表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/434

【都市】

「クソが! 重い……ッ!!」


 ガードのうえからでも背筋まで貫くような回転リングの衝撃が、ダルクを襲う。あまりの威力に、一瞬、身体が浮かんだほどだ。


 それでも紙一重で攻撃を耐えきったエージェントは、よろめきながら魔法少女のほうを振り返る。


 ダルクを翻弄した円輪は、持ち主のもとには戻らない。魔法少女とエージェントの中間地点を隔てるように、回転しつつ、垂直に浮遊する。


 メロは、廻るフラフープのなかを通して、敵を見据える。倒すべき、自分の力を向けるべき相手を一直線ににらみつけ、狙いを定める。


「……行くのよね」


 己に言い聞かせるように小さくつぶやいた魔法少女は、空中浮遊するリングに向かって、まっすぐ走る。陸上選手のスプリントのように、加速する。


「ええーいッ!」


 円輪の手前で、メロは跳躍する。少女の身体が、リングの内側を通過する。その瞬間、魔法少女の躯体に、縦方向のスピンと、前方向の加速度が付与される。


 メロは、新体操の選手が飛ぶときのようにひざを曲げて回転する。さながら、大砲から撃ち出された弾丸のごとく、魔法少女は敵に向かって、飛翔する。


「な──ッ!」


 予想外の攻撃を目の当たりにしながら、つば広帽子の男は、回避行動をとろうと試みる。そして、ダメージの蓄積を自覚する。肉体の反応が、遅い。


 魔法少女砲弾は、もはや、目と鼻の先にまで迫り来る。


「ラヴリィ! メロディアス!! キィ──ック!!!」


 メロは、回転したまま右足を伸ばし、かかと落としのごとき蹴りをセフィロトエージェントの延髄に叩きこむ。


「──グらオらばッ!!」


 ダルク・ヴィニオは炸裂した衝撃に耐えきれず、隕石が落下するような勢いで、うつ伏せに倒れこむ。つば広帽子が宙を舞い、下水道の雨水の流れに呑まれる。


「あわわ……! 止まらなーいッ!?」


 メロは、そのまま、勢い余ってレンガ壁に激突する。ようやく停止した魔法少女は、少しの間をおいて、頭を振りながら立ちあがる。


「……やった?」


「ああ、やったな」


 めまいで視界もおぼつかないメロの問いかけに、アサイラの声が答える。少女の平衡感覚が徐々に回復し、視線の焦点も合ってくる。


 トレンチコートの男は、石畳のうえに倒れて、気絶している。よろめきながら近づくアサイラは、その男を仰向けにひっくり返し、トレンチコートの内を探る。


 やがて、アサイラは、男の懐から銀色に輝くプレートを見つけだすと、自分のジャケットのポケットにしまいこむ。


 戦闘の高揚感が冷めてきたメロは、言いようのない罪悪感のようなものを覚え、アサイラから目をそらす。


 それでも、大切なことは言葉にしなければ伝わらない、とそう思う。


「あの、アサイラさん……ごめんなさい。そして、ありがとう」


 少女がふたたび顔をあげると、そこにはもう、迷惑をかけた自分を守り、助けてくれた黒髪の青年の姿は、幻のように消えていなくなっていた。




「よいしょ……っと」


 魔法少女からの変身を解除したメロは、いつもの下水道を通り抜け、マンホールから這いあがる。路地裏の廃アパートの隙間から、空を仰ぐ。


「……んっ」


 夜は、もう明けていた。少女は、まぶしそうに目を細めると、双眸に手をかざす。厚い雲に裂け目ができて、珍しく太陽が顔を見せている。


 メロは顔をあげて、しばらく暖かい陽光を身に浴びる。やがて、はっ、と目を開くと、自分がなにをしていたのか思い出す。


「早く、帰らないと……!」


 少女は、狭苦しい路地裏から猥雑な往路へと出ると、走り出す。目覚めた往来には、多くの人々が行き交っている。


