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【無常】

「……フンッ」


 ひしゃげ、ひび割れた天板に、暗殺者の血が付着したテーブルに背を向けて、子豚のような体格の男は別の席に移動する。


 オーナーが別のソファに腰をおろすと、なにも言わずとも、周囲のバニーガールはシャンパンをグラスに注ぎ、葉巻に火をつけて男に手渡す。


 そうするように、再調整(インプリント)してある。


 小太りの男は、葉巻を吸い、天井に向けて煙を吐き出す。先ほどの喧噪などなかったかのように、店内には小洒落たジャズが響き続ける。


 蝶ネクタイの男──ニック・ステーリーは、次元間企業セフィロト社のエージェントだ。


 この店、『Rabbit Rose』の運営とともに、同名の試作ドラッグのビジネス、および実地でのドラッグの影響調査を、本社から任せられている。


 この店の専売品である『Rabbit Rose』は、独特の酩酊感を伴うダウナー系ドラッグとして有名だが、オーバードーズすると自我消失する副作用も知られている。


 ストリートの連中にとってはそれで終わりだが、ニックにとっては続きがある。


 セフィロト社が秘匿する独自技術によって、自我消失した服用者を再調整(インプリント)し、命令に機械的、かつ忠実に従う傀儡と化すことができるのだ。


 小太りのエージェントが、侍らせているバニーガールたちも、そうした傀儡人間たちだ。独断行為だが、本社には黙認されている、と見ていいだろう。


 再調整(インプリント)を施した人間は、感覚と筋力のリミッターが外れて、超人的な反応をすることが可能になる。さきほどの殺し屋を撃退した女もそうだ。


 こと、技術(テック)魔法(マギア)の両方が高度に発展したこの次元世界(パラダイム)において、純粋な身体能力は相手の虚を突く武器となる。


 もっとも、強引にリミッターが外されているぶん、心身の損耗も激しく、すぐに使い物にならなくなってしまうのだが。


「ま、そんなことはどうでもいい。新しい傀儡の素体なんぞ、次から次へと当店に運びこまれてくるのだから……べひゃひゃひゃ!」


 ニックは、手にした葉巻の先端を灰皿に押しつけ、代わりに淡い金色の液体が満ちたシャンパングラスを口に運ぶ。


 本社から、不気味な次元世界(パラダイム)のしけた店舗を任せられると聞いたとき、ニックは、左遷同然と落ちこんだものだ。


 しかし、いまやソファにふんぞり返ってシャンパンをすすり、バニーガールたちを抱く酒池肉林の生活を貪るだけで、カネが集まり、懐が厚くなっていく。


 笑いが止まらない、とはこのことだ。


「べひゃひゃひゃ! 『Rabbit Rose』さまさまだ……ンッ?」


 周囲に侍らせた女たちが、一斉に男の後方──厨房のほうへと視線を向ける。ニックもつられて、背後を仰ぎ見る。


 次の瞬間、バックヤードの影から、なにか大きな物体が高速で、オーナーめがけて飛んでくる。


 バニーガールたちは、胸の谷間からデリンジャーを抜き、飛翔体に向けて構える。


 主人に接近する危険物は撃墜、あるいは身体を張って阻止する。そのように再調整(インプリント)されている。


「バカ! 止めたまえ……」


 ニックの静止は、傀儡人間と化した女たちの超人的な反射には間に合わない。小型拳銃のトリガーが引かれ、飛翔体に弾丸が撃ちこまれる。


 次の瞬間、オーナーを狙って投げつけられた物体──消火器は、ぼこぼこに穴があき、破裂して、内容物が白煙となってあふれだし、店内に充満する。


「……ウわップ!?」


 濃霧のごとき白に視界を塗りつぶされたニックは、思わず顔を抑える。小太りのオーナーに向かって、厨房の奥から一直線に、何者かが駆けこんでくる。


 白煙をかきわけて肉薄した新たな乱入者は、右手でニックの口をふさぐ。


(ま、まずい……ッ!)


