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【牝兎】

──カラン、カラン。


『Rabbit Rose』と描かれた看板の店の扉が開き、魔物除けの魔法がかけられたドアチャイムが鳴る。


 店内には、落ち着いた調度品が整然と並び、穏やかなリズムのジャズがBGMとして奏でられ、高級なレストランか喫茶店のようなたたずまいだ。


 そんな店のドアをくぐって入ってきたのは、よれよれの黒いコートにくたびれた帽子を深くかぶった、剣呑な、およそ場違いな気配の男だった。


 エントランスをくぐったさいに、技術(テック)魔法(マギア)によって全身が走査されたことを、男の左目の義眼──サイバネティクス・アイが察知する。


 この手の店にはよくある、武器や危険物を持っていないかの暗黙のチェックだ。


 警報は鳴らなかったが、だからといって、ごまかせているとも限らない。こちらの武装を相手が把握していながら、泳がされているパターンも想定される。


「……いらっしゃいませ」


 抑揚のない声が聞こえたかと思うと、店の奥からハイヒールの靴音を響かせながら、スタッフらしき一人の女が姿を現す。


 ラメ入りのストッキングが、すらりと伸びた脚に密着している。へその下は、鋭角の切れこみのハイレッグ。


 バニーガール姿の胸元は大きく開き、原色を思わせるルージュとアイシャドウが、無感情な顔を彩っている。女が軽く頭を下げると、兎の耳のイミテーションが揺れる。


 扇情的な甘い匂いの香水が、周囲に漂う。男とは別ベクトルに、内装の雰囲気と場違いな女の艶姿が、この店のいかがわしい商売を如実に物語る。


「……お席にご案内します」


 合成音声のほうがまだ感情的と思えるような口調で女が言うと、男に背を向ける。カラスのような黒コートの男は、黙って後に続く。


 セクサロイドのごとく左右に振られるヒップのうえで、丸い兎の尻尾が揺れる。


 女の尻から視線をあげると、男は、店内を一瞥する。バニーガール姿のウェイトレスが数人いるだけで、少なくとも見える範囲にほかの客はいない。


「……こちらのお席に」


 眼前の女が勧めるまま、男は無言で壁沿いのいすに座る。背もたれが柔らかすぎて、男には落ち着かない。


「……ご注文は」


「バーボンのロック」


「……かしこまりました」


「ああ、それと」


 男は、懐から一枚の高額紙幣を取り出すと、バニーガールの太もものガーターリングに挟みこむ。女は、眉ひとつ動かさずに会釈すると、店の奥の厨房へと下がっていく。


 この都市における商取引は、大から小まで電子貨幣でおこなわれるのが一般的だ。物理的な通貨は、コレクター用の骨董品か、こういった店でのチップ用に使われる。


 そして、いまの男の行為は、女に対する単純な心付けではない。


 看板に掲げられた『Rabitt Rose』の文字は、この店で取り扱っている非合法ドラッグの商品名でもある。


 ウェイトレスのガーターリングに高額紙幣を挟みこむ行為は、店主に対して「取り引きをしたい」と伝える符号にほかならない。


 少しの間をおいて、先ほどのバニーガールが注文の品も持たずに戻ってくる。


「……奥のほうへ、どうぞ」


「ああ」


 男は小さくうなずくと、席から立ちあがり、ふたたび女の後についていく。


 無感情なバニーガールは、防弾防魔ガラスで仕切られた店内で一段奥のスペースへと男を導いていく。


「べひゃひゃひゃ!」


 酔っぱらいの下品な哄笑が聞こえてくる。笑い声のほうを見れば、小太りの男がボックス席のソファにふんぞり返っている。


 なみなみと中身の満たされたシャンパングラスを右手にもち、左手には高級ブランドの葉巻が煙をたゆたわせている。


 小太りの男の両隣には、女体をしなだれかからせるバニーガールたちの姿がある。


 黒コートの男は、無表情のまま、ボックス席を一瞥する。左の眼窩にはめこまれたサイバネティクス・アイが、事前に記録したデータとの照合をおこなう。


 ニック・ステリー。この店のオーナーで間違いない。影武者の可能性は10%未満。


 黒カラスの男は、コートの内側のホルスターに隠した大型拳銃の具合を確認する。男の職業は、暗殺者。ターゲットは、『Rabbit Rose』のオーナーだ。


「べひゃひゃ、ひゃ? チミか、ビズの話をしたいってのは」


 店主ニックは、黒コートの男に気がつき、尊大な態度で顔をあげる。


「ま。座りたまえよ、チミィ。べひゃ!」


 小太りの小男は、すっかり酩酊した様子で、シャンパングラスを対面の先に向ける。


 黒コートの男は、帽子を脱ぎつつ、おとなしく指示に従う。同時に、内心で舌打ちする。握手をできれば、話が早かった。


 黒カラスの暗殺者の懐には、大型拳銃がしまわれている。偽装魔法がかけられており、もちろん必要であれば使用するが、本命の得物ではない。


