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【歯車】

「彩りのない街だと聞いてはいたが……予想以上かもな」


 甲虫型の自動車が行き交う蒸気都市の中心部を、トレンチコートにつば広の帽子を身につけた細身の若者が歩いている。


 最重要ライフラインである蒸気瓶の供給プラントが併設され、怪物のように膨れあがった市庁府ビルを中核に、有力商会のビルが競い合うように林立している。


 そのいずれの建造物からも、常に蒸気の白煙が吐き出され、ピストンの上下運動の振動が石畳の歩道にまで伝わってくる。


「クソが。ひどい湿気だ」


 若者の悪態も、雑踏の音にかき消される。細身の男は、つば広の帽子を整えると、メインストリートに面する高級ホテルの回転ドアをくぐる。


 ビロードのじゅうたんが敷き詰められたロビーを突っ切り、蒸気駆動のエレベーターに乗りこむ。


──ガゴォンッ。グギギギ。


 うなり声と歯ぎしりのような音を立てながら、若者を乗せた鉄製の箱がケーブルでつり上げられていく。


「クソが。耳障りだ。これで五ツ星ホテルだってんだから……こんな街に常駐することにでもなったら、ノイローゼになるかもな」


 やがて、エレベーターは一度だけ大きく揺れると、目的の階で停止する。細身の男は、無人の廊下に踏み出すと、部屋の番号を確認していく。


「ホテルの部屋番号って仕組みは、どこの次元世界(パラダイム)でも変わらないものかもな」


 若者は、目当ての部屋を見つけると、つば広の帽子とトレンチコートを脱ぎ、左腕に抱える。ジャケットの胸元には、銀色のネームプレートが輝いている。


 つば広の帽子の下からは、ツイストヘアの頭部が現れ、ねじれた髪の影からのぞく鋭い眼光がマホガニー製のドアをにらむ。


──コココンッ。


 トリガーの軽いオートマチックピストルを連射するようなリズムで、細身の男は、ノックする。


「ドーゾ」


 これまた調子が狂いそうになるほどマイペースな声音の返事が、室内から戻ってくる。男は、ドアノブを握り、押し開く。


「失礼する。ドクター」


「よく来てくれた。ダルク・ヴィニオくん……でよかったかナ?」


「……ああ」


 ダルクと呼ばれた若者は、ぶっきらぼうに返事をする。


 ダルク・ヴィニオ──若干二十歳でアンダーエージェントから昇進し、その後も功績を挙げ続けている。セフィロト社の工作員のなかでも、若手のホープだ。


 部屋で待っていた、赤い光を放つ精密カメラ型の義眼、ジャケットの代わりに白衣を羽織った老人──『ドクター』は、読みかけの現地の新聞を机に置く。


 かくしゃくな老人が、若者を迎えるようにいすから立ち上がると、白衣の胸元に取り付けられた黄金のネームプレートが輝きを放つ。


「ドクター、例のものは?」


「なんとなればすなわち。もちろん、用意してある」


 白衣の老人は、部屋の片隅に追いやっていたジュラルミンケースをつかむと、調度品のテーブルのうえに持ちあげる。


 ジュラルミンケースの生体認証ロックが解除され、開かれると、内部には大量のナイフが収められている。刀身の色は、夜の闇のように黒い。


 黒いナイフを見たダルクの目元が動き、『ドクター』の口元がにやりとゆがむ。


「試作兵器『刃魚変転(ソード/フィッシュ)』だ。気に入ってくれたかナ?」


「気に入るかどうかは、使ってみないとわからない……かもな」


 漆黒のナイフを一本、手に取った『ドクター』は、刀身を指でなでる。


「これは、オリハルコン製の刀身にユグドライト・コーティングを施したものだ。投射型召喚魔法を技術的に応用することで、形質のターンオーバーを可能にしている。しかし、現在、オリハルコンの性質が発揮されうる条件は限定され……」


「……ドクター」


 堰を切ったかのように止めどもなくテクニカル・タームがあふれ出す『ドクター』の口上を、ダルクは抑揚のない声音でさえぎる。


「技術的な話には、興味がない。使い方さえわかれば、十分かもな」


「……そうかね? 残念だナ」


 心底、口惜しそうな声音の『ドクター』は、別のかばんからタブレット型のデバイスを取り出すと、ダルクに手渡す。


「『刃魚変転(ソード/フィッシュ)』のマニュアルと制御プラグラムはもちろん、ターゲットの情報も入っている。確認してくれ」


「ふむ……」


 ダルクは、タブレットデバイス内の情報を、慣れた手つきで閲覧していく。


 ターゲットのプロファイルを開くと、昨今、この都市をにぎわせているという『魔法少女』の映像が表示される。


「ターゲットは、推定パラダイムシフター。できれば、生け捕りにして欲しいかナ。当然、査定ボーナスは期待してもらってかまわない」


「……パラダイムシフター?」


 ダルクの眉根が動く。若者の疑念を先読みするように、『ドクター』の義眼が赤く発光する。


「この次元世界(パラダイム)には、魔法(マギア)は存在しない。ターゲットの使用する特異な能力は『シフター・エフェクト』と考えるのが自然だ」


「ドクターがそう言うのなら、そうかもな……」


 ダルクは、デバイスの画面から顔をあげて、『ドクター』を見やる。白衣の老科学者は、「質問があれば何なりと」とジェスチャーで示す。


「ターゲットの所在地、あるいは行動パターンは、つかめているのか?」


 若人の質問に、『ドクター』の口元がふたたびにやりとゆがむ。


「『魔法少女』が、次の犯行予告を出している」


『ドクター』が、現地の新聞をかかげてみせる。一面には、「神出鬼没の魔法少女! 次の狙いは特設宝石展か!?」と大見出しが踊っていた。


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