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【天文】

「ついてくるのだわ」


 セクシーナースコスチュームの女は、ヒップを左右に揺らしながら、円形の部屋を横切る。青年も、慌てて立ち上がり、あとを追う。


 部屋には、上下に続く螺旋階段がある。女は手すりに触れると、踏み段を登り始める。続く青年は、顔をしかめる。


「おまえ、見えてるぞ……」


「ん、なにが?」


「……スカートの中身が」


 階段の傾斜とスカートの丈の短さもあって、青年の視線からは真紅のショーツに包まれた女の股間が丸見えとなっている。


「別にかまわないのだわ。減るものじゃあるまいし」


 女は気に止める様子もなく、わざとらしく腰を振りながら、かつかつ、とハイヒールの足音を立てて階段を登っていく。青年は、視線をそらしつつ、あとに続く。


「しかし、調べる、なんてことが可能なのか?」


「それが、できるのだわ」


 足を進めつつ、つぶやいた青年の独り言に、女は答える。どことなく、得意げな声音だった。


次元転移者(パラダイムシフター)の精神には、出身世界のアドレスが刻まれている。あなたが寝ているうちに、読みとらせてもらったのだわ」


 青年は、怪訝な表情を浮かべる。


「他人に心のなかをのぞかれるというのは、よい気分がしないな」


「そのおかげで、あなたは意識不明から回復したのだわ。感謝こそされども、文句を言われる筋合いはないのだわ」


 ふん、と女が鼻を鳴らす音が聞こえる。やがて、二人は螺旋階段を登りきり、大きく広がる空間に出る。


 青年は、思わず高い天井を仰ぐ。女は、自慢げに腰に手を当てて、男を見やる。


 階下の部屋よりも広い空間の上部は、ガラス張りの円形天井になっている。


 透明なドーム状の屋根越しには、夜の帳のような黒い空に、無数の星々のような輝きがまたたいている。


「自慢の部屋……『天文室』だわ」


 女は両手を広げて、頭上に視線を向ける。


「ここがどこか、って質問にまだ答えていなかったわね。ここは、次元の狭間に浮かぶ私の部屋。星のように見える光が、数多の次元世界(パラダイム)だわ」


 青年は、誇るような女の解説を聞き流しつつ、『天文室』の様子を観察する。


 空間の中央に、見慣れない装置が設置されている。いくつものリングが球を成すように組み合わさり、その中央を背骨のように大型望遠鏡が貫いている。


「あ、ちょっと……勝手に触らないでほしいのだわ!」


 青年が球形装置に近づこうとすると、女は早足で先回りし、行く手をふさぐ。


「この『天球儀』が、『天文室』の心臓部! 素人にいじくりまわされて、壊されちゃたまらないのだわ!」


「俺のことを、蛮族か、原始人かなんだと思っているのか?」


「ともかく、これは精密機器だわ! 扱いには、専門的な知識が必要なの!!」


「そんな貴重品、いったいどこで手に入れたんだ。お手製か?」


「なんとなく入ったアンティークショップの片隅で、ほこりをかぶっていたのだわ。店主が値打ちを知らなかったから、二束三文で買いたたいたの」


 あきれた表情を浮かべる青年のまえで、女はリングの角度を調整し始めた。


「『天球儀』を使えば、ここから他の次元世界(パラダイム)を観察することができるのだわ。それが『天文室』の機能で、私の趣味」


「要するに、のぞき見か」


「あなた、いちいち気にくわない言い方をするのだわ」


 女の右手人差し指が、リングのうちひとつの側面に触れる。白く長い指先が発光し、青年の見たことのない文字らしき文様が、円環に刻みこまれていく。


「なにを書きこんでいるんだ? 文字か?」


魔法文字(マギグラム)を見たことないの?」


『天球儀』の調整が終了したのか、女は顔をあげ、青年のほうを振り返る。


「つまり、あなたの出身の次元世界(パラダイム)には、魔法(マギア)が存在しないわけね。貴重な情報だわ」


「それで。ずいぶんともったいつけられたが、俺はどうすればいい」


 青年の問いかけに、女は望遠鏡部の接眼レンズを指さす。


「あなたの精神から読みとったアドレスを、リングに書きこんで角度調整を済ませたのだわ。のぞいてご覧なさい。見えるはずよ?」


 得意げな顔の女の横で、青年は身をかがめ、望遠鏡をのぞきこむ。


「ふたでもしているのか?」


「……はあ!?」


 青年の眼に写ったのは、完全な黒一色の視界だった。ドーム状の天井を見上げたほうが、まだ彩りがある。


「そんなはずは、ないのだわ! ちょっと、貸しなさい!!」


 女が慌てた様子で青年を押しのけ、自らも望遠鏡をのぞきこむ。


「……本当だわ。見えない」


 女が、呆然とつぶやく。


「つまり? 長々とした自信たっぷりのご講釈は、真っ赤な嘘だったわけか?」


「そそそそんなことないのだわ! だいたい、嘘つくにしたって、こんなにすぐわかる嘘をつくわけないでしょう!?」


「確かに、そうか」


 青年は、あきれた様子で独りごちる。


「滅多にないケースではあるわけだけど、観測できないケースも存在するのだわ」


 女は動揺を隠すように、ハイヒールの音を響かせながら、『天球儀』の周囲をぐるぐると歩き回り始める。


次元世界(パラダイム)との距離が離れすぎていて、『天球儀』の観測範囲を超えている可能性とか、観測を邪魔する存在が間に割りこんでいる場合とか……」


「そもそも、その世界が存在しない、とか?」


 青年の問いかけに、女は口をつぐんで、沈黙した。


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