 男の左目同様に、その右腕もサイバネティクスに置換されている。前腕部の内部には、精巧に隠蔽されたシリンダーが仕込まれている。


 シリンダーの内面には、召喚術の魔法文字(マギグラム)が刻みこまれ、男の意思に応じて筒内に邪毒蛇(バジリスク)を呼び出す仕組みになっている。


 右手で触れることができれば、手首の関節部からのぞいた邪毒蛇(バジリスク)が一咬みして、仕事は終わる。暗殺者におあつらえむけのギミックだ。


「それで? 『兎』と『薔薇』のどちらがご所望か、教えてくれたまえよ。チミィ」


「『薔薇』を買いたい」


 この店において、『兎』は人身売買を、『薔薇』はドラッグを示す隠語だ。


 闇ビジネスの話の素振りを見せながら、殺し屋は眼前の男を始末するためのセカンド・プランを検討する。


 高額の電子通貨が納められたメモリースティックを探すふりをして、懐をまさぐる。コート裏のホルスター越しに、硬い拳銃の手触りが伝わってくる。


 男は、眼前のターゲット──ニック・ステリーの瞳が、驚くほど冷めていることに気がつく。その視線は、大型拳銃が隠された胸元に注がれている。


(……バレている)


 銃に施された隠蔽魔法では、店の保安機器と透視魔法をごまかすことはできなかったらしい。早撃ち勝負を挑んでもいいが、いささか、確実性に欠ける。


 黒カラスの男は、素直にメモリースティックを取り出すと、テーブルの真ん中に置く。非合法ビジネスでは、Webから切り離された媒介を用いるのがセオリーだ。


 窮屈そうな蝶ネクタイを身につけた店主は、メモリースティックを手に取る。かたわらのバニーガールに渡し、端末に接続させ、中身の金額を確認させる。


 殺し屋の男は、ズボンのしわを伸ばす身振りで、テーブルの下に右腕を伸ばす。召喚シリンダーを起動し、相手の脚元に邪毒蛇(バジリスク)を放つプランだ。


 暗殺者の意思に応じて、店内のBGMにかき消されるほどのわずかな駆動音が鳴る。サイバネティック・アームの手首の関節部に、わずかな隙間が開く。


 召喚魔法が発動し、相手の死角から有毒の魔物が襲いかかる……はずだった。


──ドグシャアッ!


「おグうぇ……ッ!?」


 殺し屋の男の頭部が、すさまじい膂力でテーブルのうえに叩きつけられる。暗殺者は、思わずうめく。あまりの反応の早さに、痛みが遅れてやってくる。


 黒ずくめの男の側頭部をつかんでいるのは、かたわらに控えていたバニーガールの細腕だった。ウェイトレスは、無表情のまま、男の顔面をテーブルに抑えつける。


「べひゃひゃひゃ! おいたは、よしてくれたまえよ。チミィ?」


 店のオーナーの嘲笑が、聞こえてくる。首がよじれたまま固定されて、相手の表情までうかがうことはない。 


 殺し屋は、むしろ自分に直接触れている女のほうに意識を向ける。なにを、された? このパワーとスピードは人間業ではない。


 だが、男の左目に内蔵されたサイバネティック・アイのセンサーは、女の躯体から技術(テック)魔術(マギア)も検出していない。


 なにより、いままさに頭蓋骨を握りつぶさんとするバニーガールの右手の指は、まぎれもない生身の肉の感触だった。


(考えるのは……あとだ)


 やることは、変わらない。暗殺者は、強引に召喚シリンダーを発動しようと、魔力を流しこむ。刹那、かたわらの女の姿が見える。


 大きく開けたバニーガール装束の胸元に左手が伸び、乳房の狭間からデリンジャーが引き抜かれる。


──パンッ。


 乾いた銃声が、店内に響く。女がトリガーを引いた小型拳銃の弾丸が、黒ずくめの男の右腕──サイバネティクス・アームの関節部に撃ちこまれる。


 正面からなら大口径の弾でも受け止められる技術(テック)魔術(マギア)の合いの子は、的確に弱点を穿たれ、その機能を停止する。


「……アがッ」


 殺し屋が、小さくうめく。サイバネティクス・アームと同時に、黒ガラスの男の意識も途絶した。


「べひゃひゃひゃ! もういい、手を離したまえよ」


 小太りのオーナーが、対面のバニーガールに指示する。放っておけば、このまま男の頭部を破裂させる勢いだった女の指が弛緩し、離れていく。


 蝶ネクタイの男、ニック・ステリーは、侍らせていた女をかきわけながら立ちあがると、暗殺者のそばに歩み寄る。


 ジャンク品のようにひしゃげた頭部の髪をつかみ、脱力しきった身体を引きあげると、どさり、と店の床へと投げつける。


「身の程をわきまえたまえよ、チミィ? 当店が、どれだけの刺客を返り討ちにしてきたか、知らないわけでもあるまいに」


 ニックは、侮蔑の表情を浮かべながら、男の顔面につばを吐きかける。小太りの男は、顔をあげ、周囲のバニーガールを一瞥する。


「生ゴミを、片づけたまえよ。ブツ切りにして、野良インプの餌にでもしてやれ」


 女たちのうち二人が、殺し屋だった男の首と脚をそれぞれ抱え、厨房へと運びこんでいく。小太りの男は、その姿を見送った。


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