝くがあふれ出し、炭が爆ぜるような音が断続的に響く。


 堂の内部、その中央では、12枚の呪符が円形に配置されていた。さらにその周囲を等間隔に囲むように、五人の符術巫が床に手とひざをついている。


 霊気が渦を巻き、青白い輝きを放つ。堂内を満たす圧は、呪術や神秘に通じていないものにも、何事が起こる予感を覚えさせる。


 符術巫たちは、いっそう意識を集中させ、儀式の完遂を目指す。


「──出よッ!!」


 まだうら若い符術巫の長が、凛とした声を上げる。黒く艶やかな髪の生え際から、一粒の汗が流れ落ちる。


 その符術巫──ミナズキの声に応じるように、呪符で形作られた円の内部にひときわ大きな閃光が満ちる。


 旋風が巻き起こり、女たちの髪を乱す。やがて、風と光が落ち着くと、後には焦げたような臭いが八角堂の屋内に漂う。


「成功です、ミナズキさま!」


 呪符と符術巫で囲まれた陣の内側には、先ほどまでは無かった、米俵、酒樽、野菜、魚の乾物、獣の肉……山と積まれた食糧の姿が現れていた。


 ミナズキは、額の汗を拭いながら、ふらりと立ち上がる。成功したという感慨よりも、どうにか今回も乗り切れたという安堵感のほうが強い。


「大儀であった、符術之守」


 六角堂のすみから、中年の男の声が投げかけられる。ミナズキは、髪の乱れを整えながら、振り返る。


 警護の検非違使ではない。高い地位を示す冠をつけた、でっぷりと小太りの男だ。


「ありがとうございます。中納言マサザネさま」


 ミナズキは、無表情で頭を下げる。中納言と呼ばれた男は、符術巫たちを気にとめる様子もなく、食糧の山の前に歩みでる。


「この半分は、もらっていくぞ」


 中納言マサザネは、手にした扇で口元をおおいながら、さも当然のように言い放つ。


 中納言の背後から、護衛として控えていた付き人の男たちが、言うや否や、食糧に手を伸ばす。


「……お待ちください。中納言さま」


 ミナズキは、顔を上げつつ、透き通った声でものを申す。


「民たちの命をつなぐためには、そこにある三分の二は必要です」


「あなや」


 マサザネは、不快そうにミナズキのほうを振り返る。扇をたたみ、ミナズキのほうを指し示す。


「そのほう、麻呂の官位を理解しておるのか? 中納言、マサザネであるぞ」


 ミナズキはじめ、五人の符術巫を威嚇するかのように、中納言の護衛たちが前に出る。もとはならず者であろうか、これ見よがしに太い腕を見せつける。


「麻呂が、宝蔵院之守を兼務しておることを忘れたわけではあるまい。近頃、そのほうらの霊墨の消費量、多過ぎはしまいか?」


『霊墨』とは、符術を描くために必要である特別で稀少な墨だ。そして霊墨は、帝の宝物を保管する『宝蔵院』の備蓄からの持ち出しで賄われている。


 ミナズキは、中納言と取り巻きたちに気づかれぬよう、小さくため息をつく。


(此方としては『霊墨』の在庫よりも、『霊紙』の供給のほうが心配なのだけれど)


『霊墨』で呪紋を描き込むために用意するのが、『霊紙』だ。普通の紙ではなく、霊脈で育った樹を原料として作られる。


 しかし、陽麗京が『常夜の異変』に呑み込まれてから、霊紙の原料となる樹木の育成は完全に滞っている。陽光なくして、草木は育たない。


「そのほう、聞いておるのか。そも、我ら貴族がおらねば、民草も立ちゆかぬ」


 中納言マサザネはいらだち、たたんだ扇子の先端をミナズキに突きつける。脅しに動じぬミナズキの態度が、癇に障ったようだ。


 マサザネとミナズキのにらみ合いに、背後の符術巫たちがざわめく。


「どれどれ。お待ちください、中納言さま」


「……シジズさま」


 ミナズキは八角堂に入ってきた第三者──検非違使之輔の名前を呼ぶ。大柄の武人は、むずかゆそうに顎のしたをかく。


「ミナズキたちは、実際よくやってくれていますぜ。それがしの飯も、符術寮の働きあってこそです」


「検非違使之輔……」


 中納言は、シジズに反論しようとする。取り巻きの私兵たちが、検非違使の頭領に気圧され、マサザネ自身も口よどむ。


「それがし、武辺者ゆえ、まつりごとのことはわかりませぬが……ここは、食糧を五に分けて、二を中納言さまが、三をミナズキたちに任せてみては?」


「ふぅむ……まあ、妥当ではあるか」


 検非違使之輔に諭すように語られて、マサザネは渋々うなずきを返す。


「だが。符術之守、ミナズキ。そのほう、『禁』を破った者の娘であることを忘れるなよ?」


 中納言は、捨て言葉を残し、早々に八角堂を後にする。マサザネの私兵たちが、自分たちの取り分となった食糧を、そそくさと牛車に運び込む。


「助かりました、シジズさま」


「どれ。困ったときはお互いさまぜ」


 検非違使の頭領は、鼻の頭をかきながら、笑いかける。ミナズキも安堵の表情を浮かべ、同伴していた符術巫のほうを振り返る。


「皆、陣と呪符を確認して。再利用できそうな呪符があれば、回収するように」


「はい、ミナズキさま」


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