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【怪盗】

──ゴオォン、ゴオォン。


 霧雨に湿った、煤けて灰色のビル街。深夜であるにも関わらず、都市のあちこちから蒸気の煙が噴き出し、巨大な生物のうめきを思わせる音を立てている。


 都市の真上は、吐き出された蒸気によって産まれた厚い雲でおおわれ、モノクロームの街はかすみに包まれている。


 濡れた石畳の通りが、水滴のむれでぼやけたガス灯の光で照らされる。蒸気機関という鋼の内蔵が発明されて以来、この街は、夜も眠らなくなった。


──ブオォン、ブオォン。


 都市中央部を貫く大通りには、甲虫を思わせる曲線のフォルムの自動車が幾台も、ヘッドライトをともして走り抜けていく。


 内燃機関がうなり声をあげて、排気口から蒸気が噴き出ていき、ストリートを曇らせる。この都市のすべては、蒸気と歯車で動いている。


「……ったく。なんだって、市警隊の俺らが、商会の連中のために駆り出されにゃならんのだ」


 警察の制服のうえからレインコートを羽織った年輩の男が、サイドカーの側車のうえで、しけった煙草をくわえながらぼやく。


「誰かに聞かれたら、ことですよ。隊長」 


 蒸気バイクのハンドルを握る若手の警官が、小声でつぶやく。


 隊長、と呼ばれた年輩の男は、吸いかけの煙草を石畳の路上に吐き捨てると、レインコートのえりを整えながら、立ち上がる。


 周囲には、市警隊の蒸気バイクにまたがった隊員が、何人も併走している。


「いいか、諸君! 例の『魔法少女』の犯行予告時間が、近づいている……周囲の警戒を怠るな。今日こそ、引導を渡してやれ!!」


「──ハッ!」


 蒸気の煙越しに、市警隊の唱和が反響する。サイドカーを運転する若手の隊員は、ハンドルを握りなおしながら、苦笑する。


 サイドカーの側車に陣取る隊長は、市警隊の蒸気バイクが組む陣形の中央に位置する車両を、苦々しげに見上げる。


「ふん……ッ」


 隊長は、部下たちに気づかれないよう、小さく鼻を鳴らす。市警隊に護送されてるのは、黒い棺桶を思わせる重装甲の蒸気トラックだ。


 闇夜に溶けこむ車体の側面には、『コクマー商会』と書かれている。黒い噂の絶えない商会の、これまた現金輸送車だ。


(中身の何割が、市庁府への賄賂に使われるんだか)


 レインコートのフードに顔を隠しつつ、隊長は胸中で独りごちる。


──ガクンッ!