 ここから蒸気都市内部の労働に向かう者、スラムである街区でありついた仕事に励む者、職と行き場を失いながら、街区に受けいられて命をつなぐ者……


 メロは、出勤する人の隙間を縫うように駆け、ベルを鳴らす自転車を身軽にかわす。


 なじみのパン屋のおかみが、少女を目に留めるも、すでに朝の買い物客があふれ、声をかけるには至らない。


「はあっ、はあ……っ」


 息を切らしながら、メロは、孤児院のある教会へと急ぐ。やがて、通りに面した礼拝堂が見えてくる。正門の前には、見慣れた人影が立っている。


「……メロッ!」


 修道服に身を包んだ大柄な女性──シスター・マイラが少女に気がつき、駆け寄ってくる。


 シスターは、汗と泥と下水の臭いが染みついた少女の身体を、力強く抱きしめる。


「無事でよかったねえ、メロ……」


「ごめんなさい、シスター……心配かけちゃったのね」


「謝らなきゃいけないのは、こっちのほうだよ。あの展示会は、罠だったんだねえ」


 少女を抱きいだく腕が、痛いほどに力をこめる。いまにも泣き出しそうなシスターの顔を、メロは久しぶりに見る。


 と、シスターが、少女から顔を離して、目を丸く見開く。思わずメロは、相手を見つめかえす。


「メロ。もしかして、あんた……女になったかい?」


「な、なな……なんのことなのね!? シスター!!」


 シスターの問いかけに、メロは顔を真っ赤にして反論する。


「クァックァックァ! まあ、無理に聞くようなことじゃあないんだねえ!」


 聞き慣れた豪快な笑い声が、シスター・マイラの腹の底から響きわたる。メロは、頬を膨らませて、口をぱくぱくさせるが、言葉にならない。


「メロお姉ちゃん! 帰ってきたんだね! みんな、心配していたんだよ?」


 礼拝堂の正門から、ひょこっ、と孤児院の子供の一人が顔を出す。シスター・マイラが、慌てた様子で振り返る。


「ちょっと、あんた! 先に、朝ごはんを食べているように、言ったろうに!」


「みんなでメロお姉ちゃんのこと、待っていたんだよ。いっしょに食べようって!」


 メロは照れくさそうに笑い、シスター・マイラはぼりぼりと首筋の裏をかく。


「ああ、もう。自慢のスープが冷めちまうんだねえ……」


「冷めてても美味しいが、シスターのスープなのね」


「こちとら、一番美味しいところを食べてもらいたいんだねえ……しかたない、スープは温めなおし! メロは着替えてきな! ちゃんと下着も取り替えるんだよ!」


「はぁい、シスター!!」


 シスターと孤児は食堂へ、メロは屋根裏部屋へ、それぞれ礼拝堂を駆け抜けていく。




 孤児院の子供たちと朝食をともにしたメロは、屋根裏の自室で一眠りし、正午過ぎに目を覚ました。小窓から外を見ると、空はいつもの曇天におおわれている。


 少女は軽食をとると、以前から気になっていた雨漏りをふさぐべく、いつものオーバーオールにレインコートを着て、工具片手に孤児院の屋根に登る。


 金槌と釘を手にして、器用に大工仕事をこなすメロは、ふと、顔をあげる。


 街区の屋根が無秩序に連なり、その先には蒸気都市の内と外を隔てる壁がそびえ立つ。


 灰色の壁の向こうには、無数のビルがそびえている。中央の市長府からは、もくもくと絶えることのない蒸気の煙が吐き出されて、曇天の雲につながっている。


 メロは、昨晩の出来事を思い出す。つい、数時間前のことのはずなのに、もう何日も経過したような気がしてくる。


 ぽつぽつ、と雨粒が落ち始めて、少女は屋根の修繕を急ぐ。


 離れた蒸気都市の中心部から、ごうんごうん、と鋼の内蔵が脈打つような振動が、遠くかすかに伝わってきた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