 子豚のような体格のオーナーは、目に見えてうろたえる。


 護衛、兼、情婦であるバニーガールたちの行動トリガーは、『視認』を最終確認に設定している。視界をつぶされたこの状態では、自律反応をとることができない。


 もちろん、直接命令を下すこともできる。しかし、こちらは自分の声を出せることが大前提だ。口をふさがれた状態で、それはできない。


 顔面に食いこむ五本の指に、人間離れした力がこめられていく。ニックの小柄な身体が、吊りあげられ、爪先が床を離れる。


──ドグシャアッ!


 後頭部を、思い切り床へと叩きつけられ、小太りのエージェントは意識を失った。




「……無力化したぞ。次はどうすればいい、クソ淫魔?」


(声を出しちゃだめだわ! 周囲の娘たちがどんな反応するか、わからない)


 店のオーナーを昏倒させた黒髪の青年──アサイラは、小声でつぶやく。その脳裏に、彼の協力者である『淫魔』の言葉が直接に響く。


(社員証を回収するの。セフィロトエージェントなら、肌身離さず持っているはずだわ……急いで、静かに、音を立てず!)


(注文の多い料理店か、ここは?)


 アサイラは、気絶している小太りの男のかたわらにひざをつき、ベストのポケットをまさぐる。中身はからっぽだ。


 天井に設置された空調装置の動く静かな音だけが、店内に響く。周囲に満ちた白煙が、少しずつ薄くなっていく。


(ハリー、ハリー! 目くらましも、長くは保たないのだわ!!)


(急かすな、クソ淫魔……だいたい、おまえ、自分が気にくわないやつを排除するために、俺をけしかけたんじゃないのか?)


(ま、それも半分だわ)


 頭のなかの『淫魔』の声は、悪びれる様子もなく、あっさりと指摘を認める。


(でも、あなたのため、というのも本当のこと。ウィン・ウィンというやつだわ)


「……ふん」


 アサイラは、不機嫌そうに鼻を鳴らすと、子豚のような体格の男をまさぐり続ける。ようやく、ズボンの後ポケットから、銀色に輝くカードを発見する。


(それだわ! あとは、早く脱出して……)


「グヌ……ッ」


 黒髪の青年は、顔をあげつつ、小さくうめく。薄くなった白煙の向こう側から、複数、動く気配を察知する。


──パン、パン、パンッ!


 発砲音が、店内に響く。目くらまし越しに人影を視認したバニーガールたちが、アサイラのいた場所に向かって、デリンジャーで射撃する。


 黒髪の青年は、とっさに後方へと転がり、銃撃を回避する。いすを巻きこみ、盛大な衝突音が鳴り響く。


(アサイラ! なにをやっているのだわッ!?)


「黙れ、クソ淫魔……戦闘は、現場で起こっているんだ」


 消火剤の霧の向こうで、さらにいくつもの影が動き出すのを確認する。アサイラは、立ちあがりつつ、徒手空拳を構えようとする。


(やめて、やめなさい! とっとと逃げるのだわ!!)


「クソ淫魔……?」


(彼女たちは、犠牲者だわ。あの娘たちの心を助けることは、もうできないけど、きれいな身体に傷を付けるのは、忍びないでしょ)


「……チッ」


 アサイラは、舌打ちしつつ、手身近なテーブルを蹴り倒す。刹那、天板に三つの弾痕が穿たれる。


 霧をかきわけて、無表情なバニーガールが一人、侵入者に肉薄する。黒髪の青年は足払いを繰り出して、女を転倒させる。


 そのまま、アサイラは女たちに背を向けると、厨房に向かってスプリントし、敵の根城から脱出をはかる。


 バニーガールたちは追跡しない。命令なしで追いすがるような行動は、再調整(インプリント)されていないからだ。


 やがて、『Rabbit Rose』店内に静寂が戻る。蝶ネクタイのオーナーは、床に倒れ伏したまま、動かない。落ち着いたリズムのジャズが、聞こえてくる。


 ウェイトレスのバニーガールたちは、動きを止める。無表情のまま、次の行動トリガーが引かれるのを待って、マネキン人形のようにたたずんでいた。


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