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【居所】

──ガタッ、ガタガタ。


 迷宮のように入り組んだスラム街の路地の奥。無人のアパートの影に隠れた路上のマンホールが小刻みに揺れたかと思うと、内側から開かれる。


「おっとっと。ふう……」


 下水道のなかから、地上に這いあがってきたのは、灰色のレインコートを羽織った少女だ。目深にかぶったフードを降ろすと、リング状に編み込まれた金髪が現れる。


 夜間、降り続いていた小雨は止んでいる。少女は、天を仰ぐ。夜が明け始めてこそいるが、レインコートと同じ色の灰色の厚い雲で、空がおおい隠されたままだ。


「……はやく、帰ろう」


 レインコートの少女は、石畳のうえにできた水たまりをよけながら、走り始める。


 路地裏から通りに出ると、ぽつぽつと人の姿が見え始める。朝の早い住民は、ちょうど活動を始める頃合いだ。


「あら、メロちゃんじゃない。おはよう!」


 顔見知りのパン屋のおかみが、開店準備の片手間に、金髪の少女に声をかける。店の奥の厨房から、香ばしい匂いが漂ってくる。


「おはようございます!」


「せっかくだから、焼きたてのパンをおひとつどうかしら?」


「ありがとうございます! でも、シスターに急ぎのお使いを頼まれていたところだから、早く帰らないと……」


 レインコートの少女は、パン屋のおかみの好意を丁重に辞退すると、ふたたび通りを走り始める。


 そのまま、雑然とした石畳の道路を一区画ほど駆け抜けると、通りに面した教会にたどりつく。少女は、礼拝堂に通じる大扉を押し開く。


「ただいま、シスター!」


 少女の元気よい声が、礼拝堂に響きわたる。長いすに背をもたれかけてうたた寝していた修道服の後ろ姿が、びくっ、と背を正す。


「もう、シスター・マイラったら……寝ていていいって言ってるのに、メロのこと、また起きて待っていたのね?」


「クアックアックア……ッ! 子供たちの朝食を用意しようと思って、ついさっき起きたところだねえ」


 修道女は、見え透いた嘘をつきながら、立ち上がる。少女よりも、平均的な女性よりも大柄な体格、顔には深いしわが刻まれた初老の女性だ。


「とりあえず、無事でなによりさ。詳しい話は、奥のキッチンで聞かせておくれ」


「うん! といっても……首尾のだいたいは、打ち合わせの通りなのね」


「そりゃあ、ますます、なによりだねえ!」


 大柄な修道女は、豪快に笑う。二人がキッチンに向かうと、昨晩の夕食の残りであるシチューが小鍋に入れられて、ことこと、と音を立てている。


 レインコートを脱いで、飾り気のないオーバーオール姿となった少女は、あらためて自分の空腹を自覚する。


『魔法少女』家業にのぞむ夜、金髪の少女は動きの妨げにならないよう、夕餉は軽食で済ませているのだ。


「ほら、しっかり食べることだねえ!」


『魔法少女』の正体である少女──メロの腹具合を見透かしたように、初老のシスターは器に盛ったシチューを差し出す。


 メロは、うなずきつつシチューを受け取り、キッチンに備えられた小振りなテーブルのまえに腰を降ろす。


 渡されたスプーンで一口すすれば、シチューのぬくもりが、夜霧で冷えた身体を内側から温めてくれる。


「うん! シスターのシチューはやっぱ美味しい!!」


「クアックアックアッ! 伊達に数十年も台所に立っちゃいないよ!!」


 金髪の少女と大柄な修道女は、お互いに笑いあう。


「実のところ言うと、上手いことやったってのは一足先にわかっていたんだねえ」


 シスター・マイラはメロに、今日の朝刊をかざしてみせる。


『大胆不敵! 魔法少女、予告通りにコクマー商会を襲う!!』


 読者をあおるようなセンセーショナルな文言が、一面に踊っている。


「ちょっと、さすがに、新聞に載るのが早すぎない?」


「あらかじめ記事を書いておくんだねえ、こういうものは」


 シスターが情報をリークしたのではないかと疑う少女に対し、にたり、と笑いながら教会の主は説明する。


「ふぅん……とりあえず、昨晩の収穫はシスターに渡しておくね」


「ああ、ん……いや、それは後回しだねえ」


 右腕にはめたブレスレットをはずそうとした少女は、大柄な修道女に制止される。


 シスターの視線の先には、メロよりもさらに年下の少女が、寝間着姿のままキッチンをのぞきこむ姿があった。


「んん……あっ、メロお姉ちゃん! 先に一人だけ、あさごはん食べてる!? ずるいよ!!」


「メロには、夜にお使いを頼んでいたんだねえ。あんたたちの朝食もすぐに用意するよ。手伝っておくれ」


 熱いシチューをのどに詰まらせそうになったメロに代わって、シスターが弁明する。修道女は、大食堂に向かいつつ、キッチンを仰ぎ見る。


「メロ! それを食べ終わったら、一眠りしておくんだねえ」


 味のしみこんだ根菜を租借しながら、メロはうなずき返す。一人台所に残されたメロは、手短に食事を済ませ、流し場に食器を置く。


「ごちそうさま、シスター」


 メロは、この場を立ち去った教会の主に感謝の言葉をつぶやく。廊下が次第ににぎわってくる。子供たちが目を覚ましてきたのだ。


 スラム街の一画に位置するこの教会は、孤児院が併設されている。メロも、ここで育てられた。女手ひとつで切り盛りするシスター・マイラは、さしずめ肝っ玉母さんだ。


「ふわあ……っ」


 緊張がほどけ、腹もふくれ、メロは眠気に襲われる。子供たちの世話を手伝おうと思っていたが、シスターの言ったとおり、一眠りしたほうがよさそうだ。


 金髪の少女は、子供たちが集まる大食堂の反対側に向かい、階段とはしごを登って、教会の屋根裏部屋へとたどりつく。


 ベッドに、いすと机、そこそこの本棚と小さな衣装たんす。そこは、修道女の好意によって、メロの個室として利用されている。


 メロは、その場でオーバーオールを脱ぎ捨てる。シンプルな下着姿になると、そのまま、ふとんのなかに潜りこむ。


「んん……おやすみなさぁい……」


 寝ぼけた声でつぶやくと、金髪の少女はまどろみのなかに沈みこんでいった。


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