「うお──ッ!?」


 サイドカーが突然、急ブレーキをかけ、座席から立ち上がったままだった隊長は、危うく車上から振り落とされそうになる。


「なにがあった! 『魔法少女』か!?」


「渋滞です……交通事故のようです」


 若手の運転手が、目元のゴーグルをはずしつつ、前方を見やる。


 二百メートルほど先の交差点から白煙があがり、多くの自動車がクラクションを鳴らしながら、立ち往生している。


「よりによって、こんなときに……ッ!」


 隊長は、舌打ちしつつ、隊員たちのほうに視線を向ける。


「誰か! 状況を確認してこい!!」


「ハッ!」


 新入りの隊員が、蒸気バイクから降りると、水たまりを踏み抜きながら、鉄製の甲虫の狭間を走っていく。


 様子を見に行った隊員が戻ってくるまで、五分ほどかかっただろうか。隊長にとっては、ずいぶんと長い時間に感じられた。


「……蒸気瓶の爆発事故のようです!」


 戻ってきた新入りは、几帳面に敬礼しながら、隊長に報告する。


「なんと間の悪い……」


 隊長は、何度目かわからない舌打ちをする。


「……迂回路を検討すべきか?」


 自問するうちに、サイドカーの後方からクラクションが鳴り響く。後続車が渋滞に巻きこまれ、現金輸送車と市警隊は、引くに引けず、身動きがとれなくなる。


 隊長は、深いため息をつき、たばこ臭い呼気を吐き出す。


「総員、周囲を警戒! 厳重警戒だッ!!」


 モノクロームのビル街に響く怒声を聞き、市警隊は腰のホルスターから蒸気銃を引き抜き、構えた。




 市警隊の隊長がわめき散らす様子を、すぐ近くのビルの屋上から双眼鏡で観察する人影がある。


 目立たないようにうつ伏せの姿勢をとる、大きめのサイズのレインコートに身を包んだそれは、フードの影からあどけない少女の顔をのぞかせる。


「シスターの工作が、上手いこと成功してくれたみたいなのね」


 双眼鏡から目を離しつつ、少女は交差点からもうもうと白煙をあげる蒸気自動車を見やる。周囲には大渋滞が発生し、しばらく車は身動きがとれないだろう。


 だぼだぼのレインコートのすそから、少女は自分の手首をさぐる。両腕にはめていたブレスレットをはずすと、くすんだ夜空へと放り投げる。


 ガス灯の光を反射して輝くリングは、目抜き通りの真上でくるくると回転し、見る間に、フラフープほどの大きさへと変化する。


「よっ、と」


 少女は立ち上がり、ビルの屋上から跳躍する。新体操の選手のように回転しながら、空中に浮かぶフラフープの輪のなかへと、身を踊りこませる。


 リングの上から下へと身体が通過すると、少女の装束が全く別物へと変化する。


 きらびやかなルビーのブローチ、あざやかなピンク色のドレス、花びらを思わせるリボンとフリル……『魔法少女』と呼ぶにふさわしい、可憐な姿が宙を舞う。


 まったく別人の姿へと変身した少女は、空中でふたつのリングをキャッチし、そのまま通りへと落下していく。


「あわわ……おっとっと」


 若干バランスを崩しそうになりながら、どうにか踏みとどまり、少女──『魔法少女』は、現金輸送車の上部に着地する。


「えへへ……いまのは、ノーカウントなのね?」


 少女が小声でつぶやくなか、周囲の人影がざわめき出す。現金輸送車を護送する市警隊の面々が、トラックのうえに現れた乱入者に気がついたようだ。


「……サーチライトだッ!」


 年輩の警官の怒鳴り声が響く。蒸気灯のガラス球に高温のスチームが充填され、粗オリハルコン・フィラメントがまばゆいばかり輝きを放ち、四方から車上を照らす。


 少女は、高鳴る胸を抑えながら、深呼吸する。魔法少女稼業を始めてから、それなりに経ったが、未だに緊張からは逃れられない。


 それでも少女は、キッ、と目を開き、自分を照らすスポットライトの向こうを、決意をこめた眼差しで見つめ返す。


「華麗に転身、優雅に降臨──魔法少女、ラヴ・メロディ。予告の宝物、頂戴に参上いたしました!」


 舞台のうえの女優のように、魔法少女は口上を名乗りあげつつ、両手のリングをかまえて見せる。


 周囲の市警隊が、一斉に蒸気銃をかまえる。隊長らしき年輩の警官が、サイドカーの側車席から立ち上がる。


「現れたおったな……なにが、魔法少女だ! 治安を乱す悪党め!!」


「あら。悪党呼ばわりは、心外なのね。それを言ったら、市庁府との癒着をはじめとした、コクマー商会の悪事は市警隊さんのほうがご存じのはず!」


「ぐぬう……黙れ、黙れッ! 総員、発砲許可!!」


 隊長の号令とともに、市警隊の構成員たちが訓練された手つきで無骨な蒸気銃のトリガーを引く。


 銃身の後部に接続された蒸気瓶から高圧のスチームが噴き出し、その解放力で鉛の弾丸が放たれる。


「ええーい……ッ!!」


 魔法少女の手元で、ふたつのリングが高速回転する。そのまま、魔法少女は超人的な身のこなしで、一組の転輪を巧みに振り回す。


──ガギギイィンッ!


 甲高い音が、蒸気霧の満ちたビル街に反響する。


 全方位から撃ちこまれた蒸気銃の弾丸は、回転するフラフープによって弾き返され、一発たりとも魔法少女の身体へは届かない。


「クソ……ッ!」


 サイドカー上の隊長は、拳を握りしめながら、歯ぎしりする。


「……ネットガンだ!」


 隊長が、次なる指示を飛ばす。後方の警官が、通常の蒸気銃の十倍は口径のある大型の砲を構える。


──バシュウッ!


 やや気の抜けた音ととともに、蒸気圧によって弾体が射出される。飛翔体は、魔法少女を直接狙わず、その直上を通る軌道を描く。


 魔法少女の頭のうえで、弾体が破裂する。大振りな投網が、内側から四方に広がり、少女を捕らえんと落下する。


「あわわ……ッ!?」


 さしもの魔法少女も、広範囲をカバーする重犯罪者捕縛用のネットに絡みとられてしまえば、ひとたまりもない。


 オリハルコン・ワイヤーを編みこまれた投網によって、少女は現金輸送車の上部に縫い止められる。


「やりましたね、隊長!」


 サイドカーを運転する若手の隊員が、快哉をさけぶ。


「馬鹿者! 相手は、あの『魔法少女』だぞ……総員、警戒しつつ包囲を狭めろ! 実際に手錠をはめるまで、油断するな!!」


 蒸気銃を構えつつ、現金輸送車を囲む警官たちは、じりじりと円陣を詰めていく。ベテランの隊員三名が、手錠を準備しつつ、トラック上部に登っていく。


 隊長は、額に汗をにじませながら、緊張の面持ちを浮かべる。渋滞で手持ちぶさたとなったドライバーたちが、野次馬となって、周囲で喧噪を立てている。


「……いません! ネットのなかは、もぬけの殻です!!」


 現金輸送車上部の隊員が、叫び声をあげる。隊長は、瞳を見開く。


 巨大な漆黒の棺桶のうえには。市警以外の人の姿はなく、クモの巣のようなネットがだらしなく多いかぶさっているだけだった。


「現金、無くなっています! 紙幣の一枚も残っていません!!」


 コクマー商会の職員立ち会いのもと、現金輸送車内部を確認していた別の市警が、報告する。


 隊長は、慌ててサイドカーから飛び降り、護送対象の近くまで駆け寄る。自ら、保管庫内部をのぞきこむ。満載されていた札束は、跡形もなく消えている。


 拳を現金輸送車の鉄の扉に叩きつけ、隊長は痛そうに己の手を抑える。


「おのれ、魔法少女オォ──ッ!!!」


 市警隊隊長の怒号が、蒸気のかすみに煙る深夜のストリートに響きわたった。